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懐かしい友への手紙

拝復 お手紙をいただき、返事をと思いながら、徒に時が過ぎてしまいました。お元気そうなご様子なによりです。お互いに歳を取るばかりですが、この度はコロナウイルスの世界的な感染拡大による緊急事態から、この数ヶ月、日本各地で不自由な生活が強いられ、中には不幸にも命をなくす人まで出ています。戦後に生れて70数年、こんな事態が起きるなど夢にも想像したことはありませんでした。今後の情勢がどうなるか分りませんが、それでもなんとか不運な目に遇わず、このまま無事にいられそうな気がするから不思議です。自分だけは飛んでくる弾には当たらないという思い込み同様、なんの根拠もない、おかしな人間の心理です。
 顧みれば、貴兄と出会ったのも今から40年数年ほどの昔のことになりますでしょうか。趣味が合うことから、話しがはずみ、そのうち酒置歓談、口角泡を飛ばして時のたつのも忘れるまだ熱い季節のことでした。文学や映画や絵画について、自分の思いと相手のそれが見分けがつかない精神の放電による交流現象ほど、よそ目に理解しがたいものはないでしょう。それは奇跡の「同時性」と呼ばれるものでありましょうか。やがてそれが時間から空間にひろがりこの世界へと伝播していく。これほど壮観な事はありません。この時、閃く二個の精神は一体となり、直感は千里の道を疾駆し、言葉は軽快な蹄の跡を追って、岬の突端へと汀を競って泳いでいくのです。その勇壮で華麗な精神と肉体の躍動は、空にうかぶ夏雲のように静止している。滴る爽快な汗のあとに頬を撫でる微笑のそよかぜです。
 渋谷にあったロシア料理屋「サモアール」でボルシチを食して、幾盃も飲んだウオッカに蹌踉と、酔眼朦朧の千鳥足となりながら、メトロのシートに悠然と座って帰宅することができた壮健さを、いまは懐かしく思いだされます。
 貴兄は覚えているだろうか。ルキノ・ビスコンティの映画「地獄に堕ちた勇者ども」を、「夏の嵐」と「若者のすべて」を新宿の映画館でみたこと。「若者」のアラン・ドロンの美しさはたとえようがないものだ。突拍子もない連想だが、ミラノという都会でもがく家族たち、その悲劇的なリアルなドラマに、フランス古典劇のラシーヌ、あの規則正しい美的世界が過ぎってきたのはどういうわけだろう。そして小津安二郎の「晩春」を銀座の「佳作座」でみてから、路地裏の奥にあった「三州屋」で飲んだ酒と肴の美味しかったこと。湯島のバー「琥珀」のカウンターで飲んでいると、さっきまで銀座で話題にした画家の岸田劉生、その息子さんが貴兄の隣りにいた、あの「同時性」の摩訶不思議な偶然の邂逅をなんと呼べばいいのだろうか。
 さて、この巣ごもり生活は一体いつまでつづくのでありましょう。不要と不急の自粛について、「バカの壁」の先生がこんなことを新聞に書いておりました。
「ヒトゲノムの解析でわかったことだが、人とウイルスの関係において、ゲノムの4割がウイルスから来ている。その機能は明瞭ではない。はっきりした機能をもっているのはゲノムの2%にすぎない。ヒトゲノムのほとんどが、不要不急のジャンクDNAである」と。そして、80数歳の養老先生曰く。老いてみてわかったことだが、人生は本来、不要不急ではないのかと」ね。
 さすが基礎医学を学んだ先生です。全共闘の学生さんからこの緊急事態になにをしているのかと、研究室を追い出された先生は、それから考えつづけたということです。なんのために大学はあり、学問とはなんなのかと。
 ところで、戦後の日本国民は一種の「巣ごもり」生活をしてきたのではないか、いやわたし達の世代は、この70数年のあいだ、故知らぬ「自粛」をそれと分らずに、長きにわたってしてきてしまったのではありますまいか。いまでは自分の足で歩くことも覚束ない・・・・。
 だが、こんな不要不急のことを語りはじめれば、この手紙がとほうもなく長くなりそうなので、このへんにして筆を擱くことに致しましょう。
 ともあれ、お身体を大切に、ご健勝を願っております。                 敬具

   巣ごもりや我は五月の空をみん





「死の勝利」ペーター・ブリューゲル

 巣ごもりから、テレビをみることが多い。「ゴッドファーザー」は何度、繰り返してみた映画だろう。シチリアからアメリカに移住し、裏社会の権力を束ねていくマフィアの家族を内側から近距離で描くことで、その盛衰の運命をみつめさせ、一家族の愛憎の諸相とアメリカ社会の裏面を映像にする手際は堂に入っている。ファミリーの保護と手段を選ばずその敵を抹殺する悪の所業に慄然としながら、この長い映画が観客を魅了するのは、いったい何処からやってくるのであろう。背後に流れる甘味であり暗く悲しい音楽。しだいに光りを絞られていく映像。終幕を告げる惨劇はパレルモのマッシモ劇場。ピエトロ・マスカーニのカバレリアルスチカーナの一幕物オペラが上演中のことである。舞台は昔の男とよりを戻した妻の浮気を知った夫が男とナイフで決闘をしている最中である。マスカーニの間奏曲の美しい旋律につれ、ゴッドファーザーの報復の銃弾が闇に炸裂する。マフィアの長い物語はここに至り、無法者達の末路に映像と舞台劇と音楽を見事に結婚させる三重の効果を一挙に実現させるのだ。かくして、総合芸術としての映画を華麗で荘重な終幕の緞帳で飾ることを忘れない。才能あふれるフランシス・フォード・コッポラ監督の映画の勝利ではないか。
 テレビの高校生講座で「ローマ帝国」を学んでみた。フランス旅行の途次にみた「ポン・デュガール」の建造物がローマのアグリッパという石膏像で知られた建築家によるもので、ローマの全盛が日本では弥生式文化時代だと知って、西洋と日本の歴史の懸隔に驚かされた。イタリアの旅行でポンペイの古代都市をみて、ナポリからシチリアへ訪ねたことがあったが、映画のマフィア達が暮らしていた町はもう存在しないとのこと。お隣の中国の歴史へ目を向ければ、始皇帝が中国を統一したのが、ソクラテスの死から200年後のことであった。司馬遷が中国の戦国時代を「史記」にまとめたのがBCの97年。こうした時間軸での歴史から、武田泰淳が「史記の世界」で掴んだ歴史は、世界を動かす人間を作用と反作用の持続の相の下、恒に人間の関係の全体を、世界の中心、その構造的な空間における、政治的人間として掴み出すことであった。
 テレビの録画は色々のジャンルを撮ってある。口直しにと、日本の池波正太郎原作の時代劇「雲霧仁左衛門」を観て、ホッと安堵の吐息を洩らす。ここでは、人間を追い詰めていく西洋的な論理が微塵もない、義理と人情のドラマがある。中国の時代劇も面白い。エントロの音楽と歌、その歌詞の語彙が漢字が全盛を極めた国ならではと、唸ってしまうほどに豊富に妖艶なのである。
 水泳選手の池江璃花子がプールに戻ってきた。パリの五輪をめざすとのこと。その初々しい若さがどん底をみて回復をしたのだ。その美しい姿に感嘆する。毎週土曜に放映される「イタリアの小さな村の物語」は、開始早々のやるせない歌の魅力もさることながら、素朴な村人のあたかも中世を思わせる古い小さな村、そこで営々とした暮らしぶりを眺めているだけで、じんわりと心を落ち着かせてくれる不思議な映像なのである。そして、日曜の全国のど自慢大会。地方の人びとの歌声から、この日本の連綿とつづく、変わりようのない哀楽の生活が忍ばれてくるのである。
 病院へ行かれない日々がつづいている。それで薬だけを貰いにいくのだが、その途中にハナミズキの花が、ひそやかにだが燦爛と咲いていた。季節は春、花々はなんという可憐な容姿を見せてくれるのであろうか。
 だがうち続くこの男の巣ごもりは、当然、精神の健康によくはないらしい。ストレスが凶暴の因子を育てているのがわかる。
 ネットで買い込んだ柊の植木鉢から、かたい棘をもつ葉が一斉に落ちだしていた。剥がされていく言葉のように。
   柊の葉やかさなり落ちて爪となり
 拙い不穏な一句が、胸に浮び流れていくのは、その故であろうか。どこかの家の中からDVでの子どもの悲鳴が聞こえてきそうだ。
 14世紀のスペインを襲ったペストをネーデルランドの画家、ペーター・ブリューゲルがテンペラで描いた「死の勝利」と題した絵をプラド美術館へ行きながら、どうしたわけか見逃したらしい。壮大なる地獄絵である。凄惨の極みである。「メメント・モリ(死を忘れるな)」と当時の人々の心に刻まれた恐ろしい情景を、ペーター・ブリューゲルの筆致は残酷かつ冷徹に描いている。これに比べて現代のコロナはやさしそうだ。奇妙に、だが穏当ならざる「平和」が、見えない塵のようにあたりを漂っている。これが21世紀の曲者の正体なのだ。コロナがしている透明なマスクがいつこの地球の口を塞ぎ、その凶暴な爪を露わにする日が来ないとも限らない。すでにわたし達はこの小さな天体を数え切れないほどに幾度も破壊する兵器をポケットに持っていながら、認知症のボケ老人よろしく、それに気づかないふりをするのにすっかり馴れてしまっただけなのだ。プラハで演説をしてノーベル平和賞を貰った人と、その後に続いた赤ネクタイと、どこに違いがあるというのだろうか。やさしい歌声と白い歯の微笑に剥かされてはならない。口を蔽い語ることのない大きなマスクこそ「死の勝利」の地獄絵が描かれる、夢想だにできない清潔な画布であることを、忘れてはならないのである。
 浴槽で開いた越後の漂白の俳人、井月の句集から一句をしたためておきたい。

  翌日(あす)しらぬ身の楽しみや花に酒



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加藤典洋 Ⅷ -戦争-  

 「新旧論」の論考は、それを理解する条件として問題意識の醸成する準備期間が必要なのである。それは加藤が匿名子に投げかけた「私」の存在がまず前提とならざるえないのだ。すなわち、小林が直面した日本の近代文学への懐疑がその出発点になるのであるが、この初発で躓かないような「私」が文学の原野を歩きだしとしても、その成果は乏しいものとならざるえないのであるまいか。だが、加藤が格闘している風景を横目で見ながら、その探求に手を貸す人は少なかったようだ。加藤が「新旧論」において提起した「私小説論」の考察が、「諸賢の批判」の場に開かれることはなく、黙殺されたまま今日まできてしまったのではないか。それは「小林秀雄の世代の『新しさ』」だけではなく、「小林秀雄ーランボーと志賀直哉の共存」にまで及ぶ斬新にして果敢な挑戦であった。そしてここには、「梶井基次郎ー玩物喪志の道」があり、「中原中也ー言葉にならないもの」への探求もみられる。前者は梶井の「新しさ」が、白樺派流の理想の羽根を折ることによって誕生したこと、後者は中原中也の詩が「うた」という「古さ」を身に帯びることで、普通の人間生活の生地へ通じる回路を、デカルトとベルグソンから中也が掴みだした、その「新しさ」の必然の論理を、中也自身の探求の軌跡をたどることにより、これまでの中原中也論にはない独創的な着眼が加藤の論考にはあると思われた。
 このことについては、この評論の末尾にある「『惑いの』の場所ー終りに」の数節を引いて、加藤が思想的なエンターテインメントとして書いたという、力作評論から取り敢えず身を引くことにして、後の論考(「語りの背景」)でまとめて述べることにしたい。

「『新しさ』と『古さ』の共存とは、そうぼく達に無縁なありようではないに違いない。小林秀雄、梶井基次郎、中原中也。彼らに共通しているのは、彼らが、その二つのものの間に、「深い溝」を見、彼らなりのあり方でそれを越えたということである。「深い溝」を越えるとは何か。人は、そのことの意味に気づかずにしか、あることをやれない。それは、暗がりのなかを、とにかく、模索してすすむ暗中模索の一つの経験である、ということもできる。「新しさ」と「古さ」の共存の中で、人は惑う。しかしその「惑い」が唯一の可能性の根拠という場所が、たしかに在る。」

 この始点における、加藤の着眼は非常にユニークであった。その特異な直感と洞察力は、最後まで継続していかざるえないものであったろう。加藤を取り巻く世間の風は冷たかった。その特異な独創が基底に育んだ思考の故に、簡明な理解を阻むものがあったからであろう。かくして、加藤の「孤立」の翳は当初から「宿命」づけられ、その熱意と野心にも拘わらず、解りづらさもここに由来し、加藤は生の場所から身を退いてしまったのである。

 原武史は「戦後入門」の書評で、こんなことばを記している。
「加藤典洋は、果敢な批評家である。その果敢さが、時に大きな反発や誤解を巻き起こす。1997年刊行の『敗戦後論』が、当時台頭していたナショナリズムの流れに位置付けられて批判されたのは、まだ記憶に新しい。(中略)「戦後」とは何かを考え抜いた一人の人間の思考実験として、読むに値する内容をもっている。この批評家を孤立させてはならない・・・。」
 
 さて、私たちは、飛び石づたいに加藤のあとを追わなければならない。何故なら彼が批評の歩行を、ある種の走行へとリズムを変えていくのは、その必然的な遅滞にも起因して、スタートからのその速度と深度は、壮年期になると俄然に広闊な視野を広げていくからである。
 「批評へ」には、その冒頭に「オフ・サイドの感覚―序にかえて」が載っていた。これは「敗戦後論」での小学校生同士の相撲大会に通じていくもので、この場合は、ラグビーの「オフ・サイド」の規則が批評の世界に援用されている。この浩瀚な本の最初の評論「文藝批評の現状」にみられる、「戦争」が批評に与えていた試練を、戦後の批評家がいかに対応したかが問われているとした、言論統制という外からの拘束と自己表現の読者との関係の切り結び方という二つの条件下での試練、そこに国家という「外在力」ではなく、いまの時点では熟さないと断りながら、世界、社会という「内在力」のうちに独自の探求を指し、その具体例に「閉ざされた言語空間」(江藤淳)「無矛盾性の形式体系」(柄谷行人)等を上げている。これらの批評世界の変化の根底にあるのは、「批評家」と「読者」との関係それ自体であると、問題の根本への考察をめぐらしながら、これは読者による「批評」の受け取り直しが、求められているのだと論じているが、これらの文脈にしても、読者の理解は容易ではないにちがいないのだ。まだ生煮えではあるものの、ここにはその後の加藤の批評へ通底していく鋭利な直感の閃きが認められのだ。

 ところでさて、前回のブログにおいて、三島由紀夫との関連で中原中也の詩について、加藤の評論がみられない不自然を云々した。そこでは三島の特攻隊に「詩」をみることに対応しての、中原中也の詩に傾倒していた加藤の弁論の不在を強調していたのだが、加藤にそれができないのは当然のことであった。命がけの決起の行動とは次元の異なる「文学」から、三島の「武」をみてもどうにもならないことは、加藤は全身で知っていたに相違なかった。むしろ、吉本隆明の「追悼」に語られていたように、あの自己の文学の尖端で自爆してみせた三島事件の衝撃から、加藤が何を啓示されたかが問題となるだろう。三島は自己の文学の形成と終結を、精細鏤骨の「太陽と鉄」で整理して遺してくれた。では戦後の文芸批評家として立とうとする加藤が、三島の文学と中原中也の詩と散文から、なにを滋養として吸収したのかが、興味を牽かれるところであろう。
 2004年に発刊した「語りの背景」の「意中の人びと」の中に、加藤はこの二人を論じている。ひとつが「一本の蝋燭―中原中也」であり、ふたつめが「その世界普遍性―三島由紀夫」である。これらが加藤典洋の批評を照らす光源となれば幸いである。




加藤典洋 Ⅶ -「批評へ」-

 「『終焉』すべき『人間』はあるかー『乱反射』匿名子に反論する」
日本読書新聞(1981.12)に載せた一文を、加藤は「批評へ」(「新旧論」)の本巻末に「こころ覚えのために」と掲載して、こんなことばを連ねている。
「1932年(昭和7)、二人の小林によって書かれた『Xへの手紙』と『党生活者』は、それぞれ自己意識、社会意識以外の何をも信じまいとした奇妙といえば奇妙な衝迫の産物である点、相似形である。ここでは『人間』という器がコワれている。ここには、モラルというものの場所がないのである。」
 加藤がこの「モラル」という言葉に何を託そうとしていたかを問うまい。それより、ここに「文学と政治」という古くて新しい問題の基本のスタンスが、顔をだしていることに注意しておこう。それより、小林秀雄の「自己意識」と小林多喜二の「社会意識」の両極を「相似形」と見る、モラルという背骨をもった「人間」を立てようとしていることを銘記しておきたい。
 さらに、この新聞記事の前段と結論に彼はつぎのように記している。
「『私』の社会化を主張したという通説を疑わずに、小林の『社会化した私』に『近代の文学主義』『人間中心主義』をみたうえで、これを『思考の停止』として否定した中上健次の説を、ぼくがどうもおかしいと書いたのも、また、『乱反射』子の忠告に、それと同じ感想をもつのも、小林はぼくの考えでは、少なくとも昭和初年代に『私』の無化などという地点までは、充分に届いていたと考えるからである。問題はその先にある。(中略)なぜ小林は、その無化した『私』でもって『戦争』にぶつかり、そのまま戦争を通過できなかったのだろうか。ぼくは、あのエッセイでそういうことを考えてみた。(中略)『乱反射』子は、もう少し、志を高くし、世界を広く、歴史を深く見るべきである。もしその『私』が、まだあるならの話だが。」
 加藤の批評の全体像をレリーフして、その思考の動態を再考するため、この一文はただの「こころ覚え」のためだけではなく、加藤が述べた先のフレーズとともに、ここに幾度も反芻してみる価値は十分にあるのではないかと思われる。
「小林はぼくの考えでは、少なくとも昭和初年代に『私』の無化などという地点までは、充分に届いていたと考えるからである。問題はその先にある。(中略)なぜ小林は、その無化した『私』でもって『戦争』にぶつかり、そのまま戦争を通過できなかったのだろうか。あのエッセイでそういうことを考えてみた。」

 加藤がいう「エッセイ」は、1981年初出の「新旧論―三つの新しさと古さの共存」(「早稲田文学」寄稿)のことで、そこで小林秀雄、梶井基次郎、中原中也の三人を取り上た文章のことである。
 加藤による初期のこの長い「新旧論」の詳細を紹介することはできないが、加藤が独自の考察から掴んだ要点を取りだして、その概要をここで掴みだしておかなければならないだろう。だが、加藤自身が「あとがき」で書いているように、「はじめてのやや本格的な文芸評論」となるこの「エッセイ」の中心が、小林の「私小説論」のこれまでの通説や誤読を匡そうとする野心的な意図から、率直にいって非常に解りづらいものとなっている。

「富永の一冊の詩集と、梶井の小説と、小林の「Xへの手紙」とのうちに、ぼく達は、日本近代文学の可能性の原点を見ることができる。しかし、その可能性をぼく達に引証可能なものとするために、ぼく達は、ぼく達のいまいる場所と、彼らの場所のディスタンスというものを、もういちど歩いてみなければならない。富永、梶井は、その可能性にみちた詩と小説とを残して、夭折する。ところで彼らは、時代の中に、社会の中に生きるという人間一般の問題にぶつかろうとして、文学の可能性と「社会」が衝突した時にどんな悲鳴が聞かれるか、という意味深いシインを実現しないまま、その直前に生の舞台から、退くのである。
 彼らの「新しさ」が、どのような根拠と、強さと、意義とをもったものだったか。この思想的な問いは、一人残された小林に、負託される。小林は、彼らの「新しさ」を受けて、それが「社会」、「人生」のなかでなにものであるかを、一人、ためされるのである。
 (中略)小林が、富永、梶井よりも思想的にすぐれている所以は、文学上の「新しさ」が、社会の中に生き、それに関与し、それから関与されるなかで、どこまで通用するかを身をもって示した点にある。これがこの問題に関するぼくの、基本認識である。」

 小林の著作を持ちながら、何ひとつ小林から学んでいない気鋭の批評家たちのナイーブさが自分を立ち止まらせるとして、加藤が引証するのが小林の「故郷を失った文学」(1933年)のつぎの数節である。
「私達が故郷を失った文学を抱いた、青春を失った青年達である事に間違いはないが、又私達はかういふ代償を払って、今日やつと西洋の伝統的性格を歪曲することなく理解しはじめたのだ。西洋文学は私達の手によってはじめて正当に忠実に輸入されはじめたのだ、と言えると思う。」

 小林のいう「私達」の自負の念は、梶井基次郎の発見なくしてあり得なかった。そして、ここに加藤は中原中也は入らないという。気鋭の批評家が、富永、梶井、中原の三人に、「日本の近代文学の現代文学化」(秋山駿)をみることはできないとする加藤の見方の根本にあるのは、「小林が夭折しないで生き残ることで、その『現代性』にどのような思想的課題を賦与することになったかを、見落としている」ことであった。
 加藤はその課題を「私小説論」(1935年)、「思想と実生活論争」(1936年)、「ドストエフスキイの生活」(1935年~1937年)を経て、「戦争について」(1937年11月)にいたる小林の思想経験のうちにみる。

 前述したように、この最初の加藤の「私小説論」の考察は「社会化した私」めぐるものだが、芥川の「自意識」と小林の「自意識」、芥川の「蜜柑」と梶井の「檸檬」の根本における相違点が剔出され、ジイド、プルースト、フロベール、ルソー等のフランス文学の耕地を分け入り、19世紀のベルグソンやヴァレリーまでも踏査して、「社会化しえない私」を加藤は取りだしている。これこそ小林が「人間性の再建」と「人間の内面の自由」の根拠」とするものであるが、ここに小林の主張の最も見えにくい部分があるのだ、と。中村光夫はこの小林の「社会化」のイメージの二重性を見落としている、とそういうのである。
 たしかに、加藤が小林の「私小説論」から、秋山達がみた「近代文学の現代化」の証しとみた「新しさ」の根拠である「社会化しえない私」は、「戦争について」に至ってはその面影をなくしているとの指摘は、そのまま加藤は自分たちに跳ね返ってくることを承知している。ならばその原因はどこにあったのかと問うて、それは彼らの「新しさ」が、彼らの「古さ」との接点をその身内にもたなかった。「新しさ」と「古さ」の共存の意味を、一つの思想経験、文学経験に鍛え上げることを、怠ったのではないかというのである。
 この初発のエッセイから、加藤典洋が辿った生の行程には、自身に誓った努力の跡が、船が曳いた水脈にように見えてくるのである。





喜劇人「志村けん」哀悼

 喜劇俳優の志村けんがコロナで亡くなった。テレビのザ・ドリフターズの「8時だよ!全員集合」に彼をみて、まだ小学校に通っていた甥と姪と笑い転げたことがあった。志村けんの喜劇の演技は必死のもので、まるで顔に白化粧をした赤いダンゴ鼻の道化師が断崖のてっぺんで踊っている危うい凄味さえあった。その足下にはボンヤリと谷底がみえるような気がしたものだった。ぼくはむかし読んだ太宰治のMC(マイコメディ)の作品「眉山」(昭和23年)という小説を連想した。あの喜劇的な作品には悲劇的なスパイスさえ加えなければ、太宰作品にはめずらしい喜劇の佳品となったのにと惜しまれてならない。それができさえすれば、多摩川上水で山崎富江との心中を避けることができたかも知れない。坂口安吾が「不良少年とキリスト」で太宰を批判している死ではなく、生への文学の道もあり得たのにと悔やまれるのだ。

 小説「眉山」は、「僕」の家のすぐ近くに「若松屋」というさかなやがあり、その店のおやじと「僕」は飲み友達。おやじがあるとき「私の姉が新宿に新しく店を出した。あなたの事はまえから姉に言っていたので、泊って来たってかまやしません」と言われ「僕」はすぐに出かけて、帝都座裏の同じ屋号の「若松屋」で酔っぱらって泊った。「僕」は客をもてなすのに、たいていそこへ案内した。店の女中さんのトシちゃんは幼少の頃より小説というものがメシよりも好きな女の子。「僕」がその家の二階に客を案内すると、好奇の眼をかがやかして「こちら、どなた?」と尋ねる。「林芙美子さんだ」と「僕」は五つも年上の頭の禿げた洋画家を指して言う。いちどピアニストの川上六郎氏を若松屋に案内した。 すると例のとおり「あのかた、どなた?」「うるさいなあ。誰だっていいじゃないか」「ね、どなた?」 つい本当のことを言った。「川上っていうんだよ」。トシちゃんは「ああ、わかった。川上眉山」 それ以来、僕たちは彼女をかげでは眉山と呼ぶようになった。「川上眉山」とは明治時代の実在の小説家で、太宰とおなじ年格好で、やはり自死して吉祥寺にお墓があるから、太宰とは不思議な縁。
 小説「眉山」のトシちゃんはあまり賢くなく、知りたがりでうるさい、器量もよいとはいえない。いいところと言えば辛うじて眉の形が美しいこと。主人公らはそんな彼女をネタにして、からかったり、怒ったりしている。 貴族はそうするものだとそそのかされたトシちゃんは、立ったままトイレをするので、トイレは大洪水のありさま、階段をドタドタ上り下りする、足をミソの樽に突っ込み、そのままトイレに飛び込む、とにかくオシッコが近いのである。そんなこんなで、仲間たちの足は店から遠のいていく・・・・。
 あるとき、トシちゃんがしばらく店に来ていない、気にかかり店へ行こうとして、途中で知り合いに出会い、一緒に行こうと誘う。が、その知り合いいわく「眉山はもういない」。 眉山は腎臓かなにかの病気で親もとへ返され、死んだらしい・・・。その話を聞いて、主人公はもうその飲み屋へは行かなくなる。河岸を変える。

 おおざっぱな筋はそんなものだ。太宰さん、こんな小説の落ちはいただけない、とぼくは本気で怒っていた。
 山崎富栄の日記に記された○○宛ての手紙の写しに、次のような一節がある。
「三月号か四月号の小説新潮に『眉山』といふのをお書になりましたが、これはきつと○○様の腸ねんてんの原因になる恐れの充分にある作品ではなからうかと思はれます」
 山崎富江が手紙で記したとおり、この短篇は一読して、爆笑もののコメディとなりえたのだ。作品は自殺の半年まえのものだ。このとき、太宰のなかに過去の一人の女が異国の地にて、サイテイの境遇で斃れていたことが、太宰の心底に癒やしようのない傷痕となり空洞をあけてしまっていたらしい。その反動から、こんな中途半端な小説を書いてしまったのかもしれない。
 志村けんのコント「ばか殿さま」には、どこかとぼけた毒がうっすらと漂っていた。放映中の2009年頃は、自民が政権を追い出され、世界は前年のリーマンショックで同時不況、新型のウイルス感染さえもあったのだ。ぼくは今回のコロナ・パンデミックで、全身体当たりの日本の喜劇人が倒されたのが、口惜しくてならない。彼はぼくの誕生日(2月20日)とおなじだった。しかも、今年の暦年が2020年という偶然の符合がある。つまり、2020年2月20日という、あまり例をみない誕生日を迎えた者同士で、他人事とは思えないのであった。
 子どもの頃に笑って両親とみた、チャップリンの映画「モダンタイムス」は、もう観ていていることが苦しくてできなかった。映画の虚構は今では世界の現実となっていたからである。
 だが映画館でみた「独裁者」のチャップリンの演説にぼくは感動した。涕泣していたような気がする。

 長くて恐縮だが、この演説原文(翻訳)で掲載することを、どうか赦して戴きたい。素朴でもう古くさい。退屈な科白だなんて思わないように。イスラエルのユヴァル・ノア・ハラリ氏がアメリカのタイムズ紙への寄稿文「コロナといかに闘うか」、NHKとの緊急対談「パンデミックが変える世界」の基調にある平和への思いは、世界の実情がどんなに変貌しようと、さして変わりようのないものなのだから。

I’m sorry, but I don’t want to be an emperor. That’s not my business. I don’t want to rule or conquer anyone. I should like to help everyone if possible —Jew, Gentile, black man, white.

申し訳ないが、私は皇帝などなりたくない。それは私には関わりのないことだ。誰も支配も征服もしたくない。できることなら皆を助けたい、ユダヤ人も、ユダヤ人以外も、黒人も、白人も。

We all want to help one another, human beings are like that. We want to live by each other’s happiness, not by each other’s misery. We don’t want to hate and despise one another.

私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。私たちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのだ。私たちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくないのだ。

In this world there’s room for everyone and the good earth is rich, and can provide for everyone. The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way. Greed has poisoned men’s souls, has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.

この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。人生の生き方は自由で美しい。しかし、私たちは生き方を見失ってしまったのだ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。

We have developed speed, but we have shut ourselves in. Machinery that gives abundance has left us in want.

私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げた。

Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind. We think too much and feel too little. More than machinery, we need humanity. More than cleverness, we need kindness and gentleness. Without these qualities life will be violent, and all will be lost.

知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。私たちは考え過ぎで、感じなさ過ぎる。機械よりも、私たちには人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしには、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう。

The aeroplane and the radio have brought us closer together. The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all.

飛行機やラジオが私たちの距離を縮めてくれた。そんな発明の本質は人間の良心に呼びかけ、世界がひとつになることを呼びかける。

Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children — victims of a system that makes men torture and imprison innocent people.

今も、私の声は世界中の何百万人もの人々のもとに、絶望した男性達、女性達、子供達、罪のない人達を拷問し、投獄する組織の犠牲者のもとに届いている。

To those who can hear me I say: “Do not despair. The misery that is now upon us is but the passing of greed, the bitterness of men who fear the way of human progress, the hate of men who will pass, and dictators die. And the power they took from the people will return to the people. And so long as men die, liberty will never perish.”

私の声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。 私たちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのだ。 憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶え、人々から奪いとられた権力は、人々のもとに返されるだろう。 決して人間が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。

Soldiers, don’t give yourselves to brutes — men who despise you, enslave you, who regiment your lives, tell you what to do, what to think and what to feel, who drill you, diet you, treat you like cattle, use you as cannon fodder.

兵士たちよ。 獣たちに身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、人生を操る者たちは、君たちが何をし、何を考え、何を感じるかを指図し、そして、君たちを仕込み、食べ物を制限する者たちは、君たちを家畜として、単なるコマとして扱うのだ。

Don’t give yourselves to these unnatural men! Machine men, with machine minds and machine hearts! You are not machines! You are not cattle! You are men! You have the love of humanity in your hearts. You don’t hate. Only the unloved hate, the unloved and the unnatural.

そんな自然に反する者たち、機械のマインド、機械の心を持った機械人間たちに、身を託してはいけない。君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。君たちは心に人類愛を持った人間だ。憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ。愛されず、自然に反する者だけだ。

Soldiers, don’t fight for slavery! Fight for liberty! In the seventeenth chapter of St. Luke it is written: “The Kingdom of God is within man.” Not one man, nor a group of men, but in all men! In you!

兵士よ。奴隷を作るために闘うな。自由のために闘え。『ルカによる福音書』の17章に、「神の国は人間の中にある」と書かれている。一人の人間ではなく、一部の人間でもなく、全ての人間の中なのだ。君たちの中になんだ。

You, the people, have the power! The power to create machines. The power to create happiness. You the people have the power to make this life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.

君たち、人々は、機械を作り上げる力、幸福を作り上げる力があるんだ。君たち、人々は人生を自由に、美しいものに、この人生を素晴らしい冒険にする力を持っているんだ。

Then in the name of democracy, let us use that power. Let us all unite! Let us fight for a new world. A decent world, that will give men a chance to work, that will give youth a future and old age a security.

だから、民主国家の名のもとに、その力を使おうではないか。皆でひとつになろう。新しい世界のために、皆が雇用の機会を与えられる、君たちが未来を与えられる、老後に安定を与えてくれる、常識のある世界のために闘おう。

By the promise of these things, brutes have risen to power. But they lie. They do not fulfill that promise. They never will. Dictators free themselves, but they enslave the people.

そんな約束をしながら獣たちも権力を伸ばしてきたが、奴らを嘘をつく。約束を果たさない。これからも果たしはしないだろう。独裁者たちは自分たちを自由し、人々を奴隷にする。 

Now let us fight to fulfill that promise. Let us fight to free the world. To do away with national barriers. To do away with greed with hate and intolerance.

今こそ、約束を実現させるために闘おう。世界を自由にするために、国境のバリアを失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために闘おう。 

Let us fight for a world of reason. A world where science and progress will lead to all men’s happiness. Soldiers, in the name of democracy, let us all unite!

理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために闘おう。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう。





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masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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