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詩集「弧塔」「海の賦」「カモメ」から(3)

 交 感

白い鳩が
 夕陽を斬って翔ぶ さわさわと さわさわと
噴泉は
 優しい嗟嘆にくずれおちる
濡れた瞳よ
 静かな埋葬の歌を唄え
重い霧が空をつつみ
 夜は重なりあって眠る
星たちが
 無言のことばを交わしはじめた


 冬の蝶

二月の雨は蝶の羽根の上に降る
弧塔よ
わが記憶の棲家より
君の未知の肉体に燃える
命の火箭よ

夢は捕らえようとすれば
     こと切れるのだ
野性の棕櫚さえ
鳴り響む南国の海の願いを抗いは
しなかったのに

美よ
獅士の硬い鬣が流す金色の涙よ
憩うべき棘ふかい薔薇の繁みに眠る
おお! 思い出
    切り落とされた首


 向日葵

おまえは
太陽をみつめすぎたため
大きな瞳のなかで
滅んでいく

時間に渇き
時間に飽き
黄金の夢に憑かれた
おまえの咽喉は
棒のように朽ちてしまった

茜い夕べの雲よ
遠い湖の
つめたい風を送れよ

燃える影のなか
緑滴る

おまえの夏は
銃剣のように
おまえの背中に突き刺さったままだ


 酒 杯

人生は誰も読むことのない詩集のようだ
行開けの柵(しがらみ)を散歩する
それは他人の空似

人生は宛先のない手紙のようなわたしの恋人だ
ただ幻のみ慕わしくて だれひとり弔うもののない
夜とぎのよう

ああ むかしのわたしの愛する人につげてください
おまえがわたしから去ったとき
わたしはわたしを棄てたのだと

神様 どうか死の床には わたしの愛人を呼んでください
雨の夜の庭に 餌をやる猫はまだ来ているのかと

人生は深い河
停まったままに 流れることもなく
暗い思いのみ渦まいて
一盃の酒杯には誰の顔も映ることはない


 パウル・ツエランの墓

  ―花を埋葬せよ そして人を墓の上に添えよ

あなたが横たわる雪のベッド
あなたが飲む朝の黒いミルク

硬直した青銅の天使たちが
地面に顔を埋めた者たちを起こして
その頭蓋をひとつひとつ銃で撃ちぬく

死者の瞼を殺ぐ屠殺者の鋼の爪
薔薇はその傷口を曝したまま
眼は恐怖に瞠かれる
蛾は白い卵を産みつける
裂かれた声 砕かれた顎の奥深くに

雪のベッド 黒いミルク
夜に飲み 昼に飲む 朝に
1970年4月 彼が飛び込んだセーヌの水
消えない 暗い水音
動かない 青い空





詩集「弧塔」「海の賦」「カモメ」から(2)

 逝く女

官能の森のなかで
囚われの女よ
悲しい君の自由は
愛よりも死を願った
君の鉱石の胸は
海を湛え
野性の自然は
君の鼻梁を貫いて天に接し
君の眼のなかには
恒に蒼穹があった
砂漠から来た
死の騎士だけが
君を認めると
君は歓んで
その甲冑の胸に身を任し
夕陽は哭くように森を焦がし
白鳥は天をついて昇っていった


 雨 情

小止みなく 雨はふるよ
   紫陽花のうえ はこべのうえ
小止みなく 雨はふるよ
   一人去り 二人去り 友よ
小止みなく 雨はふるよ
   酔いどれし 舗石のうえに
小止みなく 雨はふるよ
   やり場なき 怒りをおさえ
小止みなき 雨はふるよ
   さまよいし 歓楽の街
小止みなき 雨はふるよ
   腕をふり 涙をおさえ
小止みなく 雨はふるよ
   目をつぶり 心をとじて
小止みなく 雨はふるよ
   人々の悲しみのうえ


 黄昏の海

夕暮の海に吹きすぎていく風よ
女の臀のように 色褪せた海よ

かって俺の傷口に
塩辛い夢想を そそぎこんだおまえ

俺はおぼえている
瀕死の太陽を抱いて 蒼穹にのたうつおまえ

おお 静かな海よ

おまえはまだ覚えているか
まるで黒点だらけの太陽が
俺の肌を炙り
砂に溶けた俺の耳に囁いた
虚ろな愛を

また 燦爛たる夕暮
泣き濡れたおまえの項に聞こえた
歓びの鐘
おまえの淫らな曲線に沈む
満天の星屑
孤独なほど青い
おまえの祭壇へ
俺は口づけた

おまえの深い欲望の水底に
透明な亀裂をもとめ
昇天のように墜ちていく
俺の魂を
おまえの虚無の淵へ
浮ばせるため

おまえの近く あるいは遠く
海鳴りを聞き
俺は生きてきた
泡立つ静脈の黄昏
おお
老いたる海よ
おまえの灰色の瞳にあふれる
古い悲しみ

夜は来たのか
恩寵は去ったか

もはや
おまえは俺を見ない

俺が
おまえを見ないように


 ヴェネツィアのオンディーヌ

ヴェネツィアの水は 動かぬ空を喫み
黒い波は橋の下で 淫らな音を立てる

繻子のドレスを纏い
私を運ぶこの閑雅な舟に
おまえを乗せて しばし彷徨ってみようか
この入り組んだ迷路の中へ

そして象牙色したテラスに腰掛け
夕日を浴びて佇む石の貴婦人たちよ
その燃える闇の裳裾をひるがえして
真昼の輝ける海と空へと 漕ぎだそうか
教会の尖塔から いまひとつの星が瞬き墜ちた
秘めやかな私たちの婚姻の徴として・・・

ああ だがここでは 蒼ざめた私のオンディーヌよ
おまえはあまりに おとなしすぎるのだ





詩集「弧塔」「海の賦」「カモメ」から(1)

 女王弧楽

一撃 
 呻吟の立ちこめる迷路より
 非情の甍の上に
おまえ凜然たり静謐の女王よ
樫のように硬い高貴な額には
せりあがる恍惚と不安の王冠を戴き
おまえは眩暈の矜恃を低く
吟じながら
この地上に起立したのだ
いつか蒼穹が
痴呆の笑いをおまえにもたらしたときも
反抗の拳を秘かに固めたおまえは
天使のように微笑んだだけだ
強い憂愁が
衰耗したおまえの軀を
腐り落とそうとしたときも
狂おうしい死の鬼火が
おまえの胸倉を這えあがり
殺害の血を烈しく欲したときも
おお苦悶に満ちた高貴なる女王よ
力と優雅の舞踏よ
鉄軸のおまえの理性は
美の狂宴に酔い痴れながら
夕映えのように美しい嘶きを聴いたのだ
輪郭の競立
     色彩の跳躍
歓喜の王国
女王よおまえはそこにいた
おお 街道の存在
おまえはよろめきながら
「幸福」を見た
疲れた軀を横たえておまえは睡りに落ちた
起きあがっては子供のように夢を追った

暗転する
夢また夢
青春の地獄
女王の影絵は
   身を捩って死に果てる


 ジャコメッティ

広場を横切り
雨の中を駈けぬけ

わたしは 入っていった
祈りのようにか細い腕の建つ
美しい廃墟

そこに おまえは
いた

わたしを みつめるものが
ある

身すくむ 至福の中に
かれのほうへ

歩いていく わたしが・・・・


 朝のねむり

夕べの渚にいでて
おまえ恋したあの日から
風がわたしの眠る追憶の頁をめくり
わが瞼を殺ぐ 棘のような光の雫

おまえ苦しみをもて 受胎する巫女よ
岩に凍みいる 密やかな愛を忍び
あかげらの音絶えし このさびしき林のなかに

おまえの紡ぐ夢中の絲で 真珠母色の空のかたちを彫れ
そして 親しき友等が集う丘の上に
朝霧にぼやけた おまえの曙のレースをひろげてみよう


 カモメ

今朝 輝く海の青は
昨日の 夜の煌めきか
開き放たれた窓からは こうして風がそよいでいく

波が満ち ぼくたちの足跡はきれいに流れ
おまえのからだはいま 海月の骨のように明るくなった
この広い海へそそがれる 葡萄の酒などないものか
すべてをくれ とおまえはいう

おお 無限とは
ぼくたちの貧しい限界を超えていくもの

ごらん 絶え間なく沖にむかって海は毀れ
  カモメは空から離れられないので
  あんなに激しく飛んでいる





詩「祖母」

昭和46年 庭に鶏頭が炎える夏
祖母はついに九十二歳の生涯を終えた

人は誰も年老いて死ぬ それを嘆くのではない
ただ故人の忘却の彼方へ消えさるを悲しむ

「生きることは地獄 わたしは地獄からあの世の地獄へと去くんだわ
そんな祖母の悲痛な生の呻きと 枯野をすぎる微苦笑が
幽かな含羞をうかべて 老女の華やいだ科白のようにいま甦る

「陶酔」なる詩誌を主宰し 秀才の誉れ高き長男は二十五で夭折し
内村鑑三を師と仰いだ次男は 原典の聖書を読み耽り
路上に乞食をみれば 給金のあらかたを施し
事務所の机を厭いて 痩せた身体を苦しい労働の現場に投じた
理想肌のクリスチャンが結婚し だがその嫁にいびりだされるように
ただ一人の娘のところへ身を寄せた祖母は
わが家の部屋の隅に 背中をまるめて寝起きし
それでも書を離さぬ 明治の文学少女であったか

「おお わたしのアンナ・カレリーナを貸しておくれ
そんな本をわたしが持っていたかどうか忘れたが
冗談に私が貸し与えた「ランボー全集」を読破すると
驚くべし その老体はなんと生き生きと甦ったことか!
それならばと 戦後の家族制度を盛った新版の「親族法」を読ませると
それさえ理解したのか 「なんと変ったかえー」
となにやら淋しげであった

 「花の命は短くて 苦しみことのみ多かりき
放浪記の林芙美子は 晩年まで詩を書いていたらしいが
老醜を晒しても生きねばならぬ現実と おお
あなたのアンナ・カレリーナの なんという奇妙な同居!

猛々しい夏雲は いま襤褸の空を押し上げて
真っ赤な鶏頭は 地にくっきりと黒い影を落としている!



1995年(昭和60)に刊行した第三詩集「カモメ」に載せた詩の一篇である。詩集の「あとがき」に私はこう書いていた。

「戦後50年というらしい。敗戦小説の傑作「浮雲」のなかで、林芙美子は『みな、いきつく終点へ向かって、人間はぐんぐん押しまくられている。富岡は、だが、不幸な終点に急ぐことだけは厭だった。心を失う以上は、なるべく、気楽な世渡りをしてゆくより道はないと悟った。』
 これが過去のまた現在の日本における生活者の感慨である。これ以上なにを語る必要があろう。
 わたしには1970年(昭和45年)から今日までの、25年間のほうが大事である。わたしの人生があるとすれば、それは1970年の1年の経験よりはじまったといっても過言ではない。
 処女詩集「弧塔」を1975年(昭和50年)に、それから15年後の1990年に「海の賦」を出した。今回の「カモメ」には、できることならニコラ・ド・スタールの同名の絵で表紙を飾りたかったことだけを、最後に付記しておきたい。」

 最新の小説「花の睡」の最終頁に、庭に咲く「鶏頭の花」が出てきているのはどうした偶然だろうか。私はこの小説に「祖母」の息子の「叔父さん」を猫の名前の一つに使ったが、この真っ赤な鶏頭の花は、そのまま、祖母が風呂敷にした日の丸の旗の赤、血のにこごりのような鶏頭の鶏冠であったことが、作者自身を驚かせたことをあえて注しておくことにする。




詩 「フォールン・エンジェル」

    

   フォールン・エンジェル


きみの好きな 堕天使というカクテルを飲んだ
あの古い酒場のバーテンには作れなかったやつさ

きみの瞳の葉の蔭に 黒い花びらのように
落ちていた 天使の羽根

ヴィラ・アドリアーナ
きみの魔法が魅惑する 古代ローマの華麗な宮殿

あのキマイラの幻術が アンティノウスをナイルの岸辺へ誘ったように
この世を統べる物語の神が 長衣静かに曳きずって

きみのこころの回廊を 横切っていく
金色の杖で その大理石の胸に奇怪な呪文刻みながら

ロ-マ・ボルゲーゼ公園の美術館
その窓際に背むけて横たわる ヘルマアフロディーテの像よ

白い背中 なだらかな胸 泉したたる腹部へと
両性具有者の夢が 迷路のように妖し気な襞をまく
 
おお せわしなき鼠の葬列 虚ろな闘技場のなかへ
わたしたちは どこからきてどこへいくのか

ジンの青い焔が グラスの淵煌めかせ
きみの大きな瞳が 祝祭の篝火のように 遠くの森を照らしている




 * 「ハドリアヌス帝の回想」(ユルスナール)から40年の時を超え私の中に甦った詩集「海の賦」の一篇である。



プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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