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肉体の学校(1) ―呼吸を学ぶー

 表題のようなエンタメ小説が三島の文学にあります。小気味よい成功作でフランスでも映画化されたもので、仏題:L' école de la chair。仏語のchairには肌色という形容詞もありこれがいかにもフランスのエレガンスを思わせますが、日本語の肉体という言葉には少なからず生々しいニュアンスがつきまとうので、ここでは身体(からだ)と表現したほうがよいでしょう。今回は文学の話しではありません。あとで述べますが、三木成夫という学者が「ヒトのからだー生物史的考察」(うぶすな書院)という題名の本を書いています。
 ところで、座禅に「数息感」という呼吸法があり、調身、調息、調心のリズムをつくるための方法で、主に調心のためのものです。
先日のことでした。座禅を始めてしばらく経った頃。水の中で溺れるように、呼吸することがしばらく困難となりました。そんなことがこれまでの座禅になかったわけではありませんが、そのときは、不思議と思われてしばしの反省のあとで、私は空気に溺れたのだという奇妙な想念に遊ぶのを止めることができませんでした。それは座禅によって人間のからだが、動物からより植物にちかい存在へと生の様態を近づけたことから、三木氏のいう生命記憶のかなたから呼吸器に顕われた一時的な症状のように思われてならなかったのであります。
 先述した三木成夫という発生形態学者の著書によりますと、海から発生した生物が陸にあがるときに呼吸することを覚えたのですが、大変に長い年月をかけ非常な努力をしたそうであります。この先生は人間の胎児が母胎に宿り、羊水の海に十月十日ほど漂った過程を観察して「胎児の世界」(中公新書)という本を著わしました。そのけっか、「個体発生は系統発生を繰り返す」という法則を実地に観察・発見するにいたったのです。簡単に言いますと、母体に宿ったまだ小指の先にも満たない赤ん坊が十月十日の間に、形をかえ姿をつくりその相貌を変えていく成長の過程のいちいちが、生命が誕生し形態を進化させていくその節々の姿に、相似していることを観察して証明したといえばいいのでしょうか。
 すなわち30億年(三木)まえに地球に生命が誕生して以来、生物の分化の歴史において動物と植物という二つの生命の形態が生まれ、その身体の成立ちを比較して、そこに共通する相違と類似との根本があることを示しておられました。ここから人間の身体の器官を動物的なものと植物的なものとに分けることができると考え、人間は互いに性格が異なる二種の生物が“共生”しているものだという結論をだしたのです。そしてこれらの二つの器官群を個別に観察し、最後に発生学と解剖・生理学において両者を調査したところ、その代表が“心臓”と“脳”であるという関係にたどりついた。この“心臓”と“脳”という代表関係を今一度、西洋と東洋との歴史的な考察に戻り振り返って見ようとしたのです。こうやって三木氏は「ヒトのからだ」の生物史的な考察を進めていくのですが、その詳細は三木氏の平明な文章をたどるにまさるものはないでしょう。この本は有名な江戸時代の俳人宝井其角の句で締めくくられています。
 しかし、そういう文学的なことは、現在の日本文学の現状の一端をおぼろげに知る者にはどうでもいいことです。それよりも科学の世界に興味を牽かれるのは、コロナワクチンの研究と開発に遅れをとっている日本が、科学界で世界16位であることもさることながら、ワクチン開発に従事する職員が非正規社員でしかないという事実に、まず驚愕をさせられます。たまたま、私は去年、「ゲノム編集の衝撃」という本を読み、文字通り衝撃を受けました。この本にはこんなことが書かれていたのです。

「(ゲノム編集は)さらに遺伝子治療への応用にも期待が大きく、16年頃からは米国と中国を中心に、ゲノム編集で遺伝子を書き換えた免疫細胞を体内に戻してがんを治療する臨床研究などが始まっている。基礎研究から医療応用に至るまで短期間で爆発的に広まったクリスパー・キャス9は、今後も生命科学研究を支える技術として、発展を続ける。・・・・これはコロナの研究にも応用され、少量の検体から数十分でウイルス検出することが可能となる。・・・・クリスパー・キャス9の技術は、世界的に広がった新型コロナウイルス感染症に対しても活用が期待されている。例えば、より効率的な検査の実現である。・・・・ガイド役の配列であるクリスパーを新型コロナウイルスの遺伝情報であるRNAの特定の領域をターゲットとするよう組み換え、新型コロナの検査に応用することが検討されている。クリスパー実用化に向け開発が進む。現在広く使用されるPCR検査は、判定までに数時間程度かかるという課題があり、クリスパー・キャス9の技術を応用することで大幅な時間短縮が期待される。
 また、治療薬の開発にも応用が期待される。ウイルスなどの病原体に感染すると、免疫細胞の「B細胞」から抗体が産生される。クリスパー・キャス9で新型コロナウイルスの抗体を作るよう改変したB細胞を投与することで、患者は抗体を獲得することができる。
 新型コロナの感染拡大が始まって約半年だが、クリスパー・キャス9はすでにさまざまな活用法が検討されており、生命科学領域の研究手法として欠かせないものになりつつある(日刊工業新聞2020年10月8日)
 新型コロナウイルスのワクチンを開発中の米製薬大手ファイザーと独ビオンテック(BioNTech)は9日、治験の予備解析の結果、開発中のワクチンが90%以上の人の感染を防ぐことができることが分かったと発表した。ファイザーとビオンテックは、「科学と人類にとって素晴らしい日になった」と説明した。このワクチンはこれまでに6カ国4万3500人を対象に臨床試験が行われてきたが、安全上の懸念は出ていなかった。両社は今月末にも、このワクチンの認可取得に向け、規制当局の緊急審査に申請する計画だという。」
 その後の日本を取り巻く現状を述べる気力は、いったいどこからでてくるというのでしょう。
其角の句「蟷螂の尋常に死ぬ枯野かな」は、三木氏がその卓越した著書の最終においた、その意味合いを無効にするどころか、いまや、日本は哀れなカマキリになれるかどうかも、怪しいものなのです。





花の宴

 部屋の片付けをしていると、思いがけないものが出てくる。
「花おりおり」となかなかに流麗な筆づかいで題名が綴られ、鮮やかなカラーの花の写真のしたに、12行と12字からなる文章が認めてられている小さな切り抜きがたくさん見つかった。
 これが35年まえ、2005年の新聞の一角を飾っていたことがあったのだ。それを切り抜いて集めていたことをすっかり忘れていたとはなんということであろうか。
 たとえば、ヤマブキとあり、「時代と共に花への想いも変わる。ヤマブキは恋の花だった。『万葉集』にはいとしい人の面影に重ね、庭に植える歌も。首都東京は、この花と縁が深い。武将太田道灌はにわかに雨に蓑を農家に請い、娘がさしだした八重の花の意味がわからず、恥じて学問に目ざめ、大成、江戸城の前身を築いた。」とある。
 文は、湯浅浩史。写真は、矢野勇。

 かつて太田道灌の銅像は都庁が有楽町にあったころには、第一庁舎の正面右側に立っていた。都庁の新宿移転にともない、いまは国際フェオーラムのガラス棟にあるらしいが、それを知る者は少ない。
 
 太田道灌は室町時代の武将で江戸の土地を切りひらいた。銅像の制作は開都五百年記念として1956年に、多くの銅像を手がけた写実派の彫刻家朝倉文夫氏である。上野の西鄕隆盛の像と比べるのも一興だろうが、太田道灌も見限られたものである。
 「花おりおり」は今では本になっているが、新聞の切り抜きがあればじゅうぶんであろう。一枚一枚の写真を見て文を読めばまた過ぎし昔を思いだすこともあろう。

 さて、話しはは平安時代に飛ぶ。紫式部が書いた源氏物語に「花の宴」という章があった。54帖の物語りのなかでは、この「花の宴」は源氏の君の放恣なふるまいが目立つところで、何処かフランスのボードレールの詩、たとえば、「路上で会った女に」を連想させないではおかない性的放縦がみられる。といっても源氏の君のほうは幾つかの優雅な歌で宴の場面を艶やかな風情で織り上げている。下はボードレールの詩の数行。
                                                                                 稲光り・・・・・それから夜。その眼差が忽然と                                                    
俺を蘇らせたまま、須臾の間に消え去つた美を。                                                  来世出なければ もう二度とお前に遭へないのだろうか。                                                             鈴木信太郎譯「悪の華」
                                                                                  こちらは禁中をさまよい、あちらはパリの街中をさまよう遊蕩児である。源氏のほうには八つの歌が散らばり、それぞれが艶めいた風情をかもして優雅である。

  大方に花の姿を見ましかば
      露も心の置かれましやは

  深き夜の哀れを知るも入る月の
      おぼろげならぬ契とぞおもふ

  うき身世にやがて消えなば尋ねても
      草の原をば問はじとやおもふ

  心いる方ならませば弓張りの
      つきなき空に迷はましやは

 事実、源氏の朗読に耳を傾け、「花の宴」にはいると、ふと空が開けて春風に吹かれる心地がするから妙である。そう思いながら、たまたま、三島氏の「古典文学読本」を読みだしていると、氏は源氏の中でこの「花の宴」と「胡蝶」のふたつに独特な視線を放っているのであった。

「人があまり喜ばず、又、敬重もしない二つの巻、『花の宴』と『胡蝶』が、私の心にうかんだ。二十歳の源氏の社交生活の絶頂『花の宴』と三十六歳のこの世の栄華の絶頂の好き心を描いた「胡蝶」とである。この二つの巻には、深い苦悩も悲痛な心情もないけれども、あくまで表面的な、浮薄でさえあるこの二つの物語りは、十六年を隔てて相映じて、源氏の生涯におけるもっとも悩みのない快楽をそれぞれ語っている。源氏物語に於て、おそらく有名な「もののあはれ」の片鱗もない快楽が、花やかに、さかりの花のようにしんしんとして咲き誇っているのはこの二つの巻である。」

 この文章は「日本文学小史」の最終章となった「源氏物語」からの引用であるが、昭和45年6月で未完となった評論作品である。私は当時この一文を読んでいたはずだがまったく忘れていた。





1970~1971

 便箋に書かれた字はインクが退色し、捩れ曲がり今では見る影もない。ランボーやゴッホやカミユやチェーホフやドストエフスキーの名前が散らばる。フローベールの「感情教育」が顔をだすかと思いきや、ゲーテのこんな詩が突如現われる。

 感情をもたぬ人間になれ/たやすく動く心は/この揺れやまぬ地上では/一つの不幸な財産にすぎぬ/ベーリッシュよ 春の微笑が決して/きみの額を明るませることなどないように/そうすれば冬の嵐のきびしさが/腹立たしく曇らすこともあるまい//憂いを揺り眠らす少女の胸に/決して きみよ身を凭れさせるな/悩みを担ってくれる友人の腕に/決して支えられてはならぬ/・・・・・
   わが友ベーリッシュに贈る頌歌第三より(ゲーテ)

 私はこの書簡箋で、ぎりぎりの自分という「魂の一年」に耐えた。煩悶は私をして精神の限界まで連れていかれたが、私の理性はその暴虐の嵐を堪え忍んだ。私は一人アラン・ポーの呻吟の世界にいた。
「我若年二十三にして、既に老いたり、生を索めるものは生の犠牲となる。それも好し、然れど我茲に極度なる身体の衰耗を覚え、耐えずを悟る、これより後、大宇宙を閲みせんとして、小宇宙に隠棲せんと決す」
「夢は肉体を腐食させこころを溶かし、一滴また一滴と俺を穿って、遂に俺はここにひとつの風景を見た。俺は精神の貞操を尊重し、衰弱した愛と媚態を呈する諸価値の群れを侮蔑する。俺は矜恃を忘れまい。肉体の所有、その頑固な境界を超えるのは、死よ、おまえだけだ。自由と愛は決然たる死の上に花咲く。扨、しっかりと抱え持ったこの自己の爆薬の的ははずしてはならぬ。而して、規律の生活を!一個の精神と一個の肉体、その余は死だ!」

 私の一年はこうして過ぎた。ヴァレリーと森鴎外の二人だけが、壁のごとき世界を前に私の孤独に慰藉を与えてくれた。1971年1月1日辞令。木造校舎の隅に私の机と椅子があった。私は小学校の運動場で走った。幾周しても疲れることがなかった。その春、初めて恋情を知った。

     逝く女

 官能の森のなかで
 囚われの女よ
 悲しい君の自由は
 愛よりも死を願った
 鉱石のような君の胸は
 海を湛え
 野性の自然は
 君の鼻梁を貫いて天に接し
 君の眼の中には
 恒に蒼穹があった
 砂漠から来た
 死の騎士だけが
 君を認めると
 君は歓んで
 その甲冑の胸に身を任し
 夕陽は哭くように森を焦がし
 白鳥は天をついて昇っていった

                  詩集「弧塔」より








回想「1984年」

 ジョージ・オーエルの著作「1984」は、全体主義を批判して1948年に書かれたデストピア小説ですが、この題名はこれが書かれた48年をただ逆転しただけであった。これ以外には「ヨーロッパ最後の人間」(The Last Man in Europe)という題名が用意されていた。最年少でノーベル文学賞を受賞したアルジェリア生まれのアルベール・カミユは、1960年に自動車事故で亡くなった。当時自殺説も囁かれたが、鞄から発見された膨大な原稿は、「最初の人間」という小説の草稿でした。カミユがオーエルの「1984」を意識していたかどうかは不明ですが、「ペスト」を書き反ナチ抵抗運動に挺身したカミユがオーエルの文学に熱い視線を注いでいたとしても不思議ではないでしょう。
 最近、書棚を整理しておりましたら、「詩都」という旧い同人誌がでてきました。これは新宿の高層ビルで働く役人たちの同人誌でした。1984年の「詩都」第10号には、作家となった童門冬二氏の寄稿がありました。思わず目次を眺めますと、私の本「花の賦」の表紙絵を描いた人がエッセイ風の評論を載せ、詩一篇と「ヴァレリー断片」というエッセイとも批評ともつかない私の作品を見ることになりました。後者は詩ではないのですが、詩のジャンルに入れられています。くだんの人が書いていた評論は、「“生活が消えた”時代のレプリカント幻想」という題名で、ポール・ニザンの「アデン・アラビヤ」のプロローグを配し、わりに長い文章となっています。最終行だけをここに取りだしておきましょう。
「とまれ、私達はこれから、ユートピアと悪夢が、私達の精神によってくるりと入れ変わってしまうような、空恐ろしい時代を生きていくのである。」
 これはオーエルの「1984」を意識した時代状況を反映したのでしょうが、氏は別号で18世紀イギリスの画家・ヨハン・ハインリヒ・フュースリーの「夢魔」なる作品に描かれた女性の描写に、リアルな肉体が消失していることに、鋭敏な反応を示しています。作家のカミユがアフリカのフランス植民地の出身であることから、ヨーロッパ、特に宗主国のフランスに対しある距離感を払拭することができず、このことからかアルジェリアの独立問題に沈黙していた時期がありました。「私は正義を愛する。だが私の母親のためなら命を惜しまない」というカミユのことばには、硬直化していく思想への懐疑が窺えるでしょう。「異邦人」の主人公・ムルソーの投影を感じられるかもしれません。サルトルとの有名な論争「革命か反抗か」で、サルトルに押され気味になる実情はカミユの「反抗」の思想の核心にある「中庸」から必然的にでてくるもので、エッセイ「夏」「結婚」「裏と表」には、アルジェリアの土地への愛着が反映されています。カミユの遺稿「最初の人間」にはヨーロッパ的な文明を批判的にみる目が感じられます。浩瀚な「カミユの手帖(全)」の読みかけをついつい読み出してしまいましたが、このカミユに先行して20世紀ヨーロッパの精神の危機をその全精神で感得していた詩人にして哲学者のポール・ヴァレリーは、あらゆる事象の知性による組織化によりこれに抗いました。デカルトの男性的な精神を賞賛しながらも、頭脳の鍛錬以上のものを哲学に認めようとしませんでした。「私は考える、故に私はない」という言葉には非デカルト的な思考がうかがえます。氏が若い時代に書いた「テスト氏」は、精密なる知的な精神が一人の人物の形姿として顕現する様を描いてみせました。詩は知性の祝祭ともいうべきものとしてのみ存在を認められ、偶然の傑作にはなんの意味も認めないばかりか、「文学」への不信はその極限においては、精神になるか人間になるか、そのどちらかを選ばねばならなという極面まで、その対話を導いているのです(「ユーパリノス」)。もとより氏にとっての近代とは、相反し相矛盾する諸傾向、諸思考の共存する時代でありました。ボードレールの評価はこうした観点からなされているので、時には詩はその「罪」を露呈するもので、ボードレールの詩の核心にあるこうした傾向に重要性を見いだしていますが、サルトルは逆にこの点を批判しています。長編詩「若きパルク」も、友人のアンドレ・ジイドの強い薦めなくしては世にでることはなかったでありましょう(「ロンドン橋」)。「テスト氏」には、陸沈の生活こそが理想であり、世間にその精神を晒すことへの嫌悪が瞥見されます。ヴァレリーの壮年期の20年の沈黙はここに原因しますが、「カイエ」にはこの期間の彼の思索をみることができるでしょう。氏がマラルメの弟子のように振る舞ったのは、マラルメへの敬愛からでありました。私がマラルメの詩を知ったのは、ユイスマンスがデカダンスの聖典のような「さかしま」でその詩の断片を紹介していたからです。モーローやルドンの絵画は「さかしま」にはうってつけの絵画でありました。「いずこへなりとこの世界の外へ」というボードレールの散文詩を知ったのもこの象徴派の宝典と讃えられた、主人公のデ・ゼッサント生き方は、私の唯美的趣味にひとときの隠遁と慰安を与えてくれたものでした。こうした事情から精神病理学への私の関心は、哲学と相まってハイデッガーの影響下に「現象学的人間学」等への接近となり、自己への関心と無縁ではなかったのです。ビンスワンガーやフッサールの著作に早くから興味を寄せた理由もここにありました。こうした回想には無意識の改竄が含まれると共に、ほとんど意図的な錯視の潜入もみられます。しばしそれを「反回想」と銘打つ所以もそこにあるので、アンドレー・マルローが自身の自伝に「反回想録」と銘打ったのは行動家の自意識からでしょう。
 さて、この1984年の「詩都」第10号には、「ヴァレリー断片」とともに、1990年に出版した詩集「海の賦」の巻頭に載せた「讃歌」という詩がみえますので、ついでにこの海という自然への愛憎半ばした、たわいのない一篇を掲載することをご寛恕ください。

     ぼくは 諦めた
     海への旅も
     青空も

     あるものか
     心酔わす 一滴の酒
     ミューズの神の翔たく
     詩と音楽に優るものが

     竜骨よ
     砕け散ろ

     びっこをひいて
     よろめき歩く このぼくに
     定められたる道を行く

     ぼくは「時間」を掠めとる
     それらを結び 花輪にし
     ぼくの「永遠」を飾るため



(注)2018年4月に掲載された一文を、ここに再掲します。</span>




アリア「エックス・プロバンスの空と大地を」

 オペラ「椿姫」にはアリアの名曲が幾つもある。私がいつも心を打たれるのは父がパリにいる息子を思って歌う一節。「エックス・プロバンスの空と大地を」のバリトンのアリアだ。

プロヴァンスの海と大地を/誰がお前の心から消したのか?
故郷の光り輝く太陽から/どのような運命がお前を連れ去ったのか?
ああ、苦しんでいるとしても思い出してくれ
そこでは 喜びがお前に光輝いていたことを/そして 安らぎは向こうの土地にだけあり/お前に 再び輝くのだ/神のお導きなのだ!
ああ、お前の年老いた父親が/どんなに苦しんだのかを お前は知らないのか/お前がはなれてから、家は悲しみで覆われたのだ
だが、最後にお前に再び会えたなら/私の中で 希望が失われていなかったなら/名誉の声が お前の中に 完全に消えていなかったなら
神は 私の願いを叶えてくれたのだ!

 この父の心情がフィッシャー=ディースカウでも誰でもいいのだが、バリトンの声で奏でられると、私の胸がふるえるのはいったい何故だろう。かつて私は子でありいまは老いたる父である。息子もいるが幸いこうした窮状にいるわけではない。だがこのアリアを聴くとエックス・プロバンスの海と大地が現われるらしい。そこから綿々たる悲しみに溢れた父の歌声が聞こえてくるのである。それは日本ではない。どうしてもエックス・プロバンスでなければならない。南仏のそこへ行ったことはない私が、光りに満ちたその海と大地を知っているわけではない。そこは私の胸のうちに現われる想像の世界なのである。音楽の調べにのった詩の魔法がもつ摩訶不思議な力だというほかはない。
 数年まえ、私はフランスにいる娘の懇切な援けうけ、一人プロバンス地方を杖をひいて旅をしてきた。たしかニースの空港からタクシーにとび乗り、アンリマテュスの作品がある礼拝堂を目指してヴァンスへ行こうとしていた。車が走りだすとタクシーの運転手が遠方へ顎をしゃくって、エックス・プロバンスならこちらにあるのだがと言われた覚えがあった。駅からタクシーに乗るとき、私は娘が作ってくれた地図を示し、ヴァンスへ行きたいというと「エックス・プロバンス?」と聞き返された。「ヴァンスだ」と運転手へ念を込めて言った。「ヴァンス?」。そうだマテュスの礼拝堂があるところだと、私は繰り返した。たぶん歌劇「椿姫」のエックス・プロバンスへ行く外国の訪問者が多くいるのに相違ない。ヴァンスは山のなかの小さな村にすぎない。だが私が一番に行きたいのはそこなのだ。後で知ったことだが、英国の作家のD・H・ロレンスが晩年、病期療養にこのヴァンスに来て亡くなっていた。マテュスがこの村に礼拝堂をとの村の依頼に協力し、晩年の作品を描き遺して光りあふれた礼拝堂がこのヴァンスに建ったのである。礼拝堂のテラスから遠くに地中海を眺めることができた。
 私がアンリマテュスの絵に出会ったのは22歳の通勤途上のことである。地下道を歩いている私の足が止まった。行き惑い途方に暮れた足が目にした本屋の店頭によろめいた。そこにファブリの大判の画集があった。偶然に手にしたマティスの絵に私は救われたのだ。以来数十年、彼の「画家のノート」は私のそばから離れなかった。
 三日間、ヴァンスのホテルで過し、それからバスでニースへ戻り、四日間、雑踏の街中のホテルで過した。ニースはコート・ダジュールの中心の都市で、海岸まで歩いて出てみたが、ザワザワしていてあまり魅力を感じなかった。歩いていける近くに国立マルク・シャガール美術館があったので行ってみた。さすがマルロー文化相がシャガールのために建てた美術館らしく、作品は充実しているのに驚いた。この時ばかりは、正直いってマティスよりもシャガールの絵に惹かれた。マティスの美術館へ行こうとしたが、誰に尋ねても要領が得なかった。そのうち雨が降り出したので映画館に入ったがほとんど寝ていたようだ。夕食はホテルの近くにある中華屋で済ました。スマホでの通信機能はこのあたりから故障したらしい。ニース駅から、アルベルト・カミユの墓地があるルールマランへのプロバンス地方奥地への難儀にみちた、だが楽しい旅がはじまったのである。
 どうして、オペラ「椿姫」のアリアの話しから、画家のマティスへ飛んだのか、私にもわからない。


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DSC06359_convert_20200726115926.jpgニースの夕暮海辺





プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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