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怪談 牡丹燈籠

 妻と歌舞伎をよく観に行く。東銀座のあの歌舞伎座の「さよなら公演」で、入口はいつもごった返している。近くにある東劇のシネマ歌舞伎も観る。ある夕べには、歌舞伎をみて、その足で映画「エディット・ピアフ」を見に別の映画観へ急いだこともあった。ピアフは「水に流して」(Non!  je ne regrette rien)が、一等好きである。
 話しを歌舞伎に戻すと、覚えているところでは、「赤い陣羽織」「恋飛脚大和往来」「羽衣」、「平家女護島」「人情噺文七元結」「盟三五大切」、「廓文章」「祝初春三番痩」「俊寛」、「十六夜清心」「鷺娘」、「菅原伝授手習鏡」「京鹿子娘二人道成寺」「伽羅先代萩」、「五重塔」「海神別荘」、「真景累ヶ淵・豊志賀の死」「船弁慶」を、歌舞伎座で観た。
 そして、東劇のシネマ歌舞伎では、「ふるあめりかに袖はぬらさじ」「怪談牡丹燈籠」などである。
 映画「ローマの休日」の王女様の記者の質問への返答を借りると、
ーどこもみなそれぞれよいところでした。・・・でも、ローマが一番です。
 となるが、「ふるあめ」は玉三郎が出演していたが、この原作に密かに天皇批判が封じこめられているのに、気づく人はそんなにいないと思うのだが、さてどうであろうか・・・・。
 そして、ついに思いだすのも厭な「怪談牡丹燈籠」である。この歌舞伎は明治の円朝の落語をもとにして舞台用に作られたものであった。
 私はかくまでも、暗く、怖い噺しを生まれてこの方、味わい、観たことがないような気がするのだ。
 つらつら考えるに、それは私が生まれ、幼年期を過ごしたところが、小高い丘の上の、長い石段を上がったところにあるお寺の境内だったからかもしれないと思う。それは静岡県掛川市の城下町の一角にあった。五人兄弟の下から二番目の私は、姉や兄と一緒に、真っ暗な夜に、この長い石段を、「そら!人魂が飛んでいるぞ!」と兄や姉たちが面白がって囃し立てるので、その階段の脇にシンと静まりかえって闇の中に、幽かに月の光を浴びている累々たる墓石の林を横目に、怖い思いで年嵩の兄と姉が、逃げるように走りあがるその後を、必死で駆けあがって家に帰ったことが度々あったからである。あの幼時の体験がなければ、歌舞伎の「怪談牡丹燈籠」ぐらいに、胸に石臼をのせられたような重い気分になるはずはないのだ。
 それともあるいは、年をとってきた今日この頃、思いもしない悪夢にうなされるためであろうか。悪夢といっても、これまで過ごしたきた人生の途上で出会った人間が、ごく普通にまたぞろ私と一緒になるだけのことなのに、私はそれらの人々に苦しめられるのだ。それがなんともいえずに厭な場面なのである。そのほとんどが、どうしたことか、これまで私が過ごしてきた職場の人間達なのであった。一つ二つの例外はあるが、私はごく平凡などちらかといえば高踏派的な紳士として振る舞ってきたはずなのである。だがそれほど好感は懐かずとも、厭悪したはずでもない人間たちが、私に邪険になって迫ってくるのは、どういうわけなのだろうか。私がなにか悪いことをした覚えはない。むしろ、任侠精神を発揮して私はどちらかといえば、弱い者の味方になり、あこぎで威張り腐った、あの貪欲で低劣なるお偉いさんたちの所業を叱声し、あるいは、じっと堪え忍んで、この社会での生活を送ってきたはずである。それだからなにも、いまさら、夢に出てきていただく義理合いはすこしもないはずなのだ。ですから、どうか私を安眠に寝かしてくださいと、頼むばかりなのである。
 座禅にいく禅寺にも、どうも按配のよくない人間がいらっしゃる。いや、そういう所だからこそ、また、そうした煩悩を祓う修行に精を出しにくる人間がいるのかも知れない。
 「怪談牡丹燈籠」を見る前に、私の希望で「里山」という閑かな映画を妻と見た。ああ、なんという清々しい気分になったことであろう! 自然と人間とのなんという、美しい共生関係がそこでは営まれていたことであろう!
 だが、その後に見たあの「怪談牡丹燈籠」はいけなかった。三遊亭円朝はなんという悪い人間関係の網を張り巡らして、ここに恋慕と嫉妬の情念を注ぎ入れ、不義密通と悪事の地獄絵を創り上げたことだろうか。
 仲睦まじい夫婦が、ふとした人生の暗転から、たがいに殺し合いをするようになる。幽霊が夜半の中空をさまよい、大きな螢のよな人魂が、生きている人間に取り憑いて殺してしまう。板東玉三郎の演じるお峰が、主人の伴蔵の浮気を知って、嫉妬のあまりに逆上し狂った一瞬の顔は、もう人間の顔ではない。それは幽霊よりも、恐ろしい悪魔の顔である。
 帰りに買い求めたプロマイドに書いてあった。すべてはつぎの一句の中に尽くされていたのである。
 ー幽霊より怖い、人間の業!
 ああ、これほどに含蓄のある名文句はないのではあるまいか・・・・。


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masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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