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手紙のそよ風

 「戦争と平和」を読んで、ようやく上巻の半ばにきた。そこへ、フランスいる娘から葉書が舞いこんだ、まるで春のそよ風のように。北御門二郎の端麗な訳文だが、戦争場面の迫真の描写に息がつまりかけていたので、このパリからの葉書に救われた思いだ。フランスの田舎道に、自転車にまたがった娘とひょろっと背の高く足の長いフランス男が、明るい陽射しを浴びて、煉瓦色の屋根瓦の小屋のまえで頬笑んでいる。背後の緑の平原の空には風が吹きかよい、二人は幸せいっぱいの様子だ。葉書の切手までツーショットの写真が印刷されているんだからな。
 あと二日で今年も終わりだ。長いような、短いような一年であった。世相は不景気面のどんよりとした天気で、どこもかしこも木枯らし模様のありさまには、もううんざりである。
 葉書によると、パリは雪がちらつき、氷点下の寒さのようだ。それでも、雪景色とクリスマスムードのパリは美しいらしいが、あまりの寒さで外に長くはいられないようである。24日から来年の3日までのクリスマス休暇は、リヨンの郊外にある夫の実家に家族が集まり、その後、二人は友達とスイスの手前のグルノーブルというところへスキーへ行くらしい。新年はリヨンの三つ星ホテルで迎える計画ということだ。
 ああ!日本の年越し派遣村とは、なんていう違いがあるんことだろう。まあ、この世界的な同時不況だ。裏にある隅の実態はそんなにちがいはあろうはずはないだろうが、それにしてもだ、陰陽がこれほど歴然ということは、正直にちょっと腹に沁みてくる気がするね。これは私だけの感慨だろうか。
 辺境な島国だから、まあ仕方ないのかも知れない。この列島を大陸の方角から眺めると、手前に大きな湖(これを日本では日本海と呼んでいる)の端のほうに、お盆のへりのように列島がある。ここへむかし、北と南から様々な人類が移動してきたような気がするのだ。それはちょうど太陽が昇ってくる方角にあるから、なんとなく行きやすかったのにちがいない。なかには、対馬などを渡って大陸から来た者もいただろう。そのさきは果てもない海ばかりだから、ここでひと休みときたもんだ。科学技術の粋をもって、地球儀に時間軸を持ち込んで、立体的に眺められるような工夫ができたら、宇宙から地球を見るのとは、異なる視点からこの地球も、またこの日本も見えてくることだろう。
 中学生の頃、月には生物は存在せず、岩石しかないと先生が言っていたことがあった。へそまがりの私はすぐに、ほんとうかなーと疑問をいだいた。生物とはなんなのであろう。岩石は生物ではないのだろうか。1たす1はどうして2なのだろうか。疑問だらけで、そのくせばかな遊びだけが好きなため、決められた勉強はせず、他の者たちがする受験勉強をほったらかして、釣りに凝って夢のなかでも、池に釣り糸を垂れているありさまであった。隣の女の子が好きになると、その子を笑わせるための冗談ばかりを言って、あまりあたしを笑わせないでとお小言を頂戴したことがあった。どうもあまり笑うとちびってしまうようなのだ。まあ、それをこの目で見たわけではないがね・・・・。
 学校の窓から見える夏の空と、もくもくと広がる白い雲ばかりを見て、飽きることがない童貞少年だったのだ。
中学二年だったか、数学の宿題をやらない数人が、その罰で運動場を六周走らせられた。なぜ六周なのだろうか、いまでも分からない疑問のひとつだ。教室にいる連中はこの光景を見逃すはずはなかった。拍手喝采であった。それから仕方なく数学の勉強をした。すこしづつ、だんだんと、そのうちに、めきめきと成績があがっていくではないか。これには自分でも驚いた。英語もそうだった。高校へ行った。それはみんな遊んでばかりいる高校であった。前述したが、私はへそまがりなのである。そのばか面を見ているうちに、どうにも辟易してきたのである。ちびた鉛筆を持って、数学が好きな変人がいた。その男がいる「数学研究部」というクラブがあった。それで私もちびた鉛筆男のそのクラブに入った。私はその頃になると、俄然、勉強が好きな高校生になっていたのである。英語、国語も一人で、参考書を買い独学した。あのデコラティブな英語を書くエドガー・アラン・ポーを原書で読んだ。高校一年だかの夏休みの宿題に、漱石の「こころ」の読書感想文を書いたことがあった。体育館で全校の集会があり、東京都から表彰状が出ていた。まわりの者の視線が私に集まり、「おまえだ!」「おまえだよ!」という声がした。なんのことか、わからないまま、前に出ていくと、私はその表彰状を貰ったのだ。私はいつの間にか、図書館で本を読むことが好きな人間になって、太宰治を読んでいる一友人と親しくなっていたらしい。あるとき、担任の先生が「だざいじ」なんていう作家は読まない方がいいと言ったことがある。治を「じ」だなんて言ったと、その友人と暫く笑い合っていた。「太宰」を読むと「痔」になるらしいぜと、お互いに笑ったのかどうかは、覚えていないが、その丸い眼鏡の出っ歯を隠すように、ムッツリとした顔が滑稽でならなかったんだな、きっと。
 舟木一夫の「高校三年生」の歌が流行っている頃に、私たちは、高校三年生であった。それで屋上でその歌に合わせて、女の子とフォークダンスをやった。歌の文句のとおり、校舎は夕陽に染まっていた。
 小学校からお遊戯が大嫌いな私は、ほんとうに、恥ずかしくて、顔を朱くしていた。でも、好きだったセーラー服すがたのあの子は、その後、どうしているのだろう・・・・。三角の襟の白い胸が目にうかぶようだ。




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masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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