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雪国の風景

 上野から新幹線で秋田県にある温泉に家人と行った。これまでで一番遠方の温泉だ。雪が2,3メートルは積もって、彼方の連山も白一色の景色にうかんでいる。驚いたのは韓国人や、中国人という外国からの客が多く見かけたことだ。外気にさらされた大きい露店風呂は寒いので、狭いが暖かい浴槽入ると、三人の白人が大声で冗談を飛ばして話し合っている。会話から聞こえてくる英語に耳を澄ますと、各人三様の訛りがある。そのうち、お互いにおまえはどこから来たのかという質問が始まった。一人がカナダ人で昨日バンクーバーから来たがここは四回目だという。また一人はオーストラリア、もう一人がフランスから来たと話している。フランス人を除いて、二人はビジネスで日本に来たらしいが、フランス人以外の英語はどうも聞き取りずらい。たぶん自国の延長で会話をしているが、フランス人は習った英語のため、お国訛りが少ないせいだと推測される。経済が上向きの韓国人が集団で、秋田空港を経由して、すぐ隣から、古い日本の家屋が残ったこうした鄙びた温泉に来るのはわかるが、白人がリピーターとして訪れるということには、驚いてしまった。三人の白人は彼らの流儀で、手ぬぐいなどは持たず、オチンチン丸出しで、浴槽の縁に腰掛け、窓を開けて凍りのつららを取って、はしゃいでいるのはいかにも愉快そうであった。その尖ったつららは、ある映画で凶器に使われたことを、私は思いだしながら眺めやった。早速、部屋に帰りしな、その愉しそうな浴槽での光景と先の尖ったつららの件を家人へ伝えると、「刑事コロンボ」等の推理ドラマの愛好者である家人は、凍りのつららは証拠が溶けて残らないので、よく凶器として使われるのだと、そう平然と語る家人の横顔を眺め、窃かに私は要注意(!)の信号を、胸中に刻みこんだ次第である。
 それはともかく、韓国人や中国人の会話が分からないのと同様に、秋田の土地の人同士が話すことばもまた理解不能なのである。東北の雪国がまるで外国にやってきたような按配である。部屋にトイレはなく、寒い廊下のいちばん遠いところまで行かねばならない。食事は外へ長すぎる着物の裾を気にしながら、長靴に足を入れて、別棟まで雪路を歩いて行かねばならない。高齢の男の外人さんが一人で食事をしていたが、お膳を真ん中にして、両足を前に裾をはだけて伸ばしていた。その駄々っ子のような恰好が哀れにもまた滑稽にもみえ、見ないふりを決め込むしかないようであった。「秀吉」という地酒の熱燗がなかなか旨く、岩魚の骨を漬けた「もっきり」という酒などは、家人も美味そうに飲んでいた。暖かいサービスと無駄のない料理の一品一品が、簡素にして素朴な味がしてしごく満足であった。
 とはいえ、外気温は零度なので乳白色の混浴の露天風呂は、若い男女なら互いに熱かろうが、一人長く浸かっていると寒くなるほどだ。日暮れてくるにつれ、だんだん人影が少なくなる。
 できることなら、秋田市まで電車に乗り、斎藤茂吉記念館や庄内平野を一望し、雪の鳥海山を眺め、芭蕉の足跡の一端なりとも足をのばしたかったが、雪国の寒さにわが心も足をも萎えてしまったのがこころ残りではあった。
 しかし、空からふわりふわりと舞いおちてくる雪に、私の心は魅了されたのである。あの雪のひとひらひとひらの舞い降りてくる姿はなにか天使的なものを想わせる。直線的に地上に落下する雨とはちがい、それは中宙をたゆたい、ゆったりとした時を描いてやってくるのである。こうした雪景色を眺め、こうした風景の中で暮らしている雪国の人々の心に、この雪がみせてくれる間合いは、どこかで翳をおとさずにはいないにちがいないと、せっかちな東京人である私は、そのぬくい時間の玄妙なわざくれを、すこしは掌中のものとしたい誘惑を感じたのである・・・・。
 雪国の人にみられる悠揚と迫まらざる、あの敏いほどな婉曲作法、細部にゆきわたる技巧の忍耐、絶対的に中枢を外す手腕、馬鹿をみる結果を犯す冒険心への堅固なる軽侮は、雪に囲繞され毎日を同じ範型で暮らす生活を強いられ、手足をも痺れる寒気を忍び、雪の舞うあの時間の優美ともいえる遅延になめされ、育まれ錬磨された忍苦の生活が窯変した屋根の庇から列をなして垂れ下がるつららのような、芸術作品なのでないのだろうか。
 山本周五郎はあの名作「樅の木は残った」で、あの原田甲斐なる人物に描きこんだ、あの世までも貫く受動的抵抗とあの忠心は、東北の伊達藩に典型的に見られる氷塊の如き覚悟の一端なのではあるまいか。そして、

   太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
   次郎を眠らせ、次郎の屋根の雪ふりつむ。
                              (三好達治「雪」)
  
と詠った、わずかな二行の短詩は、それらのすべてを寡黙に語っているもののようにも、私には思われたのである。



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masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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