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剣と禅

 浅草生まれの小説家に佐江衆一という人がいる。初めに読んだ本が「剣と禅のこころ」(新潮選書)であった。座禅の座り方については、学生の頃、三鷹の井の頭公園のならびにあった禅宗の寮にいた男が教えてくれたお陰で、三十代の後半から参禅を始めたのである。剣は職場通いをした新宿歌舞伎町にあったカルチャー・センターに、日中友好協会でやっていたが数年で止めてしまった太極拳の服装で五十前後から稽古をしだしたのだ。くだんの本は薄いわりに、さすが小説家だけあり、剣と禅についての要義を、簡にして要を得て説いた一冊として、いまも手に取る誘惑に勝てない。この小説家自身が四十代から古武道(杖術、居合、体術)を、五十代から剣道をはじめただけあって、内容も充実しているのだ。なによりも春風に吹かれているような作者の顔つきがいい。小説は「江戸職人奇譚」などを読んだだけだが、手抜かりのない江戸情趣のある短篇とみえた。丁寧に生きてきた人でないとこういう短篇は為せないにちがいない。よほど気が練れている人らしい。下町ではたまに見かける御仁であるが、下町から出た芥川龍之介は、辰月、辰日、辰刻に生まれ、父が後厄(43歳)母が大厄(33歳)と、いわゆる「大厄の子」であったが故か、死して龍は名を残したようである。
 さて、ところで、剣と禅については色々に読み漁り、特に山岡鉄舟の「剣禅話」だの「山岡鉄舟の武士道」だのを読んでいたが、この江戸から明治を生き抜いた山岡鉄舟を主人公にした「命もいらず名もいらず」(山本兼一)の小説、上下二巻をちょうど読み終わったところだ。
 山岡鉄舟は江戸と明治を股にかけた三舟と呼ばれた、勝海舟、高橋泥舟(鑓の名人)の一人で、無刀流の創始者で、谷中の全生庵に墓と書があることは、ご存知の方もいるだろう。
 この小説は幕末篇と明治篇の二巻に分かれ、合わせて千数十頁もあるが、読み出したら止まらない。
「とんでもない男である」の一行で始まる上巻から、「山岡鉄舟の死は、そのまま、日本の侍の死であった」の下巻の最終行まで巻を置いて能わず、剣禅一如の「満腹精神」で鬼鉄ともボロ鉄とも呼ばれ、背丈は六尺二寸、体重百十二キロの体躯にて、何事もやりだしたら本気で、愚直なほどの快男児が、幕末の嵐を駆け抜けるのだ。剛毅で私心なく仁に篤く、剣をとれば適う敵はいないのを見込まれ、西郷隆盛と勝海舟の推挙で17歳で天皇に即位した明治帝の侍従となる。ゆで卵を50個を一度に食べて驚かせ、酒九升を飲んでも二日酔いもしない猛者だが、座禅と書を毎日欠かさない鉄舟にも、17年間夢にまで見てうなされていた剣の使い手、浅利又七郎義明の鋒(けんさき)の幻影にこころ惑わされてきたのであった。
 だがあるとき、湯島の麟祥院(三代将軍家光の乳母春日局の菩提寺)の滴水和尚からさずかり、見解(けんげ)をめぐらしていた公案につぎのものがある。

両刃交鋒不須避(りょうじんきっさきをまじえてさけるをもちいず)
巧手還同火裏蓮(こうしゅかえりてかりのれんにおなじ)
婉然自有衝天気(えんぜんとしておのずからしょうてんのきあり) 

 意はこうだ。真剣を握った男が向き合っている。お互いに避けるつもりはない。剣の名人は、火のなかの蓮の花に似て、燃え立っている。しなやかではあるが、天を衝くほどの強い気をもっている。さて、この頌(じゅ)はどんな心境をあらわしているのか、いったいなにを汲み取れるものなのか。
 鉄舟は懸命に考えて答えるが、「ばかもん。なにをしておった。死ぬ気で公案にとりくまなんだな」と和尚に怒鳴られ、足蹴にされて、這這(ほうほう)の体で逃げ出して帰る。鉄舟は粘り強く考え、また参禅する。鋒(きっさき)を避け得ないのなら、死ぬしかないのか、死ねばいいのか。
「死ぬ覚悟をいつでももつことと存じます」との鉄舟の答えに、
「ならば、いまここで死ぬがよい」と、また足蹴にされた。鉄舟は頌(じゅ)の三行を布に書き、つねに持ち歩いて眺めるが、豁然と目が開けることはない。布はもう手垢で黒ずんでいる。臨在禅での師と弟子との問答は、真剣の斬り合いにも似ているのだ。それから二年、滴水和尚の公案は頭から離れたことはない。そうしたある日、一人の横浜の貿易商人と会話中、「商機」について商人の話しを聞いた鉄舟は、はっきりと覚醒するのだ。
 そして、遂に浅利又七郎義明と木刀で対峙する時がくる・・・・。
 作者は、剣と禅についての説諭ではなく、鉄舟という男に生涯つきまとった迷妄が霽れる場面を、終わりに設定して山岡鉄舟の剣禅一如の生涯を飾らんとしたのであろう。

 明治の二十一年、腹中を胃癌のために瘤をつくって膨らませ、それでも

   ー腹張って苦しきなかに明烏(あけがらす)
 とつぶやき、結跏趺坐したまま瞑目絶命した鉄舟の生涯を、興趣ある逸話をおりまぜて、徳
川家の崩壊を幕府と薩長の西郷隆盛、近藤勇やら市井の商人やら清水次郎長などを登場させながら、深くもなく浅くもなく、渓流に流れる水のごとく、その時代の終焉と新時代の幕開けの驚嘆と痛苦を、手慣れた筆遣いで描き上げた、その膂力に敬意を表さざる得ないのである。
 剣と禅について、その要諦を知るには、いや、この暗鬱なる現代社会の泥濘を、健全なる身体と横溢なる精神を失わずに生きるには、この歴史・時代小説は恰好な読み物であることは確かであろう。
 

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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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