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ぴーこ氏との対話

P4130008_convert_20100915170343.jpg  三年前のぴーこ氏


(主人)ぴーこはいつも元気だね。テレビから歌が聞こると、君は大声を張り上げて鳴いている。調子を合わせているのか張り合っているのか分からないけど、歌うことは楽しいよね!
(ぴーこ)あらそうだったかしら。ときどき、「静に!」とお叱りになっていたようですが・・・。
(主人)お!そうだったかね。あまりに君の声がいいんでね。テレビの歌が聞こえなくなっちゃうんだ。それで、つい、つい、ね、これからは君のために遠慮しよう。ところで君は女だと思ったら男だった。
(ぴーこ氏)どちらでも同じことです。あなには日頃、わたしの家の掃除や餌をいただくのですから。わたしこの頃、お腹が空いてしょうがないのよ。だから出るのも遠慮なくしています。もう山盛り状態ですね。
(主人)いや、いや。君ほどの年齢でそんなに食べられるなんて、健康な証拠だよ。きっと長生きするよ、君は。
(ぴーこ氏)わたし幾歳か、自分でもわかんない。もしかしたら、寿命がないのかも知れない。
(主人)ハッハッハ!君がそんなことを考えるもんじゃないよ、柄でもないぜ・・・。100歳だっていいさ。
(ぴーこ氏)あら、ずいぶんぞんざいなお口をおききなさいますね。どうせカゴの鳥ですから。だからと言って、なにも考えないわけではありません。もとは野に育った野生の鳥だった、ずっと昔のことですが。
(主人)数年前の君の写真と比べると、やはり君も歳をとったんだね。若いというものはいいものだ、老人には老人のよさがある、それは内向きなものなんだ。この頃、君の顔をみていると、哲人の鳥貌が窺え、翁の品のようなものがある。人間のほうはうまく歳をとるのはとても難しいものなのだよ。これまで生きてきたことを整理しまとめる必要があるのだが、なんせ体力・知力は衰えるばかりだからね。ところで、君はずっと一人だったんだね。
(ぴーこ氏)そういえば、いま、お一人さまが、あちらこちらに増えているそうですね。親も兄弟姉妹、それに子供までいても、「無縁社会」だなんて、なんて淋しい世の中になってしまったんですか。わたしは最初からお一人さまですからね。「社会」とか「共同体」とかがなにを意味するのかを知りません。「他者」も知らないのですから、「単独者」でさえもありません。「未来の他者」なんて考えこともありません。ただ毎日を勝って気儘に楽しく過ごしているだけなのです。
(主人)なんだか、誰かの難しい本でも読んでるかのような口ぶりだな。あの「トランスクリティーク」を覗き見をしたようじゃないか。カントとマルクスを交互に論じたなかなか面白い本だよ。でも思考機械のように贅肉を削ぎ落とした文体から、断言的な倫理の理論が彫塑のように切りだされ、それは稀なる著書と言っていいだろう。でもどこか人間のぬくもりに欠けている気がしてならないのだよ。当然に英語などの翻訳を意識して書かれているのだろうけど。日本語には情緒的な曖昧さが涎のようについてまわるからね。だが小林秀雄のライフワークの「本居宣長」には、諄々と説くやさしい口調が滲み出ていたような気がする。あれから約五十年を経て、ずいぶん世相も変わったし、思想家が日本と西洋では違いがあるのは当然だがね。現在はなにか不穏なものが世界中の空気に瀰漫して、その危機感が底流にあるのだろうけど、そんなご託はどうでもいいことだ。ここでは、もう短兵急に核心に入ることにしよう。たしかに理論は厳密に追求されなけらばならない。それは人間の理性の限界まで行使されて然るべきものだ。それは人間が「幸福」を追求した証なのだからね。だが、この理路整然たる論理のどこかに鋭利なカミソリの尖鋭な光がちらちらと目につくのはなぜだろう。血の臭いが隠れ、暴力の欲動が秘かな抑圧となって思想ではなく、その思想を語ることばを暴力的にしている気配がするのだがね・・・。カントがこれほど生き生きと活躍するとはうれしい限りだがね。哲学者の故・坂部恵氏の業績、とくに「視霊者の夢」が10年の沈黙を経て、カントを見る目を替えたのだろう。ここから「強い視差」というキーワードが生まれ、「移動」(以前は「交通」という言葉を使っていたが)することに、マルクスの思想の生命の躍進があったという指摘はとても示唆に富む卓見だね。このグズグズの世界に一条の光を当て、混迷する世界に希望をもたらしてくれる。
君もそのカゴの中で一生を終えるのだが、「井戸の中の蛙、大海を知らず」という単純なものではないことは、深く高く思考するものには自明な筈だ。
(ぴーこ氏)その通りですよご主人!あれだけ猖獗をきわめたサルトル等の実存主義哲学は、フィールドワークから生まれた「野生の思考」に場所を譲ったではありませんか。あの有名な「革命か反抗か」の論争で、苦渋を強いられていたアルベルト・カミユはアルジェリアの民族独立運動では、その曖昧さをサルトルに論難されましたが、彼は生まれ故郷のアルジェとフランスに引き裂かれて苦悩していたのです。自動車事故では自殺説まで囁かれました。わたしはカミユからフランツ・カフカの文学を教えられた。短篇「掟の門」はそういえば、坂部恵さんも取り上げていたような気がする。自分だけに開かれた門前に佇み、その戸口からの光をちらっとみたがため、死ぬまでその「掟の門」に入ろうとしたあの田舎者の寓意は、さながら、創世記の「天使と闘うヤコブ」(或い「視霊者の夢」を見たカント)のようではありませんか。わたしがカゴの鳥から、カゴの外を夢にまで見ながら、あなたが戸口を開け忘れているにもかかわらず、敢えて外へ出ることをしなかったのも、わたしなりの振る舞い方だったのですよ。
(主人)そうだ。君は賢明なインコだ。君はすこしばかり歳をとっただけだ。君に「野生の思考」がある限り、君は理性の限界内でその境位を越えて、君の自由を「視霊者」のように夢みることはできるのだからね。
やや!君の元親がフランスから元気に旦那を連れて、君のところへ帰ってきたようだよ。いいね、フランス人はいつでも、この人生を楽しもうとしているようだ。幸福とはよく生きることだからね。それは上質な理性と思慮深い決断と勇気にかかっているものさ。
(ぴーこ氏)わたしはずっとお一人さまで暮らしていきます。そして、できるなら語らずに、歌いつづけたいと思います!
(主人)それはいいことだ。君の健康に乾杯だ!


ぴーこ氏との対話  三年後のぴーこ氏   


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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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