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歌劇「アンナ・ボレーナ」ほか

 先夜、日本での上演の少ないドニゼッッティーの歌劇「アンナ・ボレーナ」を東銀座の東劇で見たので、忘れないうちにその寸感を録してしておきたい。これはドニゼッッティーの出世作だそうである。歌劇の筋立てはこの史実に基づき、モデルの英国王ヘンリー8世の2番目の王妃アン・ブリーンは、姦通罪によりロンドン塔で処刑されているのだ。夏目漱石はこのロンドン塔を英国の歴史が凝縮された場所だと述べているが、ある年の冬、私も一度このロンドン塔に訪れたことがあった。陰惨にして寒々とした塔内を足早に見て、逃げ出すように外に出ると、冬の陽を浴びて身もこころも、ホッと安堵したことを今でも覚えている。フレッド・ジンネマン監督の映画「私が命つきるまで」のトマス・モアもここで処刑されたのだ。
 正直いってこの3時間45分のメトロポリタンの大作に疲れ果ててしまった。ヘンリー8世役の歌手とアンナのソプラノの交互の大音声は、私の耳鳴りも手伝って耐え難かったのだ。それに男役にこれといってみるべき個性がなく、平凡にして平板な演技はもう少しどうにかならないものであったろうか。実際の舞台と違い、映画のほうはスピーカーの音量により、人間の声が醸す微妙なニュアンスを同質、同音の音塊が殺してしまう懼れがあるのではないかと思われた。声は聞こえればいいというものではないのである。演技からでてくる声を聞きたいのだ。
 かつて、ピアニストのグレン・グールドが演奏活動を止め、録音に固執したのは、逆に、機械を使うことで自分の理想的な音域、音感、テンポをぎりぎりに追求し、その世界を記録に残せる長所を利用しようとした尖端的な熱情のたまものなので、現代における「音楽」の重層的な問題を内包して、なかなか、興味ふかいものがあった。
 そして、また話しの脈絡は飛ぶが、歌劇「アンナ・ボレーナ」から窺い知れる英国の血にまみれた王室政治があったればこそ、英国の外交には他の国にない旺盛かつ隠然たる力の発揮を促す内因があったのかもしれないなどという、妙な考えに導かれていったところである。
 一方、私のあたまを掠めていたのはキリスト教という宗教の世界観が、この歌劇の全篇に染み渡っているという、おそろしいほどの想念であった。これは日本の曾野綾子女史の「老人の才覚」を一読した直後に感じたものと通底しており、こうした「老人」の生き方シリーズではその出色さに感心したものだが、案の定、ベストセラーになったのには別段、驚くに当たらないのである。人間把握が宗教観により、さらに研ぎ澄まされたのか、彼女の持って生まれた資質であるのか、いちがいの断定は下せないところではあるのだが・・・・。
 私は以前バイクで三浦半島まで足をのばし、相模湾を見晴らせる小さな岬を発見したのであるが、そこは空にヒバリが鳴く、実に静かで心地よい桃源郷のようなところであった。その海岸の崖の上の数個の邸のひとつに女史が住んでいることを知ったのは、偶然、NHKのテレビ放映があったからである。それで、彼女がペルー大統領のフジモリ氏を匿っているとの報知に、私はすぐあの邸の中ではないかと想像したのであった。私は彼女が行動的なクリスチャンであることを知っていたが、その人がまたあの連続殺人者の大久保清をモデルにした「天上の青」なる長編小説を、三浦半島を舞台に書いているのだ。まだ、読書中なのでなんとも言えないが、あの犯罪者をクリスチャンの女史がどう小説に料理するかは興味あるところなのである。それにしても「指先の探検」だなんて、性犯罪者が高校生の処女を侵すシーンに使われることばは、クリスチャンの宗教家であることを忘れたかのようなユーモアには脱帽してしまった。曾野綾子女史が小説家であることはここに証明されているのだ。
  この相模湾を一望する私の発見地に、数年前、私は旧友を誘ったことがあった。その海辺をデッサンするその後ろ姿の左後方に見える建物の少し奥に、曾野綾子女史の邸が見える。その旧友とはバスで三浦漁港まで行き、酒を飲み鮪料理を食べたが、そのとき、「ここは子供の頃、父に連れられてきた記憶がある・・・」と、ふと、ひとこと洩らすのを聞いたのだ。まことに、縁とは不思議なものである。

 そして、話しが二転三転して恐縮であるが、渡辺京二氏の「北一輝」を読み出し、私は感嘆してしまったところである。氏のこれまでの「北一輝」論者への歯に衣を着せぬ筆誅には胸がすく切れ味があるのだ。だがこれを語るのはまた後日に譲ることにしよう。
 それにしても、「モンテ・クリスト伯」全七巻を読み進み、後は文庫一冊を残すところまできたのだが、この込み入った復讐譚にはちょいと付いていくのが骨がおれた。ペダンティックとも言う程の作者の文章に足をとられたが、フランス全土の地図とフランスの歴史とギリシャ以来の文学、政治、科学の教養を咀嚼したフランス人にはなんていうこともないのかもしれないのだが。


     

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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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