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「Alltime Stone」あれこれの、今

 「生活事実とそして苦難が存在することと、そこから個性的な意味をくみあげることとは、まったくべつのことがらである。後者の道には、苦難をいきぬきそれを逆手にとる、強靱にきたえぬかれた自己がなければならない。なおは、日本の民衆が歴史のなかで育てていた資質を、あるつきつめたかたちでうけつぎ、そこに拠点をすえて、みずからのはげしい苦難からかぎりないほどゆたかな意味をくみとり、私たちの世界のもっとも根源的は不正と残虐性とにたちむかったのであった。こうしてなおは、みずからの生の貧しさを、かえって、根源的なゆたかさにつくりかえたのである。その意味で、なおは、もっともよく戦った人生の戦士だった。(「出口なお」安丸良夫)

 このような文末でこの本は閉じられている。民衆宗教は多くあるが、出口なおの厖大なる「お筆書き」を虚心坦懐に読み込んだ著者の感想が素直に記されている。なお、このたぐいまれな婦人を開祖とした大本教は、世の「立替え立直し」を唱えて、明治から大正を経て昭和まで一つの教団ができたが、大正十年と昭和十年に官憲の弾圧をうけた。著者は出口なおの神がかりを、精神分析や精神医学を手がかりを歴史学者として、正面から捉えようとしたものだ。この宗教団体を題材に、作家の高橋和己氏により、「邪宗門」なる長編小説が朝日ジャーナルに発表、昭和四十一年に河出新社から単行本として発刊されている。
 その作者の「あとがき」からその一部を引用しておく。
「私の描かんとしたものは、あくまで歴史事実ではなくて、総体としての現実と一定の対応関係をもつ精神史であり、かつ私の悲哀と志を託した宗教団体の理念とその精神史との葛藤だったためである。私が自ら確かめ、自ら深めるためには、私のが生まれ育ったこの日本の現代精神と私の夢とを、人間をその精神総体において考究しうる文学の領域において格闘させることが必要だったのである」(一九六六年十月)
  
 前記の本と共に借りて読んだ「藤沢周平と山本周五郎」(高橋敏夫・佐高信対談)は、私の時代小説の展望をひろげてくれるに役立つもので、特に、高橋氏の卓抜なる知見は、私の蒙を啓いてくれるに充分なるものであった。なお、秋山駿の「時代小説礼賛」や隆慶一郎の「時代小説の愉しみ」の併読をお奨めしたい。

 また、辺見庸氏の「瓦礫の中から言葉を」は、3・11以降に書かれた多くの感想・批評の中で、その表現者の危機意識の錘鉛は深く降ろされ、その志操は比類ないものと思われた。終末感を煽り無責任な予言に充ち満ちた類書が多いなかに、著者の支援で刊行された「棺一基」(「大道寺将司全句集」)に通じる痛恨が底に沈んでいるからであろう。この句集は最初から詠みすすむ者には苦痛だが、次第に飄逸な軽みをおびた秀句がちりばめられることに驚くにちがいない。

     縄跳びに入れ損ねたる冬日かな
     冥きより明かしき海へ冬の雁
     花冷えの夜半に軽き溲瓶かな

 さらに、ある者から「Alltime Stone」なるCDを贈られた。たぶん仕事の余暇を割いて、若者たちにより作られたこのCDには、現代の青年たちがこの閉塞感の漂う社会への批判や揶揄、からかいや打擲がばらまかれている。幾分か単調ではあるが、このくぐもったリズムのなかに、歌いこまれた絶望の声と居直りにちかい肯定の欲望が、下町を根城にしたプロテスト・ソングは、一閃のナイーブな光りさへ放っている。なお、幾つかの序奏の音楽には、驚くように美しい曲を聞き、強い印象をうけた。さらに、歌の科白を丁寧に練りあげ、現在の青年たちの深層をすくいあげることばが創られたなら、さらに磨き上げられたCDが生まれるに違いない。もうひとつこの現代社会へダイナミックに斬り込むような世界ができることを期待したい。斜に構えるのではなく、自分たちの心の底に沈殿している素直な心情を、優しいことばでアピールしたらどうだろう。





DSC_0297.jpg   貴文CD2


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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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