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母性

 タイトルだけはおいてみたのだが、さて、と困った。書けそうで書けない。母ではない。それをさらに抽象化したコトバだ。
家に二匹の雌猫がいる。人間でいえば、五、六歳であろうか。拾われて家に来た頃から比べればだいぶ成長した。性格の違いもわかりだした。たぶん虎のほうが姉さんで、白黒が妹のようだ。これはこちらの手前かってな判断であるので、ちがうのかもしれない。虎は警戒心が強く、行動が慎重で、神経質でさえあるが敏捷で利口である。他方、白黒は奔放大胆であり、大様でさえある。虎にくらべてよく食べる。好奇心は二匹ともまだ子供であるから相当なものだが、よく食べる白黒の体躯は虎を凌駕してしまった。壁に両手をのばし、その全身をみると白黒は虎の1.5倍ほどありそうだ。ご主人は近くにいる息子なのだが、仕事で家を空ける時にこちらへペット用のバッグに入れて、我が家へ預けにくるのである。息子とシルバー夫婦のこちらと、どちらがご主人であるかは知っているようで、夜に息子が帰って我が家の玄関へ近づく頃になると、二匹とも帰宅モードになって、しきりと外からの物音に耳を立てる様子でそれとわかる。
 我が家の二階か三階かで、遊び疲れて眠りこんでいても、階下で名前を呼び合図をすると、階段を駆け下りて来るからおもしろい。小さい頃は余裕のあった移動用のバッグもいまでは、狭くなってしまったせいか、先に一匹が入るとあとからは入るほうは、どこか不承不承の様子を見せることがある。大きくなるにしたがって、小さいころとちがい、二匹の仲に、次第に懸隔が生まれだしているのがそれとなく窺われる。互いに独立しだしているのであろう。だが二匹が激しくじゃれ合うことはあっても、喧嘩をすることはない。大きい妹が小ぶりな姉をなめてやっていることもある。以前はそうすると、姉が妹をその返礼というように舌でなめたのだが。そうした二匹の姿をあまり見ることはなくなった。このごろでは、遊び道具でも互いに相手の領分を尊重しているのが見て取れるのだ。
 ここまでこちらの観察を記したが、二匹の猫がこちらを観察し行動していることに触れておかねばならないだろう。人間が猫の性格を判断するように、猫は猫で人間の性格と行動と癖を心得ていることは、おどろくべきものなのだ。いやおどろくなどといえば猫に失礼であろう。人間となんのちがいもないのだからだ。まず、猫は自分にどれだけ親身になっているか、その人間のこころの度合いをちゃんと見抜いているらしいのである。だがそれを露わに態度にみせることはない。その利口なことは、まず人間を凌ぐものがある。
 猫という動物が古来より、人間とともに暮らしながら、その絶妙な距離感を維持してきたことを考えてみるがよい。その外交的な能力は驚嘆すべきものなのだ。つかずはなれずというべきなのか。いや、そうした小才な処世術は一切ない。それが猫の愛すべき自然のふるまいであり、独立不羈な本能で生きている猫の天然の姿である。古代のエジプトでは猫は神性なものとされた。英国博物館かでそうした猫の彫像をみたことがあった。高貴にして犯すベからざる雰囲気があった。その気品はもはや獣とは思われなかった。だが私が家の猫は捨て猫であったのを拾われたのである。しばらくは母親の乳を吸っていたこともあったにちがいない。母親の愛情を知らないはずはない。子供のころに猫を飼っていたので、母猫が子猫を可愛がる光景はいまも忘れない。
 私は母性を語りたいために、猫という動物を持ち出したのである。いや、家人が二匹の猫を交互に膝に乗せ、猫たちもその膝のうえで甘え、家人の頬に自分の頬をすり寄せている光景を目撃して、くつろいだ猫の姿態、その安寧の微睡みのすべてが、母性なるものの記憶をさぐり、それを求める猫の究極の様態と映じたからである。だが、すべては私の誤解であったかもしれない。
 こうした言葉でいくら猫を絡みとったと思っても、その途端にするりと猫たちは小癪な人間の手からすりぬけていくであろう。
突然、リルケの「マルテの手記」だったかの一節が甦った。むかし、死んだ開高健の一人娘、開高道子さんの写真集「Where cats were」(猫のいた場所)を覗いていたときに、やはり、このリルケのことばが甦ったことがあった。
「猫は存在しない」というのだ。「それは大胆な仮説だ」というふしぎなことばであった。不幸なことに、父の開高健のあとを追うように道子さんはこの写真集を残して旅立たれてしまった。
 母性について書こうとして、私は突如、父性ということばに衝突したようだ。


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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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