FC2ブログ

朝風呂へ行く

 上野松坂屋の近所に朝から入れる風呂屋があると知り、早速、タオルと石けん入れを持って出かけた。名前は燕湯という。都内で唯一の有形文化財の風呂屋だそうで、湯船の岩山は富士山から持ってきたものだそうだ。大人¥460。番台はもちろん女性。四代目の人だ。風呂屋の名前の由来は、新潟県燕三条の人が最初に建てた名前を継いだとのこと。秋葉原に昔あったやっちゃ場で働いた人がたくさん帰りに風呂を浴びにきたらしいのだ。そういえば、秋葉原駅から市場が見えていた頃があった。
これまで風呂屋のペンキ絵は富士山しか見たことはなかったが、この風呂屋はそうではなかった。北海道弟子屈町(てしがちょう:アイヌ語)とペンキ絵の隅に記してあることから、北海道釧路の管内になる川上郡にある町だと知られた。
 天井は高く8メートルはゆうにあった。空色の一色で塗られていた。なんとも懐かしい天井だ。午前の明かりがさしている。富士山でないとしたら、どこの山を描いているのだろうか。弟子屈町(てしかがちょう)から望める山がこの絵に似ていることからして、たぶん、絵師が写真を見せられて描いたのにちがいない。風呂場のペンキ絵師は都内に二人しかいないそうなので、わざわざ現地へ行ったとは思われない。
 弟子屈町(てしかがちょう)とは面白い呼び名だ。アイヌ語の「てしかか」(岩盤の上)からきたらしい。風呂場のペンキ絵はこの町から見える神の山、カムイヌプリ(別名:硫黄山)なのであろう。二つの山頂をなだらかな稜線でつないでいる。前景の湖はあの摩周湖であった。
 女風呂からおばさんの声が盛んに聞こえてくる。これも懐かしいざわめきだ。男のほうは静かなのに、女湯はおしゃべりで賑わっているようだ。
 学生の頃、むかし通った中学校のちかくに風呂屋があった。ときおりそこへ行ったことがある。湯船の縁に腰掛け、西陽の射す明るい天井の窓を眺めていた。ぼけっとしているだけだったが、3時間はいただろうか。帰ってくるとおふくろが「あなたのお風呂は長いのね!?」と呆れられた。ただぼんやりとしていただけなので、私は黙っていた。
 昨日の朝、娘のフランス人の旦那がパリへの帰途についた。その前日の夕刻、根岸でお墓参りをして、そのまま上野の老舗の鰻屋で、家人と息子を含め四人で夕食を摂った。旦那は東京に数日いてから京都へ行った。パリから京都へ引っ越が決まり、一歳になる息子と娘の三人で住む住居を探しに行ったのだ。引っ越は一苦労だが、フランスからから日本へとは大仕事である。テロに襲われたパリは大変なことになっているが、その話しは誰もしない。
そのうちに、たまたま、風呂屋の話しになった。フランスの旦那が昔のおふくろと同じような質問をした。
―なにをしていたのですか?
―昔の大学生には、考えることがいろいろあったのだよ。
―そんなに長く、何を考えていました?
―Je pense donc je suis.
 私の発音が悪かったのか、それともキザ過ぎたのか、誰もなにも言わなかった。



プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード