FC2ブログ

北海道へ行く

 「五月の北海道へ行きたい」そんな声がどこからともなく聞こえた。東北新幹線(北海道新幹線)が新函館北斗まで開通したことをニュースで知ってからそう浅からぬ日であった。かつて夜行で青森県庁へ行き、県庁の車で竜飛岬まで行ったことがあったが、そのとき青函トンネルは工事中であった。その青函トンネルを抜け、本州から北海道まで新幹線に乗って一直線で到達できるとは、実に爽快なことではないか。北海道は40数年まえ新婚旅行で行ったきりのところであった。聞くところによると、グランクラスなる快適な列車に乗って東京まで帰ってこれるのだ。飲み放題、食べ放題は誇大にしても、偶にはすこしぐらい贅沢な気分を味わってみたい。京都から娘夫婦が孫を連れて帰省中であったが帰るとすぐ、東京駅から新幹線に跳び乗った。盛岡、仙台、青森と列車は矢のように北国へ向かった。
 乾いた新鮮な空気、広い大地に緑の草原と林がどこまでも連なり、遠方に残雪の連峰がみえるではないか。娘のつれあいであるフランス人が幾度となくこの地を一人で訪ねていた理由が、ようやく得心できた気がした。宿泊のホテルの部屋についている露天風呂から、津軽海峡を眺めて少しもあきることがない。空を飛翔するカモメもさることながら、海峡の海の景色がなんとも素晴らしいのである。海の色は深い群青に輝き、強い風と荒波にもまれた海は、白い飛沫を上げて凄烈な自然そのものの姿を露わにしている。この自然の荒々しい裸形の姿態こそ、北海道の大地の息吹そのものなのだ。人間を歯牙にもかけないこの自然の無我、一切の人間的なものを拒絶して眉ひとつ動かさない非情なり原始性が、美醜を超越してここに存在する。すべてはここから始まり、すべてはここに尽きる寂寞たる沈黙の荒地なのである。人間の生死はなにものでもなく、ただ空ただ淼たる物質いがいの何物でもないのだ。函館、小樽、札幌の三都を歩いたが、蝦夷のこの地に追いやられたアイヌ原人の足跡はいまもこの自然に生きているのではないかと思われた。この自然をまえにしていると、アイヌの人々がこの自然のすべてに神が宿ると考えたことになんの不思議もない。剛毅で無垢なこころが赴くごく当然なる心性ではないか。北海道からみえる日本海は東北で見る日本海とは風情も色彩もどこか異なっているかにみえる。本州に横たわる日本海は、広大なる海溝だとすれば、北海のそれは絶えず新たな潮が流れ入る解放的な外海なのであろう。江戸期にロシアが北海道の周辺に度々南下して来たのは太平洋へ抜ける航路があればこそのことなのだ。明治からの北海道の開拓の歴史は凄まじいものであった。その地がいま在来線の廃止等で衰退しつつあると聞く。過疎地にはその代わりになるバスが十分に走ることが保障されるとは限らない状況にあるらしい。現在の国の財政からはそういうこともあり得ないことではないのだ。だがこの広大な自然を擁する大地にねむる資源は日本にとって重要なものであり、軍事上の観点からも北海道は視野に入れるべき要地であるだろう。バスが通過する街はシャッターを下ろす店舗でさびれていたが、この豊かな自然を毀損することなしに、北海道に活力を取り戻させる手立てはないものであろうか。南は沖縄、北は北海道が将来において外交上の問題として浮上してくることがないことを願うばかりである。




DSC_0169.jpg DSC_0172.jpg DSC_0154.jpg


プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード