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「百姓マレイ」ドストエフスキー

 ドストエフスキーの「作家の日記」をまとめて読んだことはないが、たとえ全集を持っていたとしても、日記にそれほどの関心は惹かれなかったであろう。だがこの作者が遠い昔の思い出にすぎないという「百姓マレイ」という短い文章を私は幾度か読んで納得させられたことがあったのだ。作者が29歳のとき政治的な事件に巻き込まれてシベリヤの監獄で過ごしていたときのことだ。囚人達の凄まじい暴力沙汰に辟易したドストエフスキーは安心して伏していられる場所に避難する。
「牢獄生活の四年間に、わたしは絶え間なく自分の過去を追想していた。そしてこの追想の中で、自分の生活を残らず新たにくる返したものである。こういう追想はひとりでにうかんでくるものであって、わたしが自分から呼びさますことはきわめてまれであった。まず、ほとんど目にも入らぬくらいの一点一画からはじまって、後にはだんだん一つの完全な画面に拡大され、強烈な首尾一貫した印象になってゆくのであった。わたしはこれらの印象を解剖して、遠い以前に経験した事項に新しい風貌を添えた。が、なによりもかんじんな点は、それを訂正したことである。わたしはは絶え間なく自分の過去を訂正した。それがわたしにとってなによりの楽しみだったのである。」
 こうした楽しみで、作者は9歳の幼年時代のアネクドート(逸話)をひょんなことから思い出す。この追想が鮮明に作者へ甦ってきてから、監獄にいる囚人たちを見る目が変わったと作者は書いているからよほどのことにちがいない。
 それはこんな逸話であった。自分の家の領土にある森のしじまを歩いていると「狼が来る!」という幻想を聞き、恐ろしさのあまり畑を耕していたマレイという百姓をみかけ救いを求めて駆けだし、「狼が来る!」と息をきらせながら叫んことがあったのだ。
「彼は頭をあげて、ちょいといっときわたしの言葉を信じながら、思わずあたりを見まわした。『どこに狼がね?』『そういったんだ・・・・だれかがいま、狼が来る!って、大きな声でいったんだ・・・・』わたしはやっとのことで舌をまわしながらいった。『なにをいうのだね、なにを? どこに狼がいるもんかね!』彼はわたしを励ましながらつぶやいた。しかし、わたしは全身をわなわなふるわせながら、なおもひしとその百姓外套にしがみついた。きっと恐ろしく青い顔をしていたに相違ない。彼はわたしのことが心配でたまらぬらしく、不安げな微笑をうかべながら、じっとわたしを見つめていた。」
 このあとの日記の引用は残念ながら、だいぶ省略せざるを得ないのだが、この追想には訂正が施されていると思えない。
「じゃ、ぼく、行くよ」相談するように、臆病げに彼を見上げならが、わたしはこういいだした。『ああ、行かっしゃい。わしもうしろから見とってあげるだ。わしがおったら、お前さんを狼などにやるこんでねえから!』依然として母親らしく笑みつつ、彼はこういいたした。『さ、キリストさまがついてござらしゃる。さあ、行かしゃい』 彼は片手でわたしに十字を切ると、今度は自分にも十字を切った。 わたしは歩きだした。ほとんど十歩ごとにうしろを振り返りながら。マレイはわたしが歩いている間じゅう、自分の雌馬といっしょにじっとひとつのところに立って、わたしがふり返るたびにうなずいて見せながら、いつまでも見送ってくれるのであった。」
 このどこにでもいるロシア農民のひとりであったマレイとの邂逅とその追想が、「わたしは今でも覚えているが、忽然として、『今こそ自分はこれらの不幸な人々(監獄の囚人たち)をぜんぜん別な目で見ることができる』と直感した。そして、急になにかのある奇跡によって、あれほどの憎悪と毒念がわたしの胸から、残りなく消えたような気がした。」と書く背景には、あのドストエフスキーという人間が、作家としてこの世に生れたということに深い関係があることを私は疑ぐることができないのである。「死の家の記録」は自分の妻を殺したという仮想の犯人の物語であったが、ドストエフスキーが日記の中だけでもらした「百姓マレイ」というロシアの大地に根を生やした幼年期の記憶に保存された慈しみがなければ「死の家の記録」も、また彼の作家活動もなかったのにちがいないと、そう思わてならないのだ。




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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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