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江の浦から

 
1971年の夏 初めて潜った海
それが 江の浦の漁港だった
パンフをみて すぐに応募した
夏のプールで猛特訓のあと
連れて行かれたのが 相模湾の海
曇り空のした ロープをつたって
10メートルの砂だらけの海底は濁り
砂からでた手がゆらゆらと動いていた
ハッと驚いたが ゴム手袋だとわかると
安堵して落ち着いたほど 海は恐怖をもって
迎えてくれた

 旧臘の12月中旬、東京駅から東海道線に乗り、根府川という駅で降りた。江の浦という漁港が近くにある。もう50数年もむかし、スキューバ・ダイビングの教習をプールでうけ、はじめて潜った海がこの江の浦であった。天気は曇っていた。海の底まで張られたロープをつたって、10メートルを潜水した。20人以上の若者が参加して1泊した漁港の家で食べた磯料理はいまも目の前に浮んでくる。お膳に盛られた魚介類の料理は豊かな海の香りがして味は抜群だった。大きなサザエにたっぷりと実はつまっていた。
 その漁港を一目見ておきたかった。宿屋が寐府川駅のすぐ近くに見つかった。早速、予約を入れると、翌々日東海道線に乗った。小田原、早川、その次ぎの駅が根府川であった。無人駅を素通りして駅前で送迎車を待った。宿屋から夕陽にほんのりと染まった空と相模湾の海が望めた。眼下の東海道線のトンネルで上りと下りの電車がすれ違っていた。和室と洋室の5部屋のみ。わりとゆったりした檜の日本風呂とジャグジーの湯船があった。食堂から広い相模湾が一望される。
 宿の主人の話では、江の浦の漁港はなくなり、いまでは釣り人が集まる埠頭だけが波に洗われているとのことだ。
 帰りは早川で降り、海沿いの市場の二階の食堂で牡蛎フライ定食を食べ、駅までの道すがら魚二匹とイカの塩からとカラスミを一瓶を土産に、上野駅まで帰った。

 根府川の駅前でかすかに覚えていた詩人の立て札をみた。茨木のり子という詩人。その詩の数節を読んだことがあった。ここにその詩のぜんぶを書き出しておこう。


     根府川の海    
                  茨木のり子

根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅

たつぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまっさおな海がひろがっていた

中尉との恋の話をきかされながら
友と二人ここを通ったことがあった

あふれるような青春を
リュックにつめこみ
動員令をポケットにゆられていったこともある

燃えさかる東京をあとに
ネープルの花の白かったふるさとへ
たどりつくときも
あなたは在った

丈高いカンナの花よ
おだやかな相模の海よ
沖に光る波のひとひら
ああそんなかがやきに似た
十代の歳月
風船のように消えた
無知で純粋で徒労だった歳月
うしなわれたたった一つの海賊箱

ほっそりと
蒼く
国をだきしめて
眉をあげていた
菜ッパ服時代の小さいあたしを
根府川の海よ
忘れはしないだろう?

女の年輪をましながら
ふたたび私は通過する
あれから八年
ひたすらに不敵なこころを育て

海よ

あなたのように
あらぬ方を眺めながら……。




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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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