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幕末の志士「梅田雲浜」 -1-

 明治政府は憲法発布(明治22年2月11日)を機に、その汚名を濯ぐため西郷隆盛へ正三位の追贈を行った。追贈とは歿後に位階を贈る制度のことである。
 贈位の基準は南朝から建武の新政まで遡り、天皇への忠誠度で測られていた。楠木正成、新田義貞、北畠親房が対象になったのはもちろんだが、西鄕と同時に藤田東湖、佐久間象山、吉田松陰を加え、それぞれ正四位が追贈されている。この贈位の判断の中心にいたのが長州藩出身の元老山県有朋である。明治維新後の諸制度は戸籍をはじめ、藩政時代の長州藩のものがそのまま持ちこまれた。山県は武士の出であったが、足軽以下の出でありながら、幕末期には騎兵隊士として活動し、明治・大正には政治・軍事の最高指導者となり、海軍大将までのぼりつめ、晩年は「元老」として政界に隠然たる影響力を持った。
 東京都台東区松ガ谷町に「海禅寺」という禅宗の寺がある。この門前に「梅田雲浜」を紹介した教育委員会の立て札が建っている。梅田雲浜は安政の大獄で一番に捕縛され獄死した。この遺骸をこの寺が引き取り、墓石を建立したのである。墓石の裏に西園寺公望と刻まれた名前がある。明治・大正・昭和を生きた元老である。右大臣徳大寺公純の子。京都の生れ。戊辰(ぼしん)戦争では山陰,北陸に転戦し越後府知事となる。フランスに留学しパリ大学を卒業,帰国後、中江兆民らと《東洋自由新聞》を発行し民権論を主張した。1882年伊藤博文の憲法調査に従って外遊し,1903年伊藤が枢密院に入ると政友会総裁に就任,1906年,1911年に組閣したが陸軍と対立して1912年総辞職。以後は元老として首班推薦の任に当たり1918年には原敬を,首班に推すなど立憲政治・政党内閣制を支持した。この間1919年パリ平和会議の首席全権をつとめ、1932年五・一五事件以後,軍部に対しては宥和(ゆうわ)策をとったがその進出を防ぐことができず,1937年第1次近衛文麿内閣を最後に後継首班推薦の任を辞した人物である。まさに、山県有朋とは対照的な人として最後の元老となった。昭和15年11月24日92歳で死去。

 梅田雲浜の履歴は下記のとおりである。
生れは1815年7月13日、没年月日1859年10月9日年齢満44歳、出身小浜藩、通称は源次郎。号は雲浜、湖南と称す。
 小浜藩士時代、藩主・酒井忠義に海防策を建言したところ、藩政批判ととられ藩籍を剥奪される。 その後、浪人として各地を遊説してまわり、尊王攘夷派の思想的指導者となる。当時の江戸の実権を握っていたのは井伊直弼、朝廷を無視して諸外国との外交を進めていた。そのやり方に強い危機感をおぼえた梅田雲浜は井伊政権打倒を画策。 雄藩である水戸藩に幕政改革を求める密勅(戊午の密勅)を降下させることに成功するが、これが結果的に井伊直弼の態度を硬直化させ、 後世に知られる安政の大獄を誘発させることになる。まず一番の筆頭に梅田雲浜が捕らえられたのは、幕府により最も恐れられた人物。いかなる拷問にも口を割ることはないまま、1859年獄死。
 因みに、吉田松陰の兄への手紙にみえる梅田への批評はつぎのようなものだ。
「京師梅田源次郎、事務には甚だ練達、議論又正、森田節斉上京、頻に慷慨仕り候。森田は疎豪にして策なく、梅田は精密にして策あり。但二人共天下の大計には頗る疎なり。」
 吉田松陰は自分の松下村塾という扁額をこの梅田に書いて貰っている。梅田雲浜はこの吉田松陰をどうみていたのであろうか。

 嘉永7年3月3日、江戸向島の桜の下、尊皇の精鋭志士数人が季節に不似合いな顔つきで散策の風情とみえた。江戸幕府とアメリカ合衆国はこの日、別名神奈川条約とも呼ぶ日米和親条約を横浜で締結した。日本側全権は林復斎(大学頭)、アメリカ側全権は東インド艦隊司令長官のマシュー・ペリーである。この条約によって日本は下田と箱館(現在の函館)を開港し、鎖国体制は終焉を迎えたのである。

「やっ。」
 と一人が突拍子のない気合をかけて桜花の沈黙を破った。降りかかる花びらめがけ、抜く手もみせず切りつけたのである。驚いた仲間たちの視線にであい、抜刀した当人はてれかくしに、いかにも酔漢めいた剣舞に移った。どっと笑い声があがった。すかさず詩を吟ずる濁み声の男がいた。つり上がり気味の細い両目にふかく決する瞳が光っていた。雲浜はその翳りをおびた笑顔のなかに、まるで泣いているような吉田松陰の顔を見た。禅学者めが、また思い入れをしているな、と口の中でつぶやきながら、雲浜のなんとも花にとけこめない醒めた目つきは、松陰の夢見がちな憂いを吹っ切る明るさをみせていた。それが小浜藩という小さな藩からも追放され、水戸、長州、京都、十津川と各地を渉り歩き、「尊皇攘夷」という目的のために、現実の政治の表裏に活動の場を求め、年長の自分が身につけた表情であると気づくことはなかった。





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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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