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ボードレール

 目が不自由になってから、ラジオから録音したものを寝ながら耳で聴くようになった。ある会社のラジオ機器は大変に便利にできている。月曜から土曜まで予約を入れておくだけで、いつでも同じ録音を幾度でも聞くことができるからだ。いまでは色々な番組を録音している。英語、フランス語、中国語、英語ニュースまで、日によっては小説の朗読、漢詩、昔のアーカイブス、音楽などである。
 先夜、寝床に入ってから聞いた音楽は良かった。土曜の昼に流れる「音楽スケッチ」は短いものだが、二曲、聞かせてくれる。ガエターノ・ドニゼッティ 《愛の妙薬》 の「人知れぬ涙」は私の心臓を突いた。次ぎのプッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」第二幕、ソプラノ歌手の中丸三千絵さんが歌うアリア「私の、お父さん」は、その切々として張りのある歌声で私の胸の奥にまで響きわたって、うっとりと幸福なこころもちにしてくれたのだ。父が息子を思う心情を歌う椿姫の「プロバンスの海と空」もいいが、やはり娘から「私の、お父さん」こんなふうに呼ばれてみたいではないか。
 二月のある夕べ、娘二人の夫に孫たち3人、それに私の息子を含め、老夫婦二人そろって誕生日祝のご招待をうけた。全員が円卓を囲んでの晩餐であった。わたしたちは同じ二月生まれ。私は魚座、妻は水瓶座で古稀になった。親にとって子供たちからこうして感謝されるほど嬉しいことはない。心から感謝を申上げたい。花束と瀟洒なアルバムをありがとう。
 家での飼い猫はときおり脱走を試みてそのたびに捕まっている。魚座の私も家から旅と称していくども逃走を図ったが、所詮、瓶の中の魚の運命は限られていたようだ。
 私の行き先はいつも海であった。ボードレールで好きな詩に「人間と海」がある。
 ここで、この「悪の華」(堀口大学訳)からの引用をしておきたいと思う。
  
  人間と海

自由な人間よ、常に君は海を愛するはずだよ!
海は君の鏡だもの、逆巻き返す怒濤のうちに
君が眺めるもの、あれは君の魂だもの、
君が心とて、海に劣らず塩辛い淵だもの。

自分自身の絵姿の中へ、君は好んで身をひたす、
眼で、腕で、君はそれを抱き寄せる、
君が思いは時に、自分の乱れ心を
暴れ狂う海の嘆きで紛らせる。

君も海も、同じほどに、陰険で隠しだてする、
人間よ、君の心の深間を究めた者が一人でもあったか?
海よ、誰ひとり君が秘める財宝の限りは知らぬではないか?
それほどに君らには各自(てんで)の秘密が大事なのだ!

そのくせ君らは幾千年、情け容赦も知らぬげに
戦いつづけて来てるのだ、
おお、永遠の闘士たち、おお、和し難い兄弟よ、
血煙あげる殺戮と死がさほどまで気に入るか!

 この原語のレコードの朗読に幾度、耳を傾けたことであったろう。
 訳者の堀口大学は「あとがき」で書いている。
「詩集『悪の華』は、ボードレール(1821年~67)一生の詩集だ。この詩人には、これ以外の詩集はない。・・・本書には、162の詩篇が収録されている。行数(詩句)にして、大凡4200行。これがボードレール一生の詩作の総量、創作期間は詩人の二十歳から四十歳までの二十年間。決して多くはない、否、むしろ人はその少ないのに驚くだろう。詩人としてのボードレールは、決して多作ではなかった、否、むしろ寡作だった。」
  ボードレールはこの詩篇への彫琢の手を休めることはなかった。完璧の作品も“ぎごちなさ、わざとらしさ”を気にかけ彫琢をしつづけた。詩句のなかの・ポアン一つ、 ,ヴィルギエル一つに心を砕いたという。ヴェルレーヌがはっきりと言明した音楽性を、ボードレールほど言語がもつ肉感の相似、比較、直喩において追求したサンボリストはいないだろう。不可知の追求、無窮の探求により、物象の外観はその観念と、抽象は具象と一致する領域へと到達すること、これが彼の芸術の理念であった・・・・。

 ところで、さきのプッチーニの歌劇「ジャンニ・スキッキ」第二幕のアリア「私の、お父さん」は、私の期待とは違い、つぎのような科白が続くのである。

「ねえ 私の大切なお父さま
わたし あの方が好き とてもステキな人なのよ
だからポルタ・ロッサ(フィレンツェの中心街の通りの名)へ
指輪を買いに行きたいの!
ええ そう あそこへ行きたいの
そしてもしもこの愛が儚いものなら
ヴェッキオ橋(フィレンツェの街中を流れるアルノ河にかかる橋で街のもっとも繁華な場所)に行って
代わりにアルノ河へ身を捨てますわ!
わたし 切なくて 苦しくて
ああ 神さま いっそ死にたいくらいです!
お父さま お願いです お願いですから!」

 かくして、私の甘い夢想はとんでもないお門違いであることが判明した!
にもかかわらず、日本人のソプラノ歌手、中丸三千絵さんが歌うアリアは素晴らしいものであった。彼女は「マリア・カラス大賞」の受章者でありました。生前の高円宮 憲仁親王との対談で「ある時、声の大きさや美しさでは外国人と張り合えないと思った。それでどうしたら良いかと考えた結果が、ピアニシモの美しさで勝負するということでした。ピアニシモを美しくだして、それをきれいな発音で客席へ飛ばしていくことの訓練をしたのです」と仰っているのを知り、感得することがでたのです。





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masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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