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1970~1971

 便箋に書かれた字はインクが退色し、捩れ曲がり今では見る影もない。ランボーやゴッホやカミユやチェーホフやドストエフスキーの名前が散らばる。フローベールの「感情教育」が顔をだすかと思いきや、ゲーテのこんな詩が突如現われる。

 感情をもたぬ人間になれ/たやすく動く心は/この揺れやまぬ地上では/一つの不幸な財産にすぎぬ/ベーリッシュよ 春の微笑が決して/きみの額を明るませることなどないように/そうすれば冬の嵐のきびしさが/腹立たしく曇らすこともあるまい//憂いを揺り眠らす少女の胸に/決して きみよ身を凭れさせるな/悩みを担ってくれる友人の腕に/決して支えられてはならぬ/・・・・・
                                      わが友ベーリッシュに贈る頌歌第三より(ゲーテ)

 私はこの書簡箋で、ぎりぎりの自分という「魂の一年」に耐えた。煩悶は私をして精神の限界まで連れていかれたが、私の理性はその暴虐の嵐を堪え忍んだ。私は一人アラン・ポーの呻吟の世界にいた。
「我若年二十三にして、既に老いたり、生を索めるものは生の犠牲となり。それも好し、然れど我茲に極度なる身体の衰耗を覚え、耐えずを悟る、これより後、大宇宙を閲みせんとして、小宇宙に隠棲せんと決す」
「夢は肉体を腐食させこころを溶かし、一滴また一滴と俺を穿って、遂に俺はここにひとつの風景を見た。俺は精神の貞操を尊重し、衰弱した愛と媚態を呈する諸価値の群れを侮蔑する。俺は矜恃を忘れまい。肉体の所有、その頑固な境界を超えるのは、死よ、おまえだけだ。自由と愛は決然たる死の上に花咲く。扨、しっかりと抱え持ったこの自己の爆薬の的ははずしてはならぬ。而して、規律の生活を!一個の精神と一個の肉体、その余は死だ!」

 私の一年はこうして過ぎた。ヴァレリーと森鴎外の二人だけが、壁のごとき世界を前に私の孤独に慰藉を与えてくれた。1971年1月1日辞令。木造校舎の隅に私の机と椅子があった。私は小学校の運動場で走った。幾周しても疲れることがなかった。その春、初めて恋情を知った。

     逝く女

 官能の森のなかで
 囚われの女よ
 悲しい君の自由は
 愛よりも死を願った
 鉱石のような君の胸は
 海を湛え
 野性の自然は
 君の鼻梁を貫いて天に接し
 君の眼の中には
 恒に蒼穹があった
 砂漠から来た
 死の騎士だけが
 君を認めると
 君は歓んで
 その甲冑の胸に身を任し
 夕陽は哭くように森を焦がし
 白鳥は天をついて昇っていった

                  詩集「弧塔」より








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masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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