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言葉の降る日「死に臨んで彼が考えたこと」

 上記タイトルの論考を2016年に書いた加藤典洋は息子を3年前に亡くしていた。副題は「三年後のソクラテス考」とある。彼とは息子ではない、文字通りソクラテスその人のことだ。だがここには、死んだ息子を「彼」の中に含めても差しつかえがないとの含意が、この論考にある影を落としている。

 イエスキリストと同様に、ソクラテスの死は謎につつまれている。弟子のプラトンは「ソクラテスの弁明」等でその謎に迫ろうとしたが、やはり「謎」は謎のままに残された。磔刑で死んだイエスもソクラテスもその死後、多くの人間に多大な影響を与えた。
 批評家はいつかかならず、自分自身の自画像を書き残して旅立つものなのだろうか。「死に臨んで彼が考えたこと」を書いた3年後に彼はこの世を去った。
 ソクラテスは竹馬の友クリトンが牢屋まで忍んできて、脱獄を勧められるがそれを退け、死刑の裁きどおり毒杯を飲んで死んだ。ソクラテスが敢えて死を選んだ理由を考察した加藤典洋の、そのいちいちの論理をたどることは煩瑣となるだろう。だが論理の歯車を入れ替えてのその精妙な模索をすげなく扱うと、こんどはその模索の味わいを損ねかねない。批評家の文章は彼の思考をどこまで一般読者に届けられるか、その一点に賭けられているから厄介である。どちらかといえば、ここではややざっぱくな案内になっていることを承知おきいただきたいと思う。

 ソクラテスの弁明の第一は、真理とはなんだろう、大切なのはただ生きるのではなくよく生きることだとした。第二に、脱獄は正しくはない。たとえ不正の法であっても反論できないからというものであった。
 批評家の加藤の問いは、プラトンがなぜこの非対称である二つの理由をソクラテスに一体のものとして主張させたのかである。ここで加藤は、プラトンがソクラテスに言わせた面白い言い方に注目する。少し長いがそれを引用しておきたい。
「実際、可笑しな言い方かもしれませんが、私は神によってポリスにくっ付けられた存在なのです。大きくて血統はよいが、その大きさの故にちょっとノロマで、アブのような存在に目を覚まさせてもらう必要がある馬、そんなこのポリスに、神は私をくっ付けられたのだと思うのです。その私とは、あなた方一人ひとりを目ざめさせ、説得し、非難しながら、一日中どこでもつきまとうのをやめない存在なのです。ですから、皆さん、こんな者はもうあなた方の前には簡単に現われないことでしょう。むしろ、私の言うことを聞いて、私を取っておくのが得策です。」(納富信留訳「弁明」一八)

 加藤がいうには、ソクラテスは自分の「アブ」としての正しさは単独には存在しえないが故に、「ノロマな馬」の正しさを呼び込まざるえないのだという。
 このあたりから、加藤がこだわる「私のソクラテス」が顔をだす場面へと移っていく。なぜ一つではなく、二つを論拠として提示したのかというソクラテスの弁明の意図を俎上にあげる。序でに、二つを一体として弁明したことに疑問をもたないソクラテス学者への加藤の揶揄が顔をだす。「論理よりもずっと高次の、どのような『複雑で精妙』な論理のあり方かは、彼らの視界の外にある。それが一番、大事だろうに。」こういう文章のあとに披瀝される加藤が辛抱強く深掘りし練り込んでいく『複雑で精妙』な論理の中に、それは展開される。
 だがここではそのアブと馬のほんの一部だけを記するに留めておきたい。それは加藤が「私のソクラテス」の論理を補強するため、作者のプラトン、ひいては加藤の対抗者である柄谷行人をも射程にいれた、実に複雑で精妙な論理の畦道を歩くことを読者に強いることになる。そうした煩に費やす労力に私が堪えないからだ。

 まず加藤は、「クリトン」の作者プラトンに対して、ソクラテスのだんまり、それはプラトンの言い落としへの批判として、おおよそつぎのように述べている。
 ソクラテスが第二に挙げた、国法には反対できないという論拠により展開されているのは、「つねに力ある、先行する、共同的なもの、公共的なものが、それよりも弱く、後から来る、私的で弱い立場の存在(多くの場合は個人)に対して主張する、いわば上から目線の『正しさ』である。
 第一の論拠と第二の論拠を敢えてまとめていえば、つぎのようになるだろう。「第一では、個人として、自分の良心に照らして、脱獄は不正なのでできない、という理由を提示し、第二では、公民として、自分の属する共同的・公共的な精神に立つと、脱獄は不正なので、すべきではない、といわれたら反論できないと提示した」のだと。そのうえで、正しさの基準を「良心」と呼び、国法の正しさを「正論」といまふうに呼ぶなら、その違いは、内からくる正しさと外からくる正しさの違いであると、この二つの「正しさ」を言い換える(アブの「正しさ」とノロマな馬の「正しさ」)。さらにソクラテスがなぜ一対一の対話だけで、公的な場での自分の「正しさ」を追求しなかったのかでは、後者の場では必ずダイモンが出てきて、やめよという声の制止があったからだとつけ加えている。ダイモンの声は、古い世界、神に属している。一方、公的な正しさは、新しい世界、国(アテナイ)に属している。私(ソクラテス)は神託に見られるような、神に属した、ささえない、一対一で手にされる正しさのほうが、国に属した、集団で手にされる正しさよりも、大切だと思うからだと考える。

 以上が、加藤が対話篇「クリトン」から書き手プラトンへの批判と補足を含んだ、大ざっぱな概要である。
そのうえでなお、加藤は執拗に問うのはまだプラトンへの不満があるからだが、加藤の読者ならばここには加藤のこれまでの個人的な背景が影を落としていることが推察されるかも知れない・・・。

「それならなぜ、第一の『正しさ』だけにしなかったのか。・・・なぜわざわざ信じてもいないかもしれない、第二の『正しさ』を、第一の次ぎに呼び出すのか。
 それには二つ、理由がある。第一の私には、君のいう『良心』というものはない。『良心』は『知ること』の先にくる。私のことを『無知の知』なんていう人がいるが、そうじゃないのだ。私はただ単に『無知』なだけなのさ。私は足場をもたないアブなのだ。『知』のまわりを、それは本当の『知』なのかとうるさく嗅ぎまわし、『正しさ』とされるもののまわりを、それは『ほんとうに正しいのか』とぶんぶんと飛び回る。それが私の『正しさ』だ。私の『正しさ』は、アブの『正しさ』だから、それは単独では存在しないのだ。
そして第二に、私には、国法からの呼びかけが耳をついて離れないからだ。『正しさ』はつねに私には外からやってくる。そしてそれを私は拒むことができない。私にできることは、それに揺り動かされること、そしてそれを、疑うことだけなのだ。
だからね、クリトン、私の『よりよく生きたい』真理への道と、私の国法との約束と、この二つは対立していない。二つは、一対の存在なんだ。
 ここにあるのは『良心』と『国法』というよりは、『アブ』と『大きくて血統はよいが、その大きい故にちょっとノロマで、アブのような存在に目を覚まさせてもらう必要がある馬』の関係なのだ。君がいうように、この二つの正しさがぶつかるなら、私は、国法にいわなければならない。『私はあなたに反論はできない。適わない。しかし、あなたには従わない。いままで、そうだったように、この不届き(=不正規)な『正しさ』の行使の仕方を続けるだけなのだ、いま私が法に服するのも、ちっぽけなアブの一刺しとしてなのだ』とね。」
 加藤はこうしたやりとりを書いてもらいたかったと、プラトンへ不満を述べるのである。

 私はこの後に続く、「ソクラテスC―柄谷行人『哲学の起源』」にある見解の相違は二人の初期からあり、加藤がまるで「めくばせ」をするかのように出してきているもので、加藤の「内在論」と柄谷の「外部論」ともいえるものだろう。
 ただ、二人を際立たせる相違がどんな形をとるのかだけを、取りだしておきたい。

「・・・しかし、このソクラテスの第一の理由と第二の理由の関係は、柄谷がいうような私人と公人の逆接・背理の一対性の関係というよりは、『アブ』と『立派な馬』の非対称の一対性の関係なのではないだろうか。察するに、ソクラテスの謎の核心をなすのは、柄谷のいう『私人』と『公人』の背理の関係をもってしてもいいつくせない、その先にある、『アブ』と『立派な馬』という、非対称性の関係のダイナミズムなのではあるまいか。」
 
 この後に、古代ギリシャの時代性をソクラテスの特異性の説明とした部分―激動のなか、アテナイでは古い時代の神と新しい時代の神とのせめぎあいーは、加藤の初期の「新旧論」と「敗戦後論」を通底するテーマといっていいだろう。そして、「8 音と声」にみられる柄谷のいう「私性」の底にあるものこそ、ソクラテスの偉大さであり、同時代にありソクラテスだけに聞こえたダイモンの声は、彼がその子どもの「小ささ」を大人になっても失わなかった、「知」を愛し求める原動力になったことを忘れるべきではないとの加藤の指摘は、また、公的なものへの参加を彼に促したものが、祭式に踊り狂う「笛の音」でもあったとの指摘と同時に、加藤のソクラテスの最後の「謎」を明示して余りあるものと思われる。
 「彼は、最後の最後まで、この『自分は知らない』の低さのうちにとどまった。それで、彼の耳には最後まで、ダイモンの声とアテナイの祭の笛の音が、ささえのないまま、彼にとっての謎のように、聞こえ続けていた。」
 ここで、加藤が東北の山形の出身であったことと、私が数年まえに読んだある小説の終章を思いだし、その偶然に自然に頬笑んでしまったことを、記しておこう。

 毒杯を飲んでから、ソクラテスの竹馬の友クリトンとの会話は、つぎの科白で終わる。
「これが、エケクラテーヌ、僕たちの友、僕たちが知る限りでは、同時代の人々の中で、最もすぐれた、しかも最も賢い、最も正しいというべき人のご最期でした。」

 この論考のお陰でおよそ50年ぶりに、ソクラテスの声を自分の身近に聞いたような、感動を覚えたことを最後に記しておきたい。





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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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