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 ほととぎす 我とはなしに 卯の花の  うき世の中に 鳴きわたるらん

 豆腐のしぼりかすを、別名卯の花というらしい。空木は下町の朝の路地に、ときおり豆腐屋のたてる湯けむりを見るたび、ふと子供の頃を思いだした。母からときどき豆腐屋に使いを頼まれたことがあった。たいした距離ではないのだが、豆腐をいれる器をもって、その中の豆腐を家まで持って帰ることは、子供にはすこしばかり難儀なことであった。壊れないように豆腐と一緒に水を器にいれてくれる。その重たい器を大事に抱えて帰るのに、子供ながらもそうとうな緊張を強いられた。
豆腐屋にはおからという豆腐のかすが、店の隅に捨てられたように置かれて白くもりあがっていた。寒い朝に、ほんわりと湯気をあげている、おからの山をながめる気分はいいものであった。そういう豆腐屋を街角で見ることはもうほとんどない。だから一軒ばかり残っているような店のまえを通りたいばかりに、駅へいくいつもの道を変えることさえあった。つまらない道草である。が、空木にはそうでもしなければ散じられない思いがひとつあったのである。
 卯の花は四弁の白い花である。五月の筑波山の山野に、白く浮き立っている梅に似たその花を指さし、空木に教えてくれた女はもうこの世にいない。そのすみえという女の妹さんから、急の電話で「昨夜姉が亡くなりました」と告げられ、あわてて葬儀に参列したのはもう三年まえのことである。すみえは茨城県の高岡という町に、妹と二人でひっそりと暮らしていた。最後にすみえに逢ってから十年ほどが経ち、どちらともなく音信が絶えたのが七八年も前であった。いつかまた逢えるだろうと勝ってに思いなして、歳月だけが徒に過ぎていった。あえて取り戻そうとしなければ、ひとの縁は陽炎のようにたわいなく消えていくものだと、それが自身の老いのあらわれとも知らずにも、空木はそれでいいと思った。
「電車の吊革にぶらさがって、窓から空を焦がしている夕陽をみるたびに、都会がだんだん厭になっていくのがわかるの」
空木にあるときそうつぶやいてから半年後、虎ノ門の病院へ神経衰弱ですみえが入院した。二度目の見舞いのとき、「ここの食事は案外おいしい」と、薄暗い病室に白くうきだすように、ぼんやりと笑った顔を空木はときおり思いだした。するとこころの隅に冷たい風が流れこんだ。
 すみえは一時顎の具合を悪くし、人と口をきくのも億劫そうであった。空木が耳を寄せ聞きとろうとしなければ、その声は慌ただしい都会の雑踏と騒音にまぎれてしまう。
「あまり耳鳴りが烈しくえ、あたまが真中から張り裂けてしまいそうだわ」と、やっと聞こえるような低い声で空木に語ったときは、卵形の顔のなかの奥二重の目は、人並みの笑みを浮かべようと必死であったにちがいなかった。
「ねえ、三人目をおつくりになったら?」
空木の二人の娘も、この十年の間に成長していたが、そんな棘のある冗談で、小さな諍いを繰り返している頃が、空木とすみえのもっとも華やいでいたときだった。
とつぜんに、すみえが茨城にある筑波の山にふたりで登ろうといったのは、病気がちの母と妹が住んでいる実家が近くにあったこともあろう。その母に空木を引き合わせ、嘘でもいいから安心させてやろうとの、すみえの秘かな計らいがあったのかもしれない。         
 五月の晴れた日に、空木はすみえと上野駅で待ち合わせ、取手から水戸線に乗って土浦まで行った。駅前からバスに乗り、筑波の山裾から霞ヶ浦に流れこむ川を、右に左に見下ろしながら、ふたりは筑波の山へと上がっていった。そのとき、男山と女山が並んで峰をなしているその山が、古代から関東の霊山としたわれ、多くの歌に詠まれていることを空木はすみえに教えられた。急な坂をのぼると古ぼけた社があり、いかにも江戸の庶民が、信仰の山と慕ってこの山に登り、遠く東には太平洋の鹿島灘の海、また眼下にひろがる霞ヶ浦を眺め、さらにはちょうど真西の方角にひときわ高く聳え立つ富士の霊峰を仰いだにちがいないと、空木はいまさらのようにすみえとのその登山が懐かしく思いだされた。
筑波山は万葉のむかしから、「かがい」で知られた遊楽と信仰の山で、「人妻にわれもまじらむ、わが妻に人も言問え」と伝えられた、おとことおんなの特別は集いの霊場であったことなど、もちろん空木は知るよしもなかった。
 それでもすみえがバスの窓から、ほっそりと白い腕をさしのばし、あれが卯の花よと教えてくれた。白く浮き出した野山の、そのぼんやりとした湯けむりのような景色だけは、なぜか忘れたことはなかった。
「ここはむかしの桜の名所。この川の名は櫻川というの」と、すみえがその川の畔を歩き、そう言うのを聞きながらも、空木はそのあたりを見まわして、これという感慨も湧かなかった。                  
 ただ五月の春の若葉が、その櫻川の川面にちらめいて、都会では想像もできない野と山ののんびりとした風景が、あたり一面をつつんでいた。
 その日、すみえはすっかりと元気をとりもどし、水を得た魚のように精気にみちていた。しかし、空木がその地元にいると聞く、すみえの母と妹にとうとう遭うことはなかった。
「あたしはずっとここでひとり暮らしていくつもりよ」と、土浦の駅の喫茶店ですみえが言い、「うん」とはぎれのわるい返事を空木がして、駅前でそのまま別れたのが最後のすみえとの逢瀬となった。
 空木はこの一年のあいだに、度々、めまいを起こして倒れた。その通院の帰途、空木はふと路地にあった豆腐屋の前を歩いてみたが、どこへいったのか豆腐屋はもうそこにはなかった。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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