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女優 高峰秀子

高峰秀子  映画「浮雲」

 去年、高峰秀子が亡くなった。私のこころの隅で、「お母さん」とちいさな声が聞こえたような気がしました。あなたは私のお母さんとはまるで違うけれども、銀幕のうえでの「ゆき子」はそうした存在でした。成瀬巳喜男の映画「浮雲」はあなたのために作られた名作でした。あの戦争時代のあなたの青春、それからあの惨めな敗戦は、あなたの人生をすっかり変えてしまったのでした。森雅之の演ずるあの男に惚れて、あなたはとうとう、一年中雨のそぼ降る屋久島へと男を追いかけて行きましたね。あの富岡という男は、あなたを邪険にしながら、あなたの健気な愛を断ち切ることはできなかった。
「ぼくたちは悪縁なのだから、もうこのへんで別れよう」
 男に突き放されながら、残雪の伊香保温泉で二人は心中しようとして果たせなかった。あの石段を二人で、下駄の音をさせながら湯へ浸かりに行くシーンにはなんとも哀切なものがありました。それをこころの隅にうかべながら、私はいつかあの温泉へ行ったことがありました。伊香保はあの「浮雲」の映画がなければ行くところではありませんでした。夕暮の茶臼山からいまも蝉時雨が耳の奥から聞こえるうようです。
 「お母さん」。あなたはどうして、やさしくなるべきところで、冷たく疵ついた子供を突き放したりなどしたのでしょうか。あなたは子供を褒める愛のことばを飲み込み、沈黙してしまいました。そうして徐々にあなたの子供のこころは屈折していったのです。高峰秀子さん、あなたの「ゆき子」にもそんなところがありました。怜悧で気だけが強いのに、冷たくされる男を思い切れない哀れな女でした。あなたは笑ってもここの温かさを感じることはなかった。とうとう、屋久島の激しい驟雨の中で、あなたは不治の病の床に横たわったのです。あなたの顔は名前のとおり、雪のように白く、愛する一人の男に看取られて死んでいくのでした。鴎外の息子であった男優の森雅之、芯が抜けたようなあの男は、富岡とは名ばかりのいまの日本人のようではありませんか(その富もたいしたことはなくなりましたが)。薄情で空虚で利に聡いだけの男と女たち・・・。アメリカさんに洗脳され、肝心な肝っ玉は握られ、ろくな呼吸もできずに、生きていくことを覚えました。その富岡という男が、どしゃぶりの雨の屋久夕島の貧相な小屋の中で、死んでいく女の枕元に座り、女の顔をみつめはじめてほんとうの涙を流すのである。恋愛は戦争に似ているようですが、あの涙は日本の敗戦の傷跡からも流れだしていたのではないでしょうか。ですから原作は日本の「敗戦小説」の傑作と言われるものなのです。
  湿気のある日本の、雨ばかり降っている屋久島は、いま、縄文杉の大木を見にいく観光客がたくさん訪れるという。原作を書いた林芙美子の「放浪記」は、私の母が愛読した本で、そのせいか姉の名前は「芙美子」というのです。ストイックなロマンチストであった私の母よ。私は老人ホームで車椅子にあなたを乗せて庭を廻りましたが、あなたは何を考えていたのでしょうか。きっとあなたが期待した人生とはおよそ遠い私が歩いてきた道。それがあなたのこころを淋しくしていたに違いありません。その痩せ細った背中は、やはり黙ってそう言っているのを私は聞きました。私はあなたが他の子供と比較することばを聞くのが、とっても厭でなりませんでした。世間なんかどうでもいいではありませんか。あなたの子供である私を見て欲しかったのです。あなたは私が子供の頃、「みにくいアヒルの子」の童話に感動したことを知っていますか。あの白鳥になって、初めて自分の仲間とほんとうの母に出遭った喜びが、どんなにちいさな私のこころを慰めてくれたことかを・・・・。
  私もほんとうの「母」を探して、銀幕の女性たちに恋をしていたのでした。「うたかたの恋」のカトリーヌ・ドヌーブ、「アデルの恋の物語」のイザベル・アジャーニ、日本人では、八千草香、歌手の松尾和子等。数えればキリもないほどです。
「あたしあなたが恐いの。あなたが求めているのあたしじゃないのよ」
  若い私の激しい恋慕に女性はそう言って、怒り、泣き、逃げていきました。あの冬の一夜。私の恋は凍りつきました。小学校の先生を辞め、新宿のバーでアルバイトをしながら、俳優座養成所に通っていたあなたを一度、舞台へ見に行ったことがありました。学校にいた頃、あなたの誕生日(私の誕生日から一週間後があたたの誕生日でした)に、私は朝の教室の生徒たちに混じって椅子に座り、あなたが教壇に立つのを待っていました。花束と一冊の本、ジャン・コクトーの「ポトマック」を贈り、教室の生徒全員に、君の好きな「若者達」を合唱してもらい、ハッピーバースデイを祝ったこともありましたね。隣の教室の男の先生が何事かと驚いて見にきましたっけ。
  いま、あなたはどこにいるのですか。永遠の女優、高峰秀子さん。私にとって、あなたは幾足りかの女性の一人でありましたが、「ゆき子」は永遠の女性でありました。そして、かくいう私も哀れな「浮雲」のあの男の分身の一人にすぎないのかも知れないのです・・・・。
  ぽっかりと浮かんだ雲を、私は朝日を浴びながら、バルコニーの椅子に座って、遠くの空に眺めるのです。眩しいほどの太陽の光線が、私の顔を痛いほど照らしている。雲の白さと太陽の輝きだけは昔と変わらないのに・・・・。


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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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