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ヨーロッパの一詩人

「例へば我々が一枚の絵を見てそれに惹かれるのは先ずそこに人間を感じるからであり、十九世紀のヨオロッパの歴史画、肖像画、風景画などの後でドガ、マネ、或はセザンヌの絵に至って急にそれに親しみを覚えることになるのはそれが当時の生活を扱ってゐるからといふやうなことではなくてそこに人間を認めるからであり、当時の生活を扱ってゐるといふ風な口実が出来るのもこの親しみに即してであって、さうした人間がゐると思ふ時にそこにヨオロッパがある」
 この一文は、1970年の10月に発刊された吉田健一の「ヨオロッパの世紀末」から気儘に引きだしてきたもので、その初版が私の書棚にあるのはたしかにその時に、それを購い読んだことが朧な記憶にあるからであり、その翌月にあの三島の自決に衝撃をうけながら、それを些かでも緩和した領域が私のなかにあったポール・ヴァレリーの知性であり、そしてまた、この吉田健一という稀代な文藝評論家の存在である。フランスに住む娘が旦那とプラハへ旅行した写真いりの葉書を受けとり、その返事をメールで書いているちょうどそのとき、東北関東大地震に襲われたが、それからすぐにフランスの家族から日本からの子供等受けいれの応答を聞いて、私が考えたのはそうした態度がとれるというより、そういう考えに想到することができる、フランスを含むヨーロッパの人々、或は、吉田健一流に言うなら一個の人間ということであった。
 先日、友人二人との茶を喫しての談話中、ランボーなる詩人が片足を切断したのは悪性の肉腫からだという話題がでたのであるが、吉田健一の「ヨオロッパの人間」にもそれに触れて、詩を書くことを19歳で止めてからの生涯の殆どをヨーロッパ中の全域を放浪と労働に費やしたランボーが、二度に亘って訪れた地中海のキプロスを含んだトルコの歴史を読んでいた。微に入り細を穿ち、委曲を尽くしたこの懇篤なる「トルコ 近現代史」(新井政美著)によれば、ランボーがキプロスに仕事を目的に渡った1978年、トルコはロシアとの戦いをサン・ステファノ条約の締結により終結させたが、この結果オスマン帝国に残されたものは苛酷なもので、この条約はロシアのトルコをヨーロッパの「分銅」として利用しようとする南下策の一環でしかなかった。この条約に驚愕したのはヨーロッパの諸国であり、ドイツのビスマルクを議長に、英、仏、露、独、伊、奥にオスマンを含めた会議がベルリンで開催され、サン・ステファノ条約に代え新たにベルリン条約が調印されて、オスマン領の再配分が為され、特にロシアが得た権益の多くが削減され、この会議に尽力した英国はキプロス島を獲得したところであった。この一書によれば、トルコは実に以前の領土の五分の二、人口のおよそ五五0万人を一気に失ったというが、そればかりではなく失った人口の半数がムスリム(イスラム教徒)であり、キリスト教徒による暴行・虐殺からの難民はオスマン領に流れこみ、こうしたことがトルコのイスラム主義政策を支える背景となったが、これは逆からみればトルコの近代化に影を投げかける要因となったとのことである。それはともかく、ランボーは英国が獲得した行政権から、各種工事がこの島にあることを聞き及びキプロスに渡ったようで、一度はチフスに罹って帰国し再び翌年に戻り、総督の夏の別荘建築の職人たちの監督までしているという事実に注意がいくのである。
 吉田健一の一書によれば、ランボーがこうした仕事をした経験はなかったにもかかわらず、それを立派にこなし表彰状さえも受けたことを帰国して友人に語っているらしいが、やはり上司と反りが合わず島を離れた元詩人はぎりぎりに節約して貯めた貯金から母国の母へ仕送りをして、その後アフリカに仕事を見つけて奥地に分け入り、その探検の記録をフランスの地理学会へ提出している。当時、フランスではランボーの詩とその名声は知れ渡っていたが、彼にはなんの関心もなかったのは、「詩を書く能力を完全に所有した」人間がそれを続けることから何も得るものがない場合、未成年であった彼が人並みの人間に戻り独立することを妨げるものはなにもないと吉田健一は言う。その後、アフリカに亘ったランボー青年は手酷い商売上の体験を重ねながらも三万ポンドの金を貯め、当時のアビシニアのハラアルやアデンの苛酷な自然のなかを、一日に四十キロも馬ないし徒歩で行く労働から、一財産を作るのが目的でやがてはその利子で好きな旅行とフランスに戻って家庭を持つのが夢であった。このアフリカでのランボーは現地人の誰彼の差別なく、優しくしたらしいのはランボーの詩にある途方もない辛辣さと隣り合う彼の限りない無垢の深い愛情を知っているものには別段に不思議ではない。彼が放棄した詩集から、その一端を感じとって欲しいのでここにそのほんの一部を引用してみることにする。
 既に物故した作家の辻邦生が、先に述べたように片足を切断されマルセーユに担架で運ばれた病院で妹イザベルから献身的な介護をうけたのであるが、その日々を詩集にある同名のタイトルで短篇小説に書いている。その「LES ILLUMINATIONS」から、やはり「献身」の一楽章を掲載することにしたい。
 仏語の原詩を載せ、その下段に日本語の訳をとりあえず紹介してみよう。中原中也にこの詩の訳を探したがないため、やむなく小林秀雄訳をのせるが、そのまえに、中原中也の「ランボオ詩集」の「後記」から彼の感想もここに載せておきたくなった。
「云換れば、ランボオの洞見したものは、結局「生の原型」といふべきもので、謂わば凡ゆる風俗凡ゆる習慣以前の生の原理であり、それを一度洞見した以上、忘れられもしないが又表現することも出来ない、恰も在るには在るが行き道の分からなくなった宝島の如きものである」(昭和十二年)


DÉVOTION

A ma sœur Louise Vanaen de Vouringhem.
— Sa cornrtte bleue tournée à la mer du Nord.
— Pour les naufragés.
A ma sœur Léonie Aubois d’Ashby. Baou
— l’herbe d’éte bourdonnante et puante.
— Pour la fièvre des mères et des enfants.
A Lulu, — démon — qui a conservé un goÛt pour les oratoires du temps des Amies
et de son éducation incomplète.
Pour les hommes. — A madame***.
A l’adolescent que je fus. A ce saint vieillard, crmitage ou mission.
A l’esprit des pauvres. Et à un très haut clergé.
Aussi bien à tout culte en telle place de culte mémoriale et parmi tels événements
qu’il faille se rendre, suivant les aspirations du moment ou bien notre propre vice sérieu’x.
Ce soir à Circeto des hautes glaces, grasse comme le poisson, et enluminée comme les dix mois de la nuit rouge,
— (son cœur ambre et spunk),
— pour ma seule prière muette comme ces régions de nuit et précédant des
bravoures plus violentes que ce chos polaire.
A tout prix et avec tous les airs, méme dans des voyages métaphysiques.
— Mais plus alors.





      献 身


妹ルイズ・ヴァナン・ド・ヴォランゲムへ、ー「北国」の海に向いた彼女の青い尼僧帽。

ー難破した人々のために。

妹レオニー・オーボア・ダッシュビーへ。やれやれ、ー悪臭を放ち、唸りをあげる夏の草。

ー女親と子供たちとの発熱のために。

ルルへ、ー悪魔、ー覚束ない教育の「仲よし」と呼ばれた年頃の、おしゃべり癖はまだ抜けぬ。

ー世の男たちのために。ー××夫人へ。

かつての俺の青春へ。この年老いた聖者へ、草庵のあるいは布教の。

貧しい人々の心へ。至徳の僧へ。

さてまた、すべての礼拝へ。聖地とされた場所に在るがままの礼拝へ。時々の憧憬あるいは俺たちが

持って生まれた真剣な悪徳に従って、輸ばれねばならなかった有態の事件に絡まれた礼拝へ。

今宵、峻え立つ氷の上に、魚のように脂ぎり、十月の赤夜さながらに赤く染まったシルセートへ

ー(琥珀の色に燃え立つ彼女の心)。ーこの極地の混乱よりもなお荒々しい、様々な武勇を忘れ、

この常闇の国に倣って口を噤んだ、俺のただ一つの祈願のために。

何事を賭しても、どんな姿になろうとも、たとえ形而上学の旅にさまよおうとも。ーいや、

そうなればなおさらの事だ。




  トルコ本縦 <トルコの歴史>

  DSC00763.jpg <詩人:ランボー>  



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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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