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一葉夫婦橋

 バスが揺れると、富美子は思わずつり革から手を離してよろめいた。もう六十を越えた健三は、袖が擦れ合うほど隣にいたが、なにを考えるでもなく、窓外に目をやって、妻の富美子への気遣いを忘れたようである。
「この人なにもしてくれない」
 あたりに聞こえるほど、富美子がつぶやいたその声さえ健三の耳には届いていないようである。それは女房思いの健三にしてはめずらしいことであった。
 バスは南まわりから、北まわりに引き継がれ、そろそろ浅草の国際通りへさしかかる頃である。雲間から正月の陽射しはみえるにはみえたが、晦日から急に冷え込みだした天気のせいで、小さな巡回バスの暖房はさほどの効き目はない。それで人と人との温もりだけがどうやらいちばんの寒さ避けのようである。浅草神社裏から二天門を過ぎ、江戸通りをぬけて今戸神社に向かう辺りから、狭い車内に混み合った乗客の数はぐんと減った。
 健三と富美子は、二人がけの椅子に並んで、車内のさみしいくらいの空きようを、からだの温みでうめようとするかのように、互いに身を寄せ合って座っていたのである。
 今年で二人が一緒になってから、三十余年が過ぎようとしていた。子供は男と女の双子がいたが、女の子のほうが高校へ入っての秋、杳として行方知れずとなった。驚き慌てふためいた二人は、警察へ捜査願い、新聞には人捜しの広告を出して、あらゆる手を尽くしてまわったが、とうとうなんの手がかりもないまま、もう十五年ほどの年月が流れ去った。男の子のほうは、双子の女の兄妹がいなくなってから、まるで性格が変わったようにほとんど家に寄りつくこともなくなった。やがてトラックの運転手になって、北は北海道、南は九州までの全国を回る運送業で働きはじめ、いまでは神奈川に所帯をもって親子四人で暮らしていた。
 秀生は成績もいいほうだったので、いづれは大学へも進み、それ相応の一人前の男になると誰もが予想していた。が突然の秀生の変わりようは、落胆して呆然としていた夫婦にはさらに辛い追い打ちとなった。一人っ子となった秀生が家を去った後の淋しさは、また二人には格別なものであったのだ。
「秀生は美奈を捜しているのとちがうの?」 いつか富美子はそう健三に囁いたことがあったが、そのことばも風のように消えて、健三は黙ったまま、そのまま歳月だけが二人のあいだを通りすぎていったようである。
 健三は仲を割かれた双子が、いつか二人揃って自分のまえに現れる日が、きっと来ると思えてならなかった。しかし、それは奇蹟のように思われなくもなく、乱りに口の端に乗せてはならないと心に誓ったむかしのことが、懐かしいように思われるほど、二人は一緒に歳をとってきてしまったのである。
 区が住民の高齢化と街の活性化の一石二丁の目玉として、最初は区の北側、そしてつぎに南側に小型の区営のバスを走らすようになったのは、健三が玩具会社を定年で辞めるようになる二年まえのことだった。
 北まわりと南まわりは、ちょうど八の字を描いて、廃校になった跡地に建てられた生涯学習センター前でひとつに結ばれるのである。料金は一回百円で、これに乗ってさえいれば、居ながらにして区内の全域を、バスの窓から眺め楽しむことができるようになっていた。北なら浅草の観音様や三ノ輪の浄閑寺、小野照崎神社や畏れ入谷の鬼子母神の近辺。それに吉原大門の見返り柳から竜泉の一葉ゆかりの地をバスは拾うように走っていた。
 また、南なら下谷神社や鳥越神社を廻り行くので、どこで降りてもそのまま気儘な散歩を楽しむことができる案配である。車が小さいので時には妙な路地裏を走るこの緑色のバスを見かけると、健三はいつかのんびりしたら、日和下駄の文人気取りにでもなって、下町散歩を洒落込もうという心算であったのだ。
 その日は正月の二日で晴れてはいたが木枯らしが吹いていた。退職後めっきりと張りをなくし、口数の少なくなった健三を一度この巡回バスに乗せてやろうと思っていた富美子は、早々に家の片づけを済ますと、テレビを見ていた健三の背中に声をかけた。
「お父さん、今日にでもバスに乗って区内見物でもしてきますか」
 健三は富美子のこの誘いを待っていたかのように頷いた。健三はテレビのニュースに近頃頻繁に流れ、外交問題ともなっている拉致被害者の家族が映ると、自然に目がその映像を追いかけていた。富美子もそのニュースが気にならないこともなかったが、それを美奈と結びつけることをなぜか嫌った。もう忘れかけている娘のことを思い出させられるのが厭で、わざとそのニュースから目を背け、耳をふさぐようにしていたのだ。
「お父さん、早く出かける準備でもしてください。明るいうちに帰りたいですからね」
 富美子はそう言って健三を急かせたが、正月になっても電話ひとつ掛けてこない秀生のことが心にかかっていた。だが富美子が秀生のことを口にだすのを、こんどは健三が厭がった。そんな両親のことを察してか、秀生はますます家に寄りつかなくなっていたが、全国を飛び回って仕事先で見かけた珍しい物産を、突然、宅急便で送ってきては二人を驚かせた。ついこの間は、日本海のほうから「松葉ガニ」を一箱送ってきた。健三は蟹は食べるのが面倒だと好まなかったが、富美子が丹念に身を皿いっぱいに取り出して健三に奨めると、それを肴にして酒を飲む健三の顔に、めずらしくまんざらでもないといった笑みがこぼれた。富美子はそうした健三みると、秀生のそれとない心遣いを、身にしみるほどに嬉しく思わずにいられなかった。

 二人を乗せたバスは玉姫稲荷神社の脇を通り、吉野通りから土手通りに入った。たしかこのちかくに、「樋口一葉記念館」があるはずだとバスの経路を地図でたしかめている富美子の耳に、「吉原大門前」のアナウンスの声が流れた。
「ここで降りてすこし歩きましょうか」と言う富美子に促され、車外に出ると殺風景な街路に立った二人の上に木枯らしが舞い、電線がひゅうひゅうと鳴っている。地図に載っている「見返り柳」など、まわりを見回したがどこにも見あたるわけでもない。先に歩きだした富美子の後にいた健三の足は、ぐんぐんと早足で歩く富美子に遅れがちになっている。まだ時刻は正午をすこし回った頃合いなのに、路片に若い男が立ち、近づいて来る者をなにやら物色している風であるが、二人が夫婦であると見ると、店の中にすっと消えていく男たちの様子が、健三にはなんともいえない忍び笑いを催させずにいられなかった。
 景気のいい頃はこの界隈も賑わっただろうが、いまはさびれて正月だというのに冬の木枯らしが鳴いている風情である。
昔、蔵前の一帯は玩具業界が栄え、街の地場産業でさえあったが、アパレルや袋物業界と一緒で、中国の安い労働力には太刀打ちできず、櫛の歯が欠けるように軒づたいに消えていった。
 健三が勤めていた玩具会社も全盛期には、取引先の接待に、この一帯に車を寄せたこともあったむかしを、健三はまるで夢のように思い出していたのだ。あの街と人のにぎわい、あのエネルギーと精力はいったいどこへいってしまったのだろうと、健三の歩く足はとかく懐古の情に絡まれるようであった。
 富美子はときおり後ろを振り返っては健三を急き立て、先をいそぐようで辺りには目もくれず前だけを向いて歩いていく。

 あれはまだ富美子が双子を産んで、その双子が二、三歳の頃であった。夏の暑い陽射しを避けながら、健三は二人の子供を連れて、近所の公園へ遊ばせに行ったことがある。
 その公園の手前の角に布団屋が一軒あった。家は木造の二階屋だったが、その二階の窓まで背を伸ばして猛々しく茂った琵琶の樹に、健三は羨ましいような目を注いだ。
 元来が下町のしもた屋の狭いことは相当なもので、そのような樹をかかえる地面を持った家はめずらしほどだ。嫉ましく思いながら、健三は軒を覆うほどに茂ったその樹が、この家にふさわしくないと、奇妙な気持ちになるのが不思議であった。
 公園のブランコや滑り台や砂場で、二人の子を遊ばせるのが、休みの日の健三の楽しい日課になっていた。二人の子は地面に降りて歩いている鳩を追いかけ、声をだして遊び戯れている。
 当時、健三は三十をすこし越えた頃で、まだ若い壮年期に足をかけたばかりであった。玩具業界は活気を呈し、ヒット商品が飛ぶように売れていた。それで吉原界隈は朝までまぶしいネオンが瞬き、健三もお得意先の接待で、この界隈へ足を運ぶことはあった。が健三はあのようなところへ行くことに興がのる達ではない。だが一人だけあるところで働いていた女に惹かれたことがある。それは接待によく利用したこぎれいな小料理屋にいたまだ若い娘で名をお葉と言った。若いといっても二十七、八の頃合いである。
 丁度その頃の夏の盛りであった。日は中天にギラギラと燃え、帽子を被せた二人の子の汗をときおり拭ってやらなければならないほどの暑さだ。男と女の双子の子は、遊びながらもときおり健三をみてはにっこりと笑う。その二人の同時に笑う顔を見ながら、健三も笑って頷き返してやる。そうしながら、健三は自分がどんなにか幸せ者であるかをこころから感じたが、そのわずかな隙をぬってお葉の顔が浮かんだ。お葉も健三に好感を懐いてくれていることはたしかだ。だがそれいじょうに深い関係になることはなかった。いまのところ、お葉を妻の富美子ほど健三が好いているわけではない。がそれがいつ逆転するかわからぬ不安が、健三のこころに影のように過ぎるのである。ほんの軽い浮気心にすぎないと、健三は自分で自分にそう思いこませようとしていた。
 子供に追いかけられた鳩の群れは、たまりかねたように公園の夏の青い空へと舞い上がった。さあもう帰ろうかと、健三が二人をみると、砂場に小さな尻もちをついて座る二人の子が、顔を砂場にうつむいて蟹のように小さな手を動かし、夢中に砂に穴を掘っている。そのとき、妙な考えが浮かんだ。健三は砂場からそっと、二人に気づかれないように離れると太い欅の樹の蔭に身を隠した。そうしてその蔭から二人の子供の様子をじっと窺ったのである。
 一番に気がついたのは美奈であった。ふと頸をもたげ、美奈の両目は健三を探してきょろきょろと動いた。いない、いない。お父さんがいない。美奈はあわてて四つんばいになって立ち上がると、いまにも泣きだしそう顔をして二、三歩、右に左に小走りに動いた。その美奈の急な動作になにかを感じたように秀生が立ち上がった。もう美奈の口から、「お父さん!」という小さな声が、そして二度目はさらに大きな声になってほとばしった。秀生もそれにつられるように、声をだそうとしながら、あたりへしきりに目をやった。
 それをみて、健三は慌てて二人の側に駆け寄った。双子の子は健三の姿を見ると、今度は安心のあまりか、一段と大きな声で同時に泣きだした。健三は悪い、悪いと言いながら、男の子と女の子を両手に抱き上げて、二人に代わり番こに頬ずりをした。自分をこれほどまで必要としてくれる双子が愛しくてならなかったのだ。そして、なんと自分は罪なことをしたのかと、健三は二人を抱いて帰りながら、しきりに後悔をした。
 それから一週間後のある朝、新聞に親子心中の記事が載った。その現場があの公園へ行く途中にある布団屋であることを知った健三の驚きは尋常ではなかった。新聞の記事と富美子の聞いてきた噂話によると、夫の不貞を忍んできた妻が、深夜、寝ている夫の頸を締め、二歳と四歳の二人の子供を巻き添えに、自分も自害したらしかった。階下で寝ていた両親は、この深夜に起こった二階での出来事に気づくことはなかったらしい。
 健三はやけにひっそりとしたあの布団屋の木造の家を思い出した。そのたびに二階の窓にまで猛々しく生い茂った樹のすがたが頭に浮かぶのだった。その樹は一階の庇を抜けて二階の窓にまで背を伸ばし厚い葉を茂らせていた。それが健三に奇妙な印象を与えていたことを、健三ははっきりと思い出した。いまでは不吉な印象でしか思い出せない太い琵琶の樹は、深夜に起こった事件のすべてを見ていたように健三には思えてならなかった。あんな小さな木造の家に、あの樹が奇妙なほどに不釣り合いな気がしていたことを、健三は厭な思いで振り返った。子供はしきりと公園へ行きたがったが、それ以後、公園へ子供を遊びにつれていくことを健三はやめた。それからの健三は近所の者が笑うほど、暇さえあれば子供の面倒をよくみる子煩悩になった。そして、健三のお葉への思いは、一時の浮気心として消え去ったのである。

 もう冬の陽射しは薄れて、どこの店もが閉まっている正月二日の街は殺風景このうえない。道行く人もまばらであった。
「この辺にあるはずなんだけれど」と富美子は手にひろげた地図を眺めている。
 健三はむかしお葉に連れられて一度、この場所へ来たことがあったのだ。それをふと思い出した。角に小さな公園があったような気がした。
「あの公園の近辺じゃないかな」と健三は、富美子の後ろから声を出した。
「あなたまるで以前から知っているようなことを言うようね」と富美子は、怪訝な顔をして健三へ振り返った。
 その顔に健三はお葉をみたように思って、ぎくりとした。もう何十年も逢うこともない女の顔を思い出すなんてそうあるものじゃない。健三は変な気がした。
「あら、ここよ。樋口一葉記念館という看板がちゃんとあるわよ」と、富美子ははまるで正月に五千円札でも拾ったような喜びようである。その富美子の嬉しそうな顔が、またお葉の顔に重なった。よくよくみれば、お葉は富美子の若い頃の顔に似ていることに、健三ははっというおもいで気がついた。それからお葉と若い頃の富美子の顔のあいだから、どこかへいってしまった美奈の顔が、突然、はっきりとうかんだ。
「お父さん!」
 あの公園の砂場で遊んでいた幼い美奈が、そう叫ぶように健三を呼んだ声が耳の奥によみがえった。
「美奈・・・」
 そのとき健三は美奈がどこかで生きているような気がした。前よりもずっと大人びてきたあの美奈の顔と胸のかすかなふくらみがすぐ側に見えたようなそんな気がした。
「あら、一葉煎餅だって」
 富美子は近くにそんな幟を立てた店をみつけたらしい。その富美子が口にする一葉が、健三にお葉を思い出させ、それと一緒にいなくなった美奈を切なく思い出させるではないか。おまけにこの正月では、富美子がわざわざ訪れた「一葉記念館」は、「本日閉館」の札を掲げていた。
「おい、帰ろう、帰ろう。本日閉館ならなんにもなりゃしない」
 健三は一刻も早くその場を去りたくて仕方がない。それで早めに富美子に煎餅を買うように奨めると、その煎餅袋を自分の小脇に抱えて、健三は忘れたい過去の霊に追い立てられるように歩きだした。
 その一、二歩後ろを富美子がついてきた。その富美子の後ろに見え隠れするようにお葉が、そして可愛らしい美奈の姿さえみえるように思われた。
 健三はもときた道を戻っているつもりが、どうしたわけか迷ってしまったらしい。下町の路地は、同じような家が軒を並べているせいでよく道に迷うのだ。富美子が通行人に道を尋ねると、やはり吉原大門の停留所までいくしかないらしかった。人通りの少ない教えられた裏道を歩いていくと、大きな道に出た。そこから停留所の向こうを走ってくるバスの姿がみえた。
 がらんとしたバスには、健三と富美子の他には、数人の乗客がいるだけだった。一葉煎餅はいつの間にか富美子の膝のうえにある。しばらくすると二人のお尻の下がやけに熱くなった。暖房がそこだけ効きすぎているせいだ。二人はどちらともなく、一段下の席に移動した。
 バスは三ノ輪駅の脇を抜け、昭和通り沿いからひょいと根岸の方角へ曲がった。その道を行けば近くに富美子の菩提寺がある。富美子の母が亡くなり、その十三回忌をしたのはあれはいつのことだったろうと、健三はぼんやりと考えた。あの悲しい事件の前だったか、後だったかの記憶もおぼろである。
 鶯谷へ一旦でたバスはぐるりと方向を転回して小野照崎神社を左にして進んだ。以前この辺りにあった旧い民家はおおかたなくなり、いまではマンションが建ちならんでいた。健三が富美子の菩提寺の帰りに土産に持ち帰った、饅頭を売っていた小さな店はもう影も形もない。作りたてのほっかりと暖かいあの饅頭は二人の子供の好物だったことを、健三も富美子も思い出したが黙っていた。それは口に出さずとも、同じように二人の胸を去来する悲しい過去を引きずっていたからだ。
 やがてバスは北廻りを終え、南廻りへと乗り換えの停留所に着いた。暖かいバスから降りると冷たい風を避けるように、健三と富美子は互いにからだをくっつけるように並んだ。すでに暮れかかった冬の空を二人は黙って眺めていた。
「明日あたり来るのかな」
「仕事で正月もないかも知れないわね」
「奥さんと子供が家で待っているだろうよ」
「そうね今頃、暖かい炬燵の中にいるんだわ」
「それが家族というもんだろう」
「子供だってまだ小さい頃だし・・・」
 富美子はそういうとぷつりとことばをきってしまった。
 しばらくすると、南廻りのバスがやってきた。二人は手をつなぐようにして階段を上がった。子供をつれた若い夫婦が二組ほどいた。
盛んにはしゃぐ子供がすこしうるさい気がしたが、親は叱りもしない。なんにしろ、お屠蘇気分の正月である。今年は去年よりいい年になるだろと、どこかにお参りに行った帰りかも知れない。母親同士が親しいらしく、子供のことも忘れたようにおしゃべりに余念がない。一方が話し終えるのを待ちかねたようにまたもう一方が話すが、口だけがぱくぱくと動くだけで、なにを話しているのだかわからない。お互いにただなにか腹にたまっているものを、勢いよく吐き出しているだけで満足しているようである。
 かっぱ橋通りを横目に区役所の裏通りを通ってやがてバスは、最近建て替えられた大きな病院の前を走った。その病院で双子が生まれたことは、富美子と健三には遙か遠い昔のことだ。病院の廊下にいた健三は、二人の赤ん坊の産声を聞いた。その産声は双子の赤子が全身を振り絞って発する、まるで二重合唱のようなにぎやかさであった。看護婦が二人廊下に出てきて、生まれたての赤子を替わり代わりにみせてくれたのを、健三はおぼろに覚えている。それから会社に出たが、仕事が手につかずに早々に退社すると、その足で一人、駒形のどじょう屋で飲んだ酒の旨さだけは、なんだかはっきりと思い出すことができた。健三にはそれほど双子の誕生が嬉しかったのだ。季節は三月で、どこからか沈丁花の香りがしたことも、はっきりと覚えている。だがいまはそのことが、哀しい思い出とつながっている。健三はいっとき新興宗教にはまっていた。それはほんの一時のことだったが、いなくなった美奈のことを考えると、いまでもふと魂がぬけたようになることがある。富美子はそんな健三を知っているので、ああまた始まったと思うぐらいだ。
「お父さん、またかいな」
 関西育ちの富美子は思わずそう言って、健三を現実にもどらせるより仕方がない。自分が腹を痛めて産み育てた娘だから、富美子の哀しみは健三よりも大きかったが、むしろそれ以上に息子の秀生の変わりようのほうが富美子を苦しめた。富美子は二人の子供を同時に失ったような思いで暮らしていたのだ。だから正月ぐらいと健三を誘って区内巡回のバスに連れ出し、健三と一緒に自分も新しい正月気分になろうとしたのである。
 冬の日は短い。陽が落ちると辺りは昏らくなった。バスは春日通りから佐竹商店街の手前を右折すると、西の方角に三井の記念病院の白いビルが迫ってきていた。病院の裏にお稲荷様がある公園があって、春になると桜の樹が満開となる。その樹の下で親子四人でピクニック用の花柄のビニールシートを広げて、家族で楽しんだこともあった。近くの小学校の地下にあるプールに行き、健三は小学生の秀生と美奈を代わり番こに背中に乗せて泳いだ夏が、まるで昨日のようである。
 清洲橋通りを出たバスはすぐにまた蔵前橋通りに入った。
 隅田川にちかいこの街を走る道は、どれも橋がその名前についている。橋が実際になくても、そのむかしその道は道ではなくて川であり、いまは埋まってしまった水路があった。そして、いま都営住宅となった建物がそそり立つ場所には、その昔は三味線の形をした大きな堀があり、荷を乗せた舟が幾艘も舫っていたのである。
 川と荷を運ぶ無数の水路に、ついむかしまで囲まれいた街が、いま暮らしているこの下町であることを、もうあまり想像してみるものはいない。
「リン、リン」と富美子が持つ携帯電話に、耳馴れない音がした。いつか秀生が富美子に渡していった携帯が使われたことはあまりない。それで富美子はその音にすぐに反応できないで、外の暮れていく街角を眺めている。
「おい、なにか音がしたようだよ」
 健三は富美子にこの頃ときおり要領のえないことをぶつぶつとしゃべることがあった。またそれかと富美子はあまり気にしない。またしばらくして、
「リン」と音がしたのを、富美子は今度は気づいたようだ。携帯を取り出した富美子は、秀生からのメールが入ったようだとしか言わないで、ひとり嬉しそうな顔をしている。
 健三は携帯電話がどんなものかほどんど知らない。が富美子がなんだか喜んでいる様子はやはり気にならずにはいない。
「おまえ、どうしたんだい」
 健三は富美子のほうへ首を傾げて訊いた。
「秀生からのメールが来たんですよ」
「だからなんだっていうんだ」
 富美子はその野暮な返事が気に入らない。それで健三をじらすように、黙ってそっぽをむくようにした。
「どうしたっていうんだ」
 またおなじような返答だと、富美子は思いながらも、やはり嬉しさは隠しきれない。
「明日、秀生が家族四人で家に来たいと言ってきたんです」と富美子はわざと切り口上に応じたが、その声は明るかった。
「ふーん」
 健三もまんざらでもないが、富美子にそのよろこびを独り占めにされて、まるでその嬉しい知らせが半分にでもなってしまったようで、すこしばかり面白くなかった。だが孫も一緒に来れば、いつもひっそりとばかりしている家もにぎやかになると想っただけで、健三はうれしかった。
「お年玉でもうんとはずんでやるかな」
「そうね」と応じた富美子の声が、そのとき急に沈みこんだ。
 バスは浅草橋駅の前から迂回して、もうすぐ降りる鳥越神社前の停留所に近づき、蔵前橋通りへ入る直前であった。
 富美子にとって双子は二人いても一人とおなじである。秀生を思えば、美奈が思われても不思議はない。いや美奈を思うというよりは、そのとき、どこからか富美子へむかって美奈がやってきたようなそんな気がした。突然よみがえった遠い記憶ではあるにもかかわらず、その生々しい美奈の姿は、富美子を大層驚かせた。
 高校生になったばかりの美奈が、ある日町の夜祭りを飾る手古舞を是非やりたいと言いだした。ふだんはおとなしく遠慮がちな美奈が、つよい口調でそういう希望をいうのがめずらしかった。それを聞いた健三は、富美子にその願いを叶えてやるように美奈に加勢した。手古舞をやるには、近所に配る手ぬぐいの選定から、いろいろとした事前の準備と、それ相応の費用を見ておかなければならない。富美子が考えたのはまずそうしたことだった。
 五月から六月にかけて、一年に一回の祭りへむかって町中が活気づいていくのである。
 毎年六月初旬に執り行われる鳥越神社のお祭りは、神田や浅草といった観光用の派手さはないが、小さな町に暮らす職人肌の人々にとって、一年で一番の晴れの舞台なのである。
 狭い木造が軒をならべ、細い路地が走る町が、そのときばかりは祭り好きの下町っ子であふれかえる時はない。その細い路地を町内の神輿が来ると、それを一目見ようと、家から飛び出してくる者で路地は埋めつくされ、周りの家の二階、三階の見物人は窓を開け放ち、花が一時に咲いたような活況をみせるのだ。日曜の夜祭りはその祭りのハイライトであった。
 山車や神輿の前に、むかしは浅草の芸者衆が男髷に右肌をぬぎ、伊勢袴に手甲、脚絆、足袋、わらじのいでたちで、背に花笠を左手に鉄棒を突きながら、牡丹の花柄、黒骨の扇をあおぎ、木遣を歌って神輿の先頭を歩くのが手古舞である。
 いまバスが走るこの道を、鉄棒を手に持ち、花笠を背に赤い装いに足袋、わらじを穿いた手古舞姿で、神輿の前を歩く美奈のそのときの姿が富美子の眼前にまざまざとみえた。
 夜祭りの神輿を担ぐいなせな男や女たちの「せいや、せいや」の掛け声、一団の汗混じりの行列がむんむんとした熱気をおびる。この夜祭りを見ようと詰めかけた大勢の群衆。それを警護する警察の物々しくもあるスピーカーの声。あふれる町内の名を入れた提灯の灯りと夜の空の闇。群衆の歓呼につれて、右に左にと揺れる神輿のてっぺんで、これらを見下ろし、いまにも飛び立つように金色に輝く鳳凰の尾羽根が奏でる微かな音色。
 こうして祭りが終わり、その年の夏が去り秋の風が吹き始めた頃、美奈はまるで神隠しにあったように突然にいなくなってしまったのだ。あのとき、不意に脳天を叩かれたように驚き、狂ったように泣き喚いた富美子が、いまの自分であることが、富美子には信じられぬ思いである。
「おい、どうしたんだ。急にしんとしちゃって、どこか気持ちでもわるくなったのか」と健三は富美子の顔をのぞき込んだ。
「いやなにも」
 思わず顔を反らせた富美子は、いまたしかに自分の目交に髣髴とよみがえってきた美奈が、どこかで自分を呼んでいるような気がしてならなかった。がそれを健三に話すことができない。
「節分が過ぎれば、また暖かい春が来るのね」
「そうだよ。そうして町の祭りの季節になる」
 そう言ってしまったそのとき、健三の目のまえを、富美子がみた美奈の手古舞すがたが、おなじようにうかんだのである。
「あっ」と健三は小さく叫んだ。
「あなた、どうしたのよ」
「美奈!」
 思わず健三は声にだした。
「美奈がどうしたって?」
 富美子は健三が口にしたその名前をまた繰り返した。
「ほら、いま、そこを美奈が歩いていく姿がみえたんだよ」
「お父さん、まさか手古舞すがたじゃないだろうね」
「いや、それがそうなんだ」
 二人は同時に顔を見合わせた。
「あの子、可愛らしかったかい」
「ああ。可愛らしいなんてもんじゃないよ」
「じゃなんだっていうの」
「ばかに美しかったよ・・・」
 そういって健三は、一種晴れ晴れとした顔を開いてみせた。
 健三は健三でそのときまで、十数年まえの公園での「かくれんぼ」を幾度苦々しく思い返したかしれない。幼い美奈の小さな心臓が、突然姿を隠してしまった父を捜して、一瞬、凍りついたようなあの一刻を、自分はこれほど永い年月にわたって味わうことになろうとは思いもしなかったのである。だがいま先刻に健三の目に映じた美奈は、冬の空に瞬く星のように、まるで宝石のように美しかった。
 それを聞いて富美子は泣きたかった。だが泣かなかった。
「もう美奈はこの世にいないのかしら」
 富美子は健三の目の奥をみつめていった。
「いない。星になったんだからな」
健三は富美子の目をみつめ返し、背中の重荷を下ろすように、すっぱりとそう答えた。
 鳥越神社の鳥居をくぐり、互いに手を洗い、賽銭箱に幾らかのものを投げ込むと、二人はいつもの新年の初詣と変わらない参詣を終えた。
 それから神社の屋根の上に皎々と光る冬の月とつよく瞬く一個の星を、からだをくっつけて一緒に仰ぎみた。
「明日、秀生が来るのはひさしぶりだな」
「そう。きっとにぎやかになるわよ」
 二人はふっきれたような足取りで、神社を背に木枯らしの夕べの道を歩きだした。

                                                
                                  
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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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