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"悪”の祭典

   悪の祭典

読者1)上下巻でおよそ900頁の本を、図書館に申し込んで半年ほど待って、今度、ようやく読んだところだ。前提として、主人公はサイコパス(反社会的人格障害)だが、非常にIQが高い高校の英語教師
なんだ。この本の面白さとその限界はこの前提にすべてある。
風評家)エンタメなんだから、感想を聞くのも野暮だね。面白いにきまっている。ただその中身ということになるね。山田風太郎賞の受賞作だけど、知能犯なんてノーベル賞級の人が市場経済世界にはわんさといるよね。
読者1)携帯で試験の答案を集団カンニングの事件があったが、この本を模倣したようだが拙劣だったね。文章はマニュアル文のようにムダがないが、前提から責任能力がない犯人の”悪事”にどれだ「悪」が描けているのかという一点に尽きる。無責任なモノカキがわんさと出てきている。
風評家)高校の教頭以下の教師達と一クラス全員の殺害が遂行されるまでの経過が書かれているにしても、あまりに長すぎはしないだろうか?小説だからそれぞれの人間関係とか特徴もできる限り描かれているわけですが。全員殺害の動機は、二人を殺し、その死体をどうするかで、「葉は森に隠せ」という推理小説の常道によっているらしいけど、それはないと言いたいね。これだけ”悪事”に頭が働く男が、二人に逃走され、利用したAEDに録音機能があることを知らないことで、足を掴まれてしまうのが、お話しにならない。
読者2)それに肝心の「人間」が描かれていない。教育現場の荒廃を背景に、モンスターペアレント、集団カンニング、淫行教師などの問題もでてくるけれど、最初から最後まで悪事のオンパレードで、それも表層でしかないのだよ。
読者1)エンタメなんだから、それでいいじゃないか。ピカレスク・ロマンなんだ。ただ、この蓮見という主人公
には”悪”の花がないのが難点だと思うけどね。あの有名な「三文オペラ」の「モリタート」を口笛で吹く癖で、快楽殺人者を匂わしてはいるが、あの曲を知らない人には届かない。
風評家)このハスミンと呼ばれている”悪人”は、花なんか探してもムリなんじゃないのかね。だからこの”悪人”の後ろ側にはなにもない。先の大戦の最高指導者の東条英機もなにもなかった。「なんだ。お化けじゃないか」と太宰は失笑している。レーガン=アメリカに追随して、前川リポートで規制緩和に励み、その後、また猿真似で日本を金融立国にしようとした小泉ー竹中は、日本の経済と倫理を溶解させてしまった。某知事がこうした指導者を持った日本へ「天罰」と放言したのなら、それは至言というべきだろうが、あの被災者には暴言どころではない。友人が「天誅にすべき」と憤ったのは理解できる。
読者1)「悪の教典」という長編が、多くの読者を待たせるほどの社会状況は、なんだか薄気味が悪いけど、こうした背景のほうに興味が惹かれたね。ただ、この小説よりも凄い大惨事が起こって、たちまち世界の耳目を集めてしまった。地震と津波の天災とそれによる原発の崩落は、この空疎な悪事のオンパレードなどを吹き飛ばし、もっと根源的に深い問題で、日本人のこころを剔ってしまった。この天災と人災の大惨事で、これから日本はどうなるか分からない。いやな予感が拭いきれない。それはこの国の経済と倫理感の根底を浦安のようにズブズブにするかも知れない兆候が出ているからだ。政治の大空白はもう十数年まえから言われていたことだが。
読者2)見つからない遺体の山に、殺害の死体を紛れ込ませる手法を、思いつく凶悪殺人者はいないだろね?葉は森に隠せっていう推理小説に習ってね。
読者1)そういうことは警察も承知しているから、遺体探しに慎重になり時間がかかっているのかも知れない、というのは読み過ぎだな。現実の世界は小説ほど甘くはないのさ。
風評家)それに風評被害だ。風評というのは、実態の曖昧さに妙味があるものでね。悪い”噂”の捏造から、人を自殺にまで至らしめる、実に陰湿の極みだ。「いじめ」さ。これもいつも主語不明で、無責任で正体がないのだからね。たんなる「お話し」がとんでもない、悪事に悪事を誘発する。小説の誕生はセルバンテスの「ドン・キ・ホーテ」からという衆目の意見には、本質的なものがある。あれはそれまでの型にはまった騎士道物語への批判がこめられている。”風評”に馬に跨った騎士は鑓をもって戦いを挑むのだ。自然エネルギー風力発電に向かってだね。ドン・キホーテは、サン・チョパンサと共に実に両義的な登場人物だよ。
読者2)それよりあの分厚い本に、「悪」の根本は描かれていない。アメリカは「原発」を「REACTER」と報じている。日本にあの惨憺たる原爆を投下した張本人だから、核分裂による甚大な影響という本質は実に精確に捉えている。「核」の核心は、基軸通貨よろしく掌握しているのだ。核兵器はいまも原爆の比ではないほど開発が進んでいる。良くも悪しくも、戦争は発明の母だよね。IT革命もそうだけど。本質的なものは、すべてアンビバレントだ。
風評家)そう諸刃の剣だ。それにしても、この本の著者は悪事の舞台をどうして高校にしたのだろう。どこかのサイトで風評の良くないあの最高権力者が、サイコパスではないかとい記事をみたけれど、悪質な冗談だ。それならそれで、政局で追いつめられた最高権力者が切れ、自棄のやんぱちから、国会を舞台にしてあそこを血の海にするような”ピカレスク・ロマン”を書く人はいないのかな。もっとも地下出版(電子版)になるだろうけれど・・・。赤絨毯をまた赤く染めてもオモシロミがないけどね。
読者2)一応、電波も法律で管理下にある。失礼だけど、あなたはもう黙っていたほうがいい!。いま、ぼくはジョルジュ・バタイユの「文学と悪」という本を思いだした。彼は、悪の文学を書くには、その作家は最高の倫理を求められると、鋭い釘を打っている(「エミリー・ブロンテ論」)。だから、バタイユの最期は見るも無惨じゃなかったろうか。この本にはそうした宗教的な片鱗は微塵もないけれどね。これがどうして”教典”なのか分からない。
風評家)いや、どんな悪事にも、詩人の想像力をもってすれば、宗教的なものは顕現するものじゃないかな。「殺人百科」を書いたC.ウィルソンは、「宗教と反抗人」をも同時に書いている。フロイトは一神経症患者から、彼の「精神分析」を説き起こした。彼の書いた「モーゼと一神教」という論文には、ドストエフスキーに劣らない小説家の想像力と、鋭くて深い洞察力が充ち満ちているよ。フロイトはモーゼ殺害からユダヤ人に肉薄していく。今年の中原中也賞になった辺見庸の詩集「生首」は、どこかで聖書のヨハネの黙示録に通じる、詩的な宇宙を垣間見させるものがあるのではないだろうか・・・・。
読者1)一冊の長編から、話しがばかに広がってしまった。この座談会じたいが、空疎な”悪の祭典”じゃないかね。「沈む日本を愛せますか」という対話本の二人のインテリは、いま、どんな顔をしているんだろう。二人とも文学の知能犯だから、これをネタに面白いお話しを書くだろけどな。ところで自殺者があれ以来、またぞろ増加した。現在も黙々と東北の現場でボランティアをしている人を、正直、ぼくは尊敬してしまう。年をとった老人は、自分のできる身の丈に合ったことをやっていればいい、それがベストセラーになった「老人の才覚」というものだろうね。




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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