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団塊の世代の”憂鬱”

   世界史の構造 世界史の構造   toranns kritiku トランスクリティーク 

 1910年に出版された「世界史の構造」(柄谷行人著)を図書館から借りて読んだ。序文で著者はこう述べている。
 「社会主義革命は世界同時革命としてのみ可能だという、マルクスの考えを、誰もまともに考えたことがない。世界同時革命という神話的ヴィジョンは今も残っている」
 哲学的とも経済学的とも表現しようのないこの浩瀚な本は、この種類の本としては、めずらしいぐらいに売れたらしい。柄谷の著作をその初期から、私は求めて読んできた。それはある時期まで、中上健次の文学と柄谷行人の評論活動は一対として、1960年代後半を学生として過ごし、こうした事柄に関心を持続してきた者には、見逃すことができない刺激と挑発を含んでいたからである。だがこの本のなかで著者が1968年を特別な印象で語る一文に、ふと私は立ち止まった。そこに著者はある夢を添えていた。「世界同時革命」という夢の可能性である。あの年は世界中の先進国の学生が、反政府的な政治活動で耳目を騒がせた時節として、私の記憶にも残っているのだが、現時点では柄谷氏の「夢」はあまりに回顧的で感傷的すぎるように思われるのだ・・・・。
 その当時の私は、パスカルやニーチェ、サルトルやカミユ、ハイデッガーやキルケゴール等の、いわゆる実存的な文学思想に傾斜し、そこから日本と世界の詩と小説の世界へ関心を広げだしていた。私はいわゆる「思想」なるものにアンビバレントな「感情」を懐いて、その間隙で呻吟していたのだ。すなわち、「関心」と「疎隔」である。左翼でもなければ右翼でもなく、心情的にはその両極からこれらの動向に引き裂かれ、かつまた引き寄せられていたのである。左翼では吉本隆明を、また右翼と呼ぶには相応しくはないが、三島由紀夫の二人を両睨みてしていた。だが1970年に社会から隠遁しての、1年間の決定的に内的な経験を通して、私の視野は変貌したのだ。こうした私的な文脈からしか、私には「思想」を語る資格はないと思われる。
 今、60歳代後半を生きた当時の人間達(と言っても、この当時の1年のちがいは多分な色合いろ異にする)にとって、柄谷のこの書物はどのような意味をもっているのか。現代から世界史を俯瞰してみたいという期待は、この書物とは相容れないことは明らかだ。
「私がここで書こうとするのは、歴史学者が扱うような世界史ではない。私が目指すのは、複数の基礎的な交換様式の連関を超越論的に解明することである。さらに、そのことによって、四つ目の移行、すなわち世界共和国への移行に関する手がかりを見出すことである」と著者は序説の「交換様式論」で述べている。
 ではふたたび「序文」に戻り、作者の意図をもう一度確認しておくことにしよう。
「2001年以後の事態において、私はグローバルな資本と国家への対抗運動がはらむ問題について再考することを迫られた。・・・・イラク戦争が、通常専門の哲学以外は関知しない、カントやヘーゲルといった古典哲学の問題を、突然、現代の政治的文脈において蘇生させたからだ。・・・この過程で、私はあらためてカントについて、特に「永遠平和」の問題について考えるようになった。一つには、日本国家が戦後憲法で戦争の放棄を宣言しているにもかかわらず、イラクに派兵するという画期的事態があったからである。・・・・カントとマルクスが思いもよらぬかたちで際会することになった。重要なのは、国家の権力は、一種の交換様式に根ざしているということである。・・・・私がここで試みたいのは、異なる交換様式がそれぞれ形成する世界を考察するとともに、それらの複雑な結合としてある社会構成体の歴史的変遷を見ること、さらに、いかにしてそれらを暢棄することが可能かを見届けることである」
 引用が長くなったが、ここにこの書物の要諦を一瞥し嚥下しておかなければ、いかにも木で鼻を括ったように整序され、原理論的に体系化されたこの本の妙味を味わい損ねることを危惧するからである。
 まず、本書の目次を概観しておきたい。

第一部  ミニ世界システム
      序論 氏族社会への移行 第一章 定住革命 第二章 贈与と呪術
第二部  世界=帝国
      序論 国家の起源 第一章 国家 第二章 世界貨幣 第三章 世界帝国 第四章 普遍宗教
第三部  近代世界システム
      序論 世界=帝国と世界=経済
             第一章 近代国家 第二章 産業資本 第三章 ネーション  第四章 アソシエーショニズム
第四部  現在と未来 第一章 世界資本主義の段階と反復 第二章 世界共和国へ


 本書の基底にある理論は、世界史を「生産」ではなく「交換」という構造を中心に捉えるものであることは、先に引用した本文にある。それにより国家やネーションは、資本主義経済(資本の蓄積過程)とは独立した「上部構造」としてではなく、資本=ネーション=国家という系に結びついたもの(ボロメオの環)との想像的認識により、整然として体系化されてくるのである。
 70年代の後半に書かれた「マルクス、可能性の中心」において、「資本論」の価値形態論が人類史においてはじめての試みだというマルクスが自負した所以を、柄谷はつぎのように述べることによって浮かびあがらせていた。
 「単純な価値形態は、しばしば物々交換と同一視され、物々交換の拡大が一般的価値形態論あるいは貨幣形態を生みだすのだと考えられている。事実、第二章『交換過程』で、マルクスはそのように書いている。いうまでもないが、そのような見方をすれば、価値形態論の意義はまったく消えてしまう。単純な価値形態は、価値形態そのものを隠蔽する貨幣(一般的等価物)を非中心化するかぎりで、見出されるのである」
 そして、柄谷は「構造主義者」に誤解されることを恐れて、つぎのように言い換えねばならないのだ。これは皮肉というよりも、この時代が柄谷に強いた孤独な戦いと言っていいだろう。
 「むろん、貨幣形態を非中心化するだけでは、われわれの課題はなんらみたされない。問題は、なぜいかにしてそのような中心化が生じるのかということにある。いいかえれば、一商品の中心化こそ、そうしてシニフィアンの関係のたわむれを抹消し、同一性を形成し、超越論的な「価値」を付与するのだから、われわれはたんに『中心のない関係の体系』をみいだして構造主義者のように満足するわけにはいかない」
 ここで、「資本論」の最初にして最大の難関である「価値形態論」の分析に柄谷が足をかけたところで、半世紀も以前の文藝批評家であった小林秀雄氏のことばを柄谷が想起していたことを思いだすことができる。
 「商品は世を支配するとマルクス主義者は語る。だが、このマルクス主義者が一意匠として人間の脳中を横行する時、それは立派な商品である。そして、この変貌は、人に商品は世を支配するという平凡な事実を忘れさせる力をもつものなのである」(「様々な意匠」)
 これを柄谷流の表現に言い換えれば、「貨幣の成立によってはじめて各商品は“共通の実体”をもつかのようにみえるのに、彼らは各商品はもともと“共通の実体”をもつのだと考えるのである」となる。すなわち「価値形態論」こそ「資本」の秘密と根拠を明らかにするにもかかわらず、それをたんに「貨幣の必然性」を証明するための「章」とみるマルクス経済学者を批判するのだ。
 さて、私はソシュールの言語学やポール・ヴァレリー等を援用しながら、なおもその「可能性の中心」へ論を進め、その困難へ身を投じようとする柄谷の奮闘のあとを追う煩瑣に耐えるほどの識者ではない。ただ、商品の奇怪さの考察は商品が商品であることの危うさ、つまりは交換の危うさの認識にいきつき、互酬(交換様式A)、再分配(交換様式B)という二つのほかに、市場を介した商品交換(交換様式C)の形態のさらなる前途に、交換様式Dといういまだ成立し得ていない交換の形態を持ち込み、これを「交換様式Aの高次元での回復」であるとし、ここに「世界共和国」を想定する、柄谷のこの「世界史の構造」なる書物のおおよその素描を試みようとしたに過ぎない。
 最後に、マルクスとカントを論じた「トランスクリティーク」の続編であるこの書物の形成過程を略述できなかったことにくわえ、「自殺」を肯定しながらご馳走を頬張り、生きながらえていたショーペンハウエルを髣髴とさせるこの書物の妙味を、うまく示し得なかったことを遺憾とするばかりだ。理念に殉じる情熱を畏敬することに私は吝かではない。三島氏もそうであった。だが、戦争の放棄を規定した現憲法九条を死守することは、この世界的な現実から目を閉じて「自殺」をも辞さない高邁なる理想と勇気を必須のもとすると言わざるを得ないからである。私の内心の片隅では、それもいいではないかという声が聞こえないわけではない・・・。
 柄谷氏のこの書物に敬意を払いながらも、私のひそやかな”憂鬱”にいかなる根拠があるのか、私の自問自答は止むことはないのである。
 私の”憂鬱”とは、いわゆる「思想」とか「理論」とかいうものに、依然として目をそむけることが、この現在においても、なおも続いているということである・・・・・。団塊の世代と一言でいっても、1947生まれの私と50年生まれの、中沢新一や内田樹とは同一でないものを、引きずっているという意識が消えないからである。
 



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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