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「海辺の墓地」から

   koriu-ru.jpg  コリウール

   海辺の墓地  ポール・ヴァレリーの「海辺の墓地」(セット)

   ヴァレリーの墓  ヴァレリーの墓

 パリに住む娘から写真いりの葉書が届く。私の手元にずいぶん溜まっている。フランスはもとより、モナコのモンテカルロ、南イタリアのシシリア、サルディーヌ諸島、コルシカ、チェコのプラハ、フィンランドのヘルシンキ、ベルギーのブルッセル、アイルランド、クロアチアのイストニア半島 et cetara・・・。
ともかく、その外国の葉書の写真の美しいことといったらない!それも彼氏と一緒ときては、自分の娘だといって、落ち着いてもいられぬほどの、羨望に灼かれるような思いが湧くのである。この私とて、海に憧れていつのまにやら、その海のなかに潜り、パラオ諸島からニューカレドニア、タイランド、インドネシア、フィリッピン、キューバ、沖縄に小笠原へ、伊豆諸島やら伊豆半島へ、小さな子ども三人と妻を家に置き去りにして、大きなダイビングの荷物をガラガラと引っ張り、竹芝埠頭やら成田や羽田空港から、パイプを銜え、春夏秋冬、よくも家を空けることができたものであった。その上、海外旅行も幾度か行ったのだから、今から思うとよほど脳天気にできていたのだと自分でも呆れるぐらいだ。ヨーロッパには、フランスが三度、イタリアが二度、イギリス、スペイン、ポルトガル、東欧四カ国(これだけは結婚25年周年記念で妻も同伴した)と、なにかに急かれるように、あるいは何ものかから逃げるかのように、旅を重ねてきたのだった。
 ANYWHERE AUT OF THE WARLD!  ANYWHERE AUT OF THE WARLD!
 この世の外へならどこへでも!
 まさかあの19世紀末の呪われた詩人達が抱懐した彼方への誘いが、私の魂までも駆りたてていたわけではあるまい・・・。
Mais,vrai,j'ai trop pleure!
Toire et froide ou vers le crepuscule embaume
Un enfant accroupi plein de tristesse, lache
Un bateau frele comme un papillon pontons. (LE BATEAU IVRE)RIMBAUD

 彼氏の実家が南フランス寄りのリヨンにあり、またリヨンから入った郊外に祖父母が暮らす家と別荘があるため、そこから写真入りの葉書やら家族と一緒の写真をアルバムにしたものが送られて来るのだ。外国生活をしたことのない私にも、だんだんと娘の暮らしているフランスというお国柄が伝わってくる。なんという生活の違いだろう!
 およそ普通の日本人には想像もつかない余暇の総量があり、その過ごし方が個性的に定着しているのである。もちろん勤労生活があるが上での、余暇生活なのだが、この二つは等価であるという、その根本にある意識の構造が日本などとは違うのであろう。脱亜入欧は政治・経済と軍事の緊急の日本の近代化における大命題であった。まずこれらの諸制度の輸入と模倣が先行されたのは当然だが、これらの制度を作り上げた歴史意識が日本人のあたまに生じるには相応な葛藤と苦い経験を経なければならなかったのだ・・・・。それは今も続いている。
 いや話しが広がりだしたようなので、元に戻すことにしよう。娘から届く葉書のことであった。もう親馬鹿を絵に描いたようなことを、書き連ねることは面倒なので、最後にひとつだけ加えて、これらの葉書の写真を以下に並べさしてもらうことにしよう。今頃は南仏の旅はカルカッソンから、内陸のアビニオンへ、そしてアルルと向かっている頃だろう。娘のブログでコリウールとモンペリエが旅程にあることを知った私は、画家マテュスの「コリウールの風景」(1905年)を、また、モンペリエの地名は、若い頃に私が親炙していた詩人のポール・ヴァレリーを直ちに思いださせてくれたのだった。早速、インターネットでその二箇所の写真を是非に送ってほしい。できたらヴァレリーのお墓があるはずだからと、その写真までも送っくれるように頼んでしまったのだ。早速、娘から旅行中に持参したスマートフォンを利用してか、素晴らしいコリウールの写真がメールで送られてきた。ああ、これが地中海の海と空であったのだ! あの知的で均整のある秀作「海辺の墓地」という詩はこうした明澄な風景から生まれたのだ! この湿潤な日本で、マテュスの絵を眺めヴァレリーの知的な作品を理解しようとしてきた自分が恥ずかしいような気がした。ヴァレリーの生まれ故郷のセットの写真もあり、その抜けるように晴れ、宝石のような群青色の空こそ水晶のごとく明晰にして透徹した詩を結晶させたものだと感嘆したのであった。なんと娘は陽に灼かれながらも、ヴァレリーの墓にまで詣でて写真を送ってくれたのである。
 ここにその詩を掲載したいところだが長いので割愛するが、娘が買って送ってくれたヴァレリー13歳から75歳までの自筆の詩が印刷され、これまで読んだ様々な彼のエピソードを私に思いださせてくれた瀟洒な本を載せることにしよう。
 いまは、それらの写真も含めて、娘からの葉書の写真のほぼ全部を一挙にブログに載せることにして、好き勝手に生きた私の人生に諦観し、寛大でさえあった愛する妻と、我が儘な求めに応じてくれた娘へ、心からの感謝を捧げたいと思うのである。



ヴァレリー詩集 ヴァレリー詩集2  ヴァレリー自筆 
モナコ リヨン  リヨンシャトル大聖堂ストラースブルグ  ストラースブルグアイルランド コルマール  コルマールコルシカセザンヌのカフェ  セザンヌのカフェプイ・オン・バレー  実家・ロアール  ロアールヘルシンキ  シチリア  シチリアブリュッセル  チュロビル チュルビールモンサン・ミッシュセル  コリウール2  コリウール puraha_20110806111839.jpg  プラハ
セット  セット

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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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