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一画家の思い出

 あえて、この画家を本名で認める無礼をどうか、この一時でも恕していただきたいものである。
 なぜなら、それは私の青春の一時期と渾然一体となって、私の脳漿にうかんでいる一人であるからだ。
私はある社会の片隅に一日の大半を過ごすことを、自分に赦したのは、そこが子供たちのくにであり、この惨憺たる社会から教職という薄い板壁により隔てられた人達によって営まれた、「楽園」のように思われた時があったからである。
 私の執務室は校長室に隣接し、運動場からは子供たちの遊び声が響き、窓辺の満開の桜が散る頃になれば、桃色の花弁が床を華麗な絨毯で飾ってくれる、得も言えない密室でもあったのだ。
 私はそこで詩的な孤独と恋人を送り出した後の寂寥を託って、あのプラハ障害保険局の「変身」の作家が描いたところの「断食芸人」さながらに日を送る一時期を思い出すときがある。
 隣りの校長室との薄い壁に、私の唯一の慰安である絵画の複製画を架けておいたのは、ほんの偶然に過ぎなかった。
 そこへ鍵をじゃらつかせた、背の高い、私とさほど歳も離れていなそうな青年、といってもどこか既に訳知り顔の悠長な趣きをした、眼鏡を小高い鼻にかけた男が、今さっき風呂から上がってきたような面貌をして現れたのだ。
「これ、フェルメールですね」
 「青いターバンを巻いた女」はそう言われて、私と同様に一瞬おどろいたような表情をうかべた。後年、「真珠の耳飾りの女」として知られ、多くはない傑作を残した画家の絵が、私と彼と結びつける契機になろうとは、フェルメール先生が想像することもなかったであろう。ヨハネス・フェルメールという画家がまだ世にしられてはいない時期のことであった。
 その頃、私は一人のヴァレリアンとして、ドガを、そして「ルノアールの思い出」を認めたフランスの詩人にして哲学者、批評家にして欧州の巨大な知性の戦士、あの「精神の危機」「方法的制覇」、そして「レオナルド・ダ・ヴィンチ方法論序説」をもって、若き私の脳髄を震撼せしめた詩人で、私の孤独は王冠の幻影に浸っているような有様を呈していた。高橋君も私より遅れ、いつからかあの赤い表紙をした全集を読み囓ったようであった。
 社会からの認知というものを得る結婚の長い通過儀礼まで、青年とは大きな子供と変わらない幼稚さを、その頭に暈のように被っているものだ。
 東北、それも新潟出身の彼は、また、同宿の一青年を私に引き合わせた。画家と小説家の二人の卵は、阿佐ヶ谷の二室を借りて互いに、同じ生計(たつき)を以て夢を追おうとしていたのであった。都会人である私は故郷を喪失した者、帰るべき場所をもたず、親元から逃亡して、田園調布の端に仮寓し、石膏像マルスと一匹の鸚哥と淋しくも赫々たる精神の熾火を燃やしていたが、ここに二人が訪れたことがあったあの遠い日を思い出すことがある。
 画家は私とマルスを共に描いたことがあった。そして小説家は私の原稿を読んだ。そのうち、多摩川の高台にある料亭で数人の仲間が寄り合い、宴会に及ん次第であった。橋の上から前方から走ってくる東急電車へ、小便小僧の模倣と洒落込んだ一斉放射をしたのは、あれは酒宴の夢の中であったか、夢の後であったか。
 電車は鋭い警笛を鳴らして仲間の輩たちの股のしたを通り過ぎていった。愚かなる青春の懐かしい響きを残して。
 高橋君は私の描く石膏が、描くごとに対象と同じ大きさになるのを嗤っているのであったが、二次元に三次元の物象を定着する「描く」という行為の慣行、その不思議な儀式に疑問を新にすることはなかったようだ。なぜなら「絵画」という「制度」を素朴に信じていたからで、小説家もまた私には同様に思われた・・・・。「物語の豚」と一人の芥川賞作家が谷崎潤一郎を蔑称したが、どのようにその作家が「制度」を根本から革新し、その専制を瓦解してくれたのであろうか、惜しいことにその生涯は余りに短く、それを知るすべはないのだ。
 画家の故郷は新潟の海岸に近く、海鳴りを耳にしたのを覚えている。そこに盤踞するあの坂口安吾の石碑があるところへ、私は案内されたかすかな記憶が、銀座での「白鳥十三個展」の一枚の巧緻な絵画から甦ってきた。個展の会場をみれば、その絵画のすべては、彼が模倣しようと辿ったであろう画業、そして彼がなろうと欲した画家、予見され予想された通りのあるべき達成を示していることは、あまりに明白であった。そして、その発見は過去のある時の印象を眼前に思い起こさせ、私を喜ばした。それは雪国の空から洩れた晴朗な光でかがやき、日本海で獲れた新鮮な甘エビのような味がするといえば、余人の笑いを誘うかも知れない。
 風景画が芸術になる人間的な契機は、リルケが「風景」を論じたエッセイに詩的な凝縮を以て、その経緯は夙に語られている。これに一示唆をうけた前述の作家と一対とも思える批評家が後に、日本の近代文学の起源に援用したものだ。彼自身がその批評を、この国の近代文学の遠近法を変動させる「文学史」ではないと断っている通り、認識の布置を変える眼目にしか過ぎなかったのは、それは芸術の創作とは異なる方法を以て、創作の「外部」から認識の領土を俯瞰する視野を反転させようとのエッセイであったからに他ならない。そしてなおさらにして、高橋君の風景画はこうした議論とは、無縁なものであることは言うまでもなかった。鑑賞の目を喜ばし少しばかり財布の紐を緩めさせること、それだけでももう充分すぎるほどの経済的な「美的効用」に参与していないはずはないからである。
 前述したように既に過ぎ去った青春を懐古しつつ、私はヴァレリーの「ルノアールの思い出」なる一文を、ここに同様の手法を以て模倣したに過ぎないのである。

(その後、2017年2月に、当ブログを書籍化したところ、画家の絵を二枚写真で飾ったはずであった。しかし残念なことに、その写真は消えていた。そこで、本文で紹介したこの画家と同居していた小説を書く夢を捨てられぬ友人が、還暦の満を持して出版した本の写真と共に、この際、銀座で開催の個展の葉書から撮った洒脱な風景画を添えてささやかな慰謝としたい。)


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  田辺本 装丁:白鳥十三

  
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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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