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福島県立美術館

  この初夏の数日、福島のとある温泉へ行った。宿のフロントに一枚の版画を見た。思わず写真に撮った。
 その版画家の名前は、斉藤清という。宿の廊下に書棚があり、見上げると分厚いこの版画家の画集をみて、思わず手にとった。
 「会津の冬」と題したシルーズものが数枚と「ショップガール・パリ」、「競艶」「舞妓、京都」「椿」などの作品を目にしているうち、私は清冽にして素朴な温みとセンスに富んだこの地方の版画家に惹かれていったのだ。福島駅の近くの県立美術館に、この版画家の展示室があると知ると、早速、タクシーに乗り、美術館の前に立った。
 なんとも立派な美術館であったことか。それなのに、私と家人以外に、ほんの数人の人影をみるだけである。平成9年に卒寿(90歳)まで生きたこの滋味のある版画家を、私がこれまで知らなかったことが信じられないような気がした。いや、どこかで目にしたことがあったにちがいないのだが、これまで、私がこの版画家に出会う機縁が熟していなかったのに相違ないと思わざる得ない。
 露天風呂から見上げる夜の空は、晴れた星空ではなかったが、よく見ていると天の一角に、星がひとつ瞬いていた。そんな偶然に目にした一箇の星のような出会いが、まだこの世にあったのだと知るだけで嬉しかったのである。
 新潟に住む友人は、既にその版画家を知っていた。やはり、偶には地方へ旅に出なければいけないと、思いながらあの立派な美術館の経営に、思いが走らざる得ないのであった。
 地方分権は、日本の文化を守るためにも、いま必要になっていることを、あらためて知らされたのである。
 東京を離れ、地方を旅して温泉に浸かろう。それが自分たちの健康のためになり、地方の自然と文化にふれ、分権を進めるための、ささやかな第一歩になるのであろう。率直にいって、地方分権という言葉が好きになれない。大都会に権力というものが集まるのは、蜜をもとめて花芯に引き寄せられる蜂がもつ本能に近いものだ。だが自然のうちには、人間を真に解放する力となるものがあることを、いずれ知ることになるにちがいないのだ。それは、海や山という自然の外にも、まだ別の自然がその奥にあること、そのほんとうの姿に目覚めるときだろう。
 諸君、温泉につかり、夜の空に目をこらそう。きっと、どこかにこれまで見たこともない星が、無数に瞬いていることを見つけることになるだろう。




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テーマ : エッセイ
ジャンル : 小説・文学

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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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