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大原麗子さん追悼

 この夏、8月3日、愛する女優を1人また失った。大原麗子さんは二度も正式に結婚した女性だ。だが、数年してすぐに別れた男たち二人は、彼女の葬儀に参列したという。あんなにも可愛らしい女優と、いったいどうして別れざるえなかったのだろうか。きっと二人ともそれなりの理由があったのにはちがいない。だが私は、二人の男たちを嫉妬しながら、蔑んでいたのである。
 その男の一人は大学の同期生の俳優だった。もう一人は私の学生時代にデビューした有名な歌手であった。男と女。お互いに、別れなけばならない事情があったのにちがいないが、それが二度にわたるとは・・・・・。
 新聞の記事で知ったのだが、彼女は病気を患っていたらしい。それも30年以上、その病気と闘いながら、女優として生きてきたのだ。そのようなことを、私は初めて知ったのだ。
 ギラン・バレー症候群という病気を背負いながら、彼女はその愛くるしい笑顔をふりまいて、男ごころをくすぐる、ウイスキーのCMにも出ていたことがあった。
 この病気になると、手足は突然に麻痺し、目も開けていられない筋肉系の病症を呈するという。
 親友の浅丘ルリ子さんによると、電話で何度もケンカになり、もう麗子さんの電話には出たくないというほど、彼女は頑固でわがままな人になっていた、というのだが。
 このギラン・バレー症候群という病気との闘いがどれほど苦しいものであったか、改めて思い知らされたと新聞は記している。

 あれも暑い夏のことであった。
ーこの世界は滅んでしまえばいい!
 突然、病院のベッドに横臥したまま、そう言った父は、すぐにその自分のことばに驚き、狼狽して、その顔を苦痛に歪めて、傍にいる私に詫びるように、すぐにこう言ったのだった。
ーおお、ごめんよなあー、いまのは、私の病気が言わさせたことなんだよ・・・・。
 胃ガンを患い、全部の胃を切除し、チューブ人間になりはてた父を襲っていた苦しみが、いかばかりのものであったかを、そのときの私は、いったいどこまで解っていたのか。いま思えば、心許ないばかりである。私もそういうことばを発した父を、寸刻、蔑む気持ちを懐いたからだ。
 病室から見える窓の空には、夏の青空が漲りひろがっていた。にもかかわらず、死の恐怖と全身を襲う、何とも言いようがないという苦しみに悶え、余人には理解不能な不条理な苦闘に堪えながら、どんなことばを、自分のいない後にも、平然とつづいていくこの世へと、発することができただろうか・・・・。

 大原麗子さん、私と同年の貴女、あんなにも女の持つ、素朴で、単純な可愛らしさい笑いを演じ見せ、その細やかな情愛を、堪能させてくれた、大原麗子さん!
 どうか、安らかにお休みください。

 

 
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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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