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歴史の暮方

 正月に日本の武道の紹介番組があった。内容は、柔道、空手、剣道、合気道、居合道、古武道をニコラス・ペタスという格闘家が、次々と紹介するものであった。
 今年四月より、柔道と剣道のどちらかが、中学校の必修科目となるらしいが、武道は戦後の教育理念の見直しにつながるかも知れない。
 偶々、今年の一月からNHKの日曜の連続ドラマが、武士集団が歴史に擡頭した契機を作った「平清盛」であったのも、時代の趨勢なのであろうか。とにもかくにも、この時代が大きな節目に来ていることは、内外の政治と経済の動向に目を据えて見れば、どうにも否定しようのない事実であるように思われる。大河ドラマといえばほとんどが江戸時代が主流で、司馬遼太郎が多かった。司馬史観なるものがあるのかどうか浅学非才には分かりようがないが、一時期の具眼の作家の幾人かの司馬史観への批判は聞いたことがあった。
 だが司馬の「空海の風景」を読めば、その広範な資料の収集と解析、博覧強記の記憶力に瞠目するしかないだろう。そして、読者大衆の空気を読む能力に長けていたのであろう。大衆がうっすらと感じていることを、司馬はこれがそうだろうと、はっきりとした輪郭を与える能力があったのだ。国民的な作家になるには、その時代との幸福な結婚が必要で、その才能が大衆に受けいられる人気を呼ばなければならない。
 さて、時代の潮流は世界規模で移りだした。大局的にみれば、二十世紀をリードした大国アメリカの退潮、欧州とアラブイスラム圏の迷走と混乱、中国の躍進と新興国の成長等は、世界の地政学的な布置を変えようとする一大潮流と化しているようだ。そして、あの東日本を襲った大災害と原子力発電の事故は、これまでの世界文明が試練の時をむかえている予兆とも映る。
 だが明日のことは誰にもわからない。それでこれを知ろうとして、様々な人々が世界からの情報なるものを集めて、いろいろな知見を披露するが、人ひとりの人生ははかなく終わるものと決まっている。
 そこでこの一生の過ごし方がいつでも、人間の頭から離れていかない所以なのだろう。
 一夕、銀座の「並木座」という今はない映画館で観た、樋口一葉の「にごりえ」をまた、今度は深夜のテレビで観てしまった。監督は今井正であった。  
学生時代、この監督の映画に出たことがあった。別に俳優というわけではないから、その他大勢のアルバイトであったが、一日、ブラブラして、一時に集められてワッと撮影をやる。映画は曾野綾子原作の「砂糖菓子が壊れるとき」という、マリリン・モンロー自殺の日本版の映画化だった。それはともかく、一葉原作の「にごりえ」は明治の二、三十年の下町の面影を知るには恰好の映像だろうと思う。いい按配に、この映画は一葉の「大つごもり」や「十三夜」まで、溶かし込んであるのだ。なんといっても映画は俳優で善し悪しが決まってしまうものだ。淡島千景の「お力」と、この酌婦に惚れて身を持ち崩す源七の女房役の杉村春子の演技は心に残った。それから数日して、淡島千景の訃報を聞いた。森繁と共演した「夫婦善哉」の淡島という女の魅力が、この歳になってやっと分かった。いや夫婦というつがいの有り様がようやく得心し得る年齢となったということだろうか。
 「にごりえ」の映画では、各人の女たちがみな活きている。これは一葉の筆の力によるものだ。一葉は最後の和文を書くことができた天才なのである。彼女は明治の女性をそのピンからキリまで、直に接し見て知り尽くしていたのだから。
 「法通妙心信女」。これは樋口一葉が生前に自らつけた戒名である。明治五年に生まれ、抜群の歌と文の才能を発揮した。二十一歳から二十四歳で病没するまでの数年間に、書いて残したものは当時の鴎外から鏡花まで、一流の文人を魅了したのである。台東区の竜泉にある記念館で、谷崎や荷風から来た手紙類を見たことがあった。彼女は明治の「花のしずく」を筆から滴り残したのだ。
 画家でいえば、東の美人画家と言われた鏑木清方は、明治二十年代の下町をこよなく愛した。「朝夕安居」はその慎ましく、美しい成果であるだろう。一葉は必死に暮らしながら、見事な文章でこの世を書いた。清方は他愛もない下町の生活を愛し描いた。
 昨今の世間を広く眺めてみれば、人心の変わりようは肌にも感じられる。だが平常心を持していれば、サマセット・モームの小説の題名ではないが、「昔も今も」さほど変わっているわけではない。いや、そう思って生きていきたいものなのだ。
 歴史の暮れ方、残り少ない時間を、一杯のお茶を喫することができれば、それでいいのではないか。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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