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映画「戦火の馬」

 心臓の病を診断され、薬の投与をうけてから、なんとなく元気がでない。医者にそう言うと、早速、薬の一種類を別のに変えてくれた。医者は薬の副作用については語りたがらない。ピンポイントの効果で病の治癒を狙う現代の薬は、その反面必ず副作用がないはずはない。それで、病院の帰り道、元気づけにとふらりと一人で映画館へ入った。
 スチーブン・スピルバーグ監督の「戦火の馬」。
 第一次大戦に偶然軍馬として駆り出された馬(ジョーイ)が主人公だ。容易に調教されない一頭のきかん気の馬が、その悲惨さでは第二次大戦を凌ぐとされた戦場、なんしろ英国青年の約半数が死んだとされる戦争で、重い大砲を引き摺り、嵐のような機関銃の銃弾をくぐり、戦場を疾走して逃げ回る。二重三重の鉄条網に突進した末に、全身を網に絡め取られ、満身創痍で倒れ尽きる。その馬の勇猛果敢に疾駆する雄姿と哀れさに、塹壕で対峙していた英国軍と独逸軍の兵士の二人が、協力して馬を窮地から解放する。だが破傷風に罹った馬は治癒不能として、拳銃で射殺されそうになる。そのとき、少年の頃からジョーイを農場で育て、塹壕で毒ガスに両目を損傷した青年が鳴らす口笛に、横たわった馬は瀕死の身体を起こして自分の主人を捜すようによろよろと歩きだす。こうして再会を果たした二人は元気な健康を取り戻し、夕陽に染まった故郷へ帰る。農場で待っていた父母がこの二人を抱き寄せるところで、目出度し目出度しのハッピーエンドとなる。
 だがこう書いただけでは、一本の映画を紹介したことにはならない。小学校の保健室に立っている人間の骨格の模型を指さして、あれが人間だというのと変わらないからだ。この映画の人間と馬の間に流れている「愛情」の細部がなければ、映画の完成はないのだ。
 馬の誕生とそれを見守る少年。馬の競売。それを競り落とそうとする足の悪い父。戦争で負傷した父の栄誉の勲章とリボン。夫を尊敬しながら働く寡黙な母。競売で使った30ギネーが家計にのしかかる。それには馬の調教に成功し、畑を鋤きで耕さなければならない。馬と少年の雨の中での苛酷な農作業。戦場で走る馬たちの凛々しく、美しいすがた。馬同志の交感。戦場から逃げまどうジョーイに魅せられ、これを隠す老人と少女。この馬に少女は鞍をつけて乗るが、軍隊に見つけられふたたび軍馬として苛酷な労働に従事する。兵隊たちの粗野で野蛮な振る舞い。軍隊における規律。戦争での惨たらしい光景。累々と横たわる戦死者と馬たちの屍体。富者と貧者の逃れがたい人間関係。。
 こうして挙げていけば切りのない人間世界とその背景に見える自然とがなければ、映画は映画として存在しない。これらはたわいもない真実だ。見たことはないが、男の禿頭を数時間に亘って、撮影した映画があったらしい。映像とは、映画とは何かと考えると、一見そうした些末な横道へ足が進んでいったとしても、別段、おかしくはない。
 スチーブン・スピルバーグ監督の処女作は、誰が運転しているとも分からないトラックに後ろをつけ狙われる一台の車の不条理な恐怖を描いた「激突」という映画だった。そして、全世界に親炙した「ジョーズ」がある。ナチの強制収容所の地獄の光景を描いた「シンドラーリスト」がある。あるいは「未知との遭遇」「E.T.」「プライベート・ライアン」「ジュラシック・パーク」「インディー・ジョーンズ」のシリーズものもあった。
 生と死と愛。この三つ巴のうちにある「恐怖」から、明暗、濃淡、いずれにしても、強迫的までにそれらを直に、撮影しようとする意思のようなものを感じずにはいられない。これが薄まるった映画は、正直言ってただ面白いだけの娯楽映画を脱しなかった。それならウオルト・デズニーの映画の後塵を拝するだけだ。極限的な状況下での人間が脅える「恐怖」こそ、このユダヤ人監督の真価の発揮される場所なのだ。たじろがずにその「恐怖」に直面し、それに向かい合い、勇をこしてこれと戦うところに生まれる人間愛こそが、スチーブン・スピルバーグ監督の映画の魅力だと言って間違いはないだろう。
 もしできるならば、アメリカ文学の白眉であるメルビルの「白鯨」を、この監督に映画にしてもらいたいものだ。今年、65歳の監督が東北の災禍にうなだれている海に生きる男たちを励ますことを希望するなら、それを願って止まないのだ。
 映画館を出て、夕闇を歩き出した。屋台の店がならび、御菓子の箱がたくさんある。「ホワイト・デイ」なのだそうだ。そういえば、ヴァレンタイン・デイに貰ったチョコレートを思い出し、そのひとつを買って、家路を急いだ。病んだ心臓に戦火が灯ったようだ。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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