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吉本隆明

 昼のテレビ・ニュースで吉本隆明の訃報を聞いた。享年八十七歳。
 私が吉本の本を熱心に読んだ時期は、学生時代であった。生来一人の人間の思想に耽溺する趣向がないため、左となれば右の方へ同時に精神を更新し、一色に染まることを忌避する本能が適度に働いていた。染まるまいと思っていても、じわじわと浸透してくるものが思想ではないか。それは別に吉本に限らない。
 大学卒業を間近に、思想関係の本はあらかた古本屋へ売ってしまった。割と気に入った「擬制の終焉」も含め、バイトをして買った高価な本も全部売り飛ばした。そうでもしなければ、社会などに出られるわけがないではないか、そう心の底で低くつぶやく声が聞こえていたのだ。壊れた蝙蝠傘をさして、どしゃぶりの雨の中へ出ていくような気分だった。宇宙から地球の大気圏へ突入する、その入射角度を間違えれば、永遠に宇宙を彷徨っていなければならない。なんとか成功したとしても、そうした体験の影は人生にながく尾をひくものであろう・・・・。
 案の定、民間会社の組合の委員長を真っ赤に怒らして、会社を辞めた。一年間、無職で逼塞していた。パン一個で昼をしのぎ、皮の鞄を提げて都心の図書館に通って、毎日を過ごし、夜は警備員のバイトをしていたのだ。
 小林秀雄の訃報の時は新聞で知り、文芸雑誌の追悼号を数冊買った覚えがある。吉本を最初に読んだとき、そのごつごつとねじれた文章の底に、小林からの影響が認められて私は頬笑んだものだった。当然にも小林なる批評の先人を滋養の糧にしない批評家などは、あり得ないのである。自裁した江藤淳にしても同様だろう。吉本と江藤の適度な間をおいての対談は必ず読んでいた。武道的に言うと、二人の間合いには人を引き込まずにはおらない魅力があったからだ。立ち位置は異なっても、そこには真摯な批評家の二人がいると感得されたのである。吉本も江藤も、その根源に詩人を蔵していたと思われのは当然としても、デビュー前の江藤が私が参加していたある詩誌に、詩を寄せたことがあることを、私はその詩誌の同人から仄聞したことがあった。あまり褒められた詩ではないので、江藤氏の参入は成功しなかったのだ。たぶん氏は伊東静雄の詩に惹かれていたのだと想われる。どこにも書かれていないが、少なくとも、そういう一時期が若き日の江藤氏にあったとしても不思議ではない。
 吉本の思想の独創性は、前述した「擬制の終焉」の「ラムボウ若しくはカール・マルクスの方法についての諸注」に顕著だろう。これは短文だがこの激越した詩人と「資本論」の思想家の二人を「逆立する」として同列に論じた批評を、私は深甚なる興味をもって読んだ記憶がある。また、「共同幻想論」における「対幻想」なる概念は、容易に忘れられないものであった。ヴァレリーについての否定的な感想は、急所は外していなかったが、批評家の若き本能が忌避して当然と思われた。ギリシャ以来の西欧の知性の大河に立ち向かうには、なまなかな知的戦略や兵法では、その太刀はいとも簡単に受流されてしまうのがおちであったろう。
 小林の追悼講演に紀伊国屋ホールで吉本の語るのを聞いたことがあったが、それ以前に学生時代に「北村透谷」の講演を大学の講堂で聞いた。そして三度目は有楽町の商工会館で車椅子に引かれた吉本の講演を聞いたのが最後だ。そのとき、会場の前の椅子にいた私に吉本の注意が働くのを私はたしかに感じたのを覚えている。別段にどうということはないのだが、老いても変わらない詩人の瞬時の感性にはそういう独特な直観が働くものだろう。それは鍛錬された戦士の「殺気」のようなものにちがいない。
 「戦後詩史論」や「世界認識の方法」に、吉本のことばの射程のある感受性と広角度の認識者としてのフットワークのよさをみた。以来、私は日本の「詩」の世界から距離を置かざる得なかった。前者には私の知人の「詩」が引用されていたが、それは否定の対象としてのことなのだが、本人の喜んでいる顔をみて言葉を失ってしまった。
 最後に、学生時代に吉本が推薦していた「ジイド・リストの経済学説史」を買い、今も売らずに持っているが、いまだ読む機会がなかったのは、私の怠慢以外なにものでもない。背表紙を鼠に齧られてしまったが、機会があれば一読してみることにしよう。
 吉本のものでは、「最後の親鸞」がいちばんよいものと思われるが、本人も愛着を感じていたようだ。NHKでの講演も話し出したら、切りもないものだったが、有楽町での講演もそうであった。螺旋を描いて拡がっていく思考のバネは、最後はあの世の端までも届くかと思われた。
 吉本さん、長いこと、ご苦労さまでした。合掌。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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