FC2ブログ

一日

 毎日のように、夫婦が同じ家の中にいる。潤三はできるだけ妻の明子が彼の退職前のように、気儘に過ごせるように、自分の部屋にいるようにしていた。そのあいだ、妻は時代小説を読んだり、勘亭流の習字の稽古をしたり、民生委員の仕事の処理ができるように、彼女の視野の外にいるように、心がけていたのである。いや、そればかりではない。できるだけ自分で食べた食器類は、自分で台所にかたづけ水にひたし、洗剤で洗うように、心がけていたのである。いや、そればかりではない。ほとんど、毎日のようにトイレの掃除をやるように努力してきたのだ。そして、一週間に一度はお風呂場の掃除を行い、郊外に一人で暮らしている妻の九十を過ぎる実父の世話から、疲れ果てて彼女が家に帰るまでに、洗濯物の取り込みをすることに努力してきたのである。
 ただ潤三が自分の部屋にいるのは、こうした事情だけによったわけではないのだ。まだ、三年半ほど勤めることができたが、それを打ち切って会社に辞職願をだしたのは、自分がやりたいことがあったからだ。たとえどんなに少ない年金生活でもいい、貧しい食事に変わってもいい、それでも自分の限られた人生の時間があるうちに、その自分の仕事をやりたかったからである。自分の部屋には読みたい本がまだたくさん残っており、調べ考え整理したいことが山とあるのだ。ライフワークもあり、これまで書き散らしてきたもの整理や、自分が納得できるような小説を、たとえ一編でもいいから書きたかったのである。
 そして、毎日がアッという間に過ぎ去って、三年半はとうに過ぎた。朝の九時過ぎから十二時まで部屋に、そして十二時から妻の準備してくれた昼食をニュースを見ながら食べ、午後はまた部屋へ戻り、午前の仕事をつづけるのだ。だが時には、食後に睡魔に襲われることがあった。あるいは、横になって蒲団にもぐり込み、山と積まれた本を、のんびりと読みたくなることが儘あるのだった。
ー今日は何曜日だろう?
 ふと口をついて出たことばであった。
ー毎日が日曜日よ。あたしだってうっかりすると、わかんなくなることがあるのよ。
 たしかにそうである。新聞紙の縁をみて、はじめて今日が○月○日の何曜日かを知るのである。
ー社会人の毎日を離れてみて、ようやく社会人の生活のありがたみに気がつくことがあるものだな。
 潤三はそう自分に言うかのように、隣りの妻に言った。
 そして少ない会話を互いに交わすのであるが、主語を飛ばした話しがいったい何を話しているのかと苛つくことがあるし、固有名詞が出てこないので、「アレ」だ、「アレ」と言いながら、それを思い出すという競争を二人ですることもあるのだった。
 昨日、いや、さっき言われたことを、もう、潤三が忘れていることなどはしょっちゅうのことなのである。
 妻は新聞に出ている漢字の熟語やカタカナ文字を入れるゲームを独りよくやるのは、どうも惚けないようにとのトレーニングのためのようである。潤三がやろうとすると、全部鉛筆で塗りつぶされた後を見るだけである。
 妻の明子は町内やその他に多くの親しい女友達がいる。それで頻繁に電話があるが、潤三にはほとんどそうしたものはない。携帯も呼び出し音はまったくと言って鳴らないので、携帯があることさえ忘れてしまうことがあるのだ。
 また電話が鳴った。○月○日にみんなでお食事会があるとのことだ。しかし、潤三はそうした日付をすぐ忘れてしまう。
ーよくやるね。食事会だとか、○○反省会だとかなー。
 潤三はほとほと感心するばかりである。
ーそうよ。女は腹に溜まっているものを、一斉に喋り出すのでそれは大変なのよ。自分に溜まっているものを吐き出せばそれで満足なのよ。

 ある日のことだった。妻との会話がぎゃくしゃくした。
ーきみの話しはおかしいよ。全然、話しの接ぎ穂が合わないじゃないか!
ーどうして? あたしはちゃんとあなたに、合わせようと懸命になって努力しているのよ。あなたは自己中心なのよ・・・・。
 この「自己中心」という言葉が、潤三の胸を突いた。軽く放ったパンチが思いの外、相手をノックアウトすることがあるように、妻の明子の言葉はそれほどの重みのあるものではなかったはずである。
ーナンだって! 私のやっていることは、「自己中心」でなければ、できないことばかしなのだ!そうした人間でそうした生活しかやれないが、それでもいいのだねという思いをこめて書いた手紙を、あなたは突っ返してきたじゃないか。
ー手紙っていったいなんの事かしら?
ー結婚前に出した二通の手紙だよ。いつか私の前に要らないと言わんばかりに返してきたじゃないか。あんな失礼なことはないんだ。
ーそんなもう何十年もむかしのことを、とつぜん、言われたって困るわよ。それも結婚前のことなんか、あたし知らないわよ。これまでの全人生をひっくり返すようなことは、言わないでよ。
ーきみだって、私の人生そのものを否定することを言ったんだ。

 それからすこしの沈黙があった。お互いに、これ以上やりだしたらどうなるかが、ぼんやりとだが分かりだしたからである。最終戦争までいかないうちに、停戦に合意して、また、何食わぬ顔をして、一日を始めればなんとかなるのである。長い夫婦生活にはそうした自然の治癒力が備わっているようなのだ。
 しかし、潤三は妻がさいごにポツリと言ったことばが、胸に染みこんできていたのである。
ーあたしは穏やかな一日を過ごせればそれでいいのよ。
潤三は妻が口にした「穏やかな一日」という言葉に、虚をつかれたように沈黙した。それからこれまでの生涯を振り返ったのだ。
そして、自分の人生に平穏といえる日々をさがしてみようとしたのである。それはないわけではなかった。だが青年期から今日まで、自分の過ごしてきた人生は波また波の連続であったように思われた。いやむしろそれを望むかのように生きてきたのだ。だが妻はそうした自分とは別の人生を望んでいたのである。だがそれをいまになって知るとはなんていうことだろう。
潤三はそれが初めてのように、隣に座る妻の顔をのぞいた。
静かになった波間に、「穏やかな一日」という白い船体が、浮かび漂いながら、ゆっくりとこちらに近づいてくるのを、潤三は畏しいような思いで感じだした。



   
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード