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金について

 G8の主要国首脳会議が、アメリカのキャンプ・デービットで開催された。議題は世界経済が中心となったことは言うまでもないだろう。参加を見合わせる意向であったロシアは、プーチン大統領の代わりにメドベージェフ首相が出席したらしい。世界的な株価の全面安の動きを見れば、欧州の経済危機(信用不安)が主な議題となり、緊縮政策による財政再建と経済成長の二つが求められているのは、日本も同様である。ギリシャの再度の選挙がユーロ圏からの離脱に繋がるかはまだはっきりしていない。いずれにしてもドイツとフランスがユーロ圏の中心とならざる得ないことは間違いないだろう。フェイスブックの上場に投資家の耳目が集まったが、期待されたほどの株価ではなかったようだ。これもやはりギリシャを発端にした欧州問題が影を落としたらしい。
 もう、古い話になるが、一九五八年(昭和五十三年)七月、やはり各国首脳を集めてのボン会議があった。アメリカのスター歌手ライザ・ミネリが映画「キャバレー」の一齣で、「お金が世界を廻している」と声を張り上げて唄っていた。あれから五十余年、冷戦はなくなりはしたが、お金の廻る世界は、映画「ウオール街」に見られるように、実体経済とは別の、それを創った金融工学の専門家でさえ、容易に統御不能の金融商品が、世界経済を竜巻のように襲うような異変をもたらしている。ウオール街の懲りない面々は、数年前の倒産騒ぎにもめげず、金を濡れてに粟をたくらんでいるだろう。
 ヘーゲルは「法の哲学」において、市民社会を欲望の体系と規定した。二十世紀の欧州の最大の知性、ポール・ヴァレリーは現代文明を前にして一人のハムレットのように苦悩し、「知性の危機」を書かねばならなかった。世界資源の有限が叫ばれ、交通の急速化と情報技術の進歩により、世界はあたかも国境をなくして、掌に乗るかのごとくに小さくなったが、世界の人口は依然として増え続けている事実は重いだろう。
 D・H・ロレンスは小説「チャタレー夫人の恋人」の冒頭をつぎのように書き出す。
「現代は本質的に悲劇の時代である。だからこそわれわれは、この時代を悲劇的なものとして受け入れたがらないのである」
 そして、ロレンスは現代の黙示録(「現代人は愛しうるか」)で、ついに個人主義をかなぐりすて、「人間にとって大いなる驚異は生きていることである。花や獣や鳥と同様、人間にとって至高の誇りはもっとも生々として、もっとも完全に生きているということである」と説き、「まず日輪と共に始めよ、そうすればほかのことは徐々に継起してくるであろう」と現代文明に呼びかけ、「虚偽の非有機的結合、特に金銭と相つらなる結合」を打ち壊し、宇宙との結合、大地との結合、人類、国民、家族との生きた有機的な結合をこの世に打ち立てようとする。
 また、ダンテは「新曲」の地獄編題七歌で、欲張りの群れと浪費家の群れとが、円周の上を重い荷を転がし、「なぜ貯める」「なぜつかう?」と罵り合う責苦の情景を描写し、表裏を為す貪欲と浪費の二つの罪を語って、運命の何者であるかを論ずる。だがダンテの抜群の地獄の描写力に感嘆しても、金を悪と見る中世のキリスト教徒ダンテに現代人はどこまで共感するだろう。時空を超越する為替の出現によって、マキャベリズムは終息するだろうと言ったモンテスキューこそ中世の扉を近代へ向けて大きく開いたのではなかっただろうか。
 一九二○年代、深まりゆくインフレに悩んでいたイギリスでは、かつてロレンスに油虫と忌み嫌われたブルームズ・ベリーグループの指導的な一員であった近代経済学の変革者、ケインズが書いた「貨幣改革論」、その題一章「貨幣価値の変化が社会に及ぼす影響」の冒頭はつぎの文句に始まる。
「貨幣は、それが購買する物のゆえに初めて重要なのである」
 ケインズの単刀直入のこの一行で金というもの、マクロ経済学においては貨幣という一テーマにすぎぬ当のものが、恰も物としての自然に触れるかのように、貨幣の本質を言い当てているのではないか。
 もう数十年まえのある夏のことだった。ミクロネシア諸島のパラオへ仲間と潜りに行ったことがあった。その途中にヤップ島に立ち寄った。そこで、有名な石貨という大きな貨幣をみたことがあった。日比谷公園にあるものよりも、数倍も大きな石貨が、椰子の林に転がり、青く美しい遠浅の海に半身をのぞかせ、白い波に洗われていた。巨大な石貨は赤いフンドシをしめた未開のヤップ人の顔に似て、悠々と動かず、熱帯の太陽に灼かれ、永遠に引いては返す波に洗われ、磨いたような紺青の空から、真っ直ぐに落ちる雨に濡れ、椰子の葉をそよがす風に吹かれて、自然のただなかにあった。
 世界経済が危殆に瀕したとき、社会というこの第二の自然も混乱に陥るだろう。通貨危機だとか、通貨戦争だとか、小うるさい題名の本が出回っているが、プラハの労働者傷害保険局の一役人であったフランツ・カフカは、職場に訪れた若い青年詩人につぎのように語っている。
「私たちは人間インフレの時代に生きています」
 謙虚と忍耐で十五年、その献身的な勤務の果て、終わりのない数編の「夜のなぐり書き」をこの世に残し、犬のように死んでいったカフカの、この痛烈なことばを、いま一度味わってみるべきときが来ているのかも知れないのである。




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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