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「渇水」と「芥川賞を取らなかった名作たち」(佐伯一麦著)

 芥川賞の候補で名を挙げられて、受賞を逃した人は多い。この本の佐伯一麦もその一人だ。「芥川賞を取らなかった名作たち」で佐伯氏は11人の作家の作品を取り上げている。巻末で対談をしている島田雅彦は7回も候補に挙げられた「有名人」だ。この本にも取り上げられず、忘れ去られたたくさんの人たち、あるいわ、いわゆる純文学から離れて、大衆小説で成功した人も中にはいるのであろう。
 偶然に、私はそうした3人を見知っている。まず、童門冬二氏は「暗い河は手を叩く」で候補になったのは昭和30年代であった。私は氏が東京都庁の政策局長時代に、局長室で氏と面談したことがある。その時、局長秘書をしていた人が、まだ若い青山脩氏で、私はこの秘書の関門を「直接に局長にアポイントをとっている」と、強引に突破したことがあった。その後、童門氏とはあるサロンで同席し、そのとき「女たちの新撰組」とかいう著書を戴いた。氏は「上杉鷹山」で本格的にデビューし、NHKの人気番組「その時歴史が動いた」のキャスターであった松平定知氏とは、息があった闊達な有能振りを示した。
 また、一人は「光芒」と「離婚」で2回候補になった多岐一雄氏である。「光芒」は当時、「同人文学新人賞」(新潮社)の選者であった三島由紀夫氏に好感を持たれたらしく、親しくなった三島氏が約束の時間に寸刻の遅滞なく姿を現すことを聞かされたことがある。氏が三島氏の絶筆である「天人五衰」の自筆の原稿を持っていると聞かされて驚いた。「光芒」は一部の選者からは軽薄のそしりをうけたが、氏は社交ダンスの一流のダンサーであった。一緒に歩くとその飛ぶかのような、リズミカルな歩行についていけなかったことを思い出す。また、豪放な壇一雄氏に酒場の梯子で連れ回された体験を聞かされた。氏と話しているときに「君はばかに理屈っぽいんだな」というお咎めをうけたことがあった。当時、私もまだ若かったのである。氏からなにか面白い本はないかというので、私はガルシア・マルケスの「百年の孤独」を貸すと、一晩でそれを読み終えた氏は、自分の推薦する一冊の小説としてあるところへ出したとの報告を貰った。選者の一人に「第二の石原慎太郎になれる」とまで言わしめた、光る才能を氏は、その後どうしたのだろうか。
 そして、三人目に既に五十代で物故した河林満氏とは数年つきあった。私はこの人の候補作になった「渇水」は本人から貸して貰って読んだ。若い頃に書いた活字になった詩のコピーを私にくれたが、小説のほうが良かった。「渇水」の翌年に候補作になった「穀雨」はあまり感心しなかった。長年努めてきた職場を辞めたが、筆一本でプロの作家にはなれなかった彼は、酒に溺れだしたようだ。私が氏と最後に合ったのは、三島の「憂国」をみようと誘われた蒲田の映画館であった。映画館を出るとすぐに酒場へ誘われた。以前の朗らかだった彼の目は、苛立ったような暗い目付きに変わっていた。
 新宿二丁目のバーで飲んだこともあったが、そのバーに彼も中上健次に連れて来られたのだった。
 中上健次は彼をまえに言ったらしい。
「おまえの『渇水』はいいけど、おまえの文学の背後には、なにもないじゃないか」
(音楽家のショパンが同様なことを言っているのを思い出す。
 ーその背後に思想なくして、眞の音楽はない。「音楽の基礎」芥川也寸志より)
 中上らしい厳しい批評だが、いま、こういう厳しいが、やさしい指摘をしてくれる作家はいるだろうか。
「でも、おれはおまえが好きなんだ」と、中上はすぐに言い添えたらしい。
 私もある時点まで、この作者が好きであった。だから、立川だかのビル管理会社へ就職した彼のために、管轄外の会社との仲介をして、少しばかりの慰謝料を貰ってあげたことがあった。浅草駒形の「どぜう屋」やその他の店の酒代を払い、家に呼んだりもしたこともあったのだ。
 蒲田で逢った翌年の冬の朝だったか、彼は警備会社に職を得て、朝一番の点呼かなにかの場所で脳溢血に襲われたのである。葬儀場で彼の写真を見た。その写真には彼の笑顔があったが、彼の晩年からは笑顔をみることはついになかった。三十代の前半に同じ詩誌の同人であり、私の二番目の自費出版の詩集に跋文を書いてくれたY氏は、その後、H賞の詩人となったが、彼も葬儀に参列していた。一緒に都心へ向かう電車に二人で乗った。話したのはY氏が準備中の詩集のことに終始した。
 あの「渇水」だけでも、文庫本にならないかと、大手の編集者に働きかけたが、色よい返事はなかった。
 福島の海沿いに生まれた彼が、3.11以降も生きていたなら、また、どんな作品を書いただろう、と思わずにはいられない。
 佐伯一麦の「芥川賞を取らなかった名作たち」の中に、「渇水」が入っても遜色はないだろう。たしかに、作品の最後を小さな娘二人を自殺させる終わり方に、注文をつけたくなる選者の気持ちも分からなくもないが、それでもこの作品が、彼の名作であることに変わりないからである。
 私の職場に彼が取材に来たことがあった。残業をしていた女の子に写真を撮ってもらったが、不手際でとうとう写真にはならなかった。だが、夏の青空にポッカリと浮かんだ白い雲にも似た作品は、水のように透明で豊潤な文体を持っていた。あの一作ではいかにも口惜しいが、人の運命はなかなかにままならないものなのであるらしい。


   芥川候補


 
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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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