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草間彌生と女性詩人

 この特異な女性アーチストに興味を懐いたのはだいぶ昔のことであったか。その後、これも遠いむかし、ある詩人達の会合が、上野の芸大近くの旅館であった。初めて参加していた一人の女性にそこで遇った。彼女は当初、詩を同人誌に発表したが、それは物語詩のたぐいで、いわゆる現代詩から類を異にした異形のものであった。私はその異界の詞章、彼女の放つ妖艶さに、もう一人の友人と同時に惹かれていったのにちがいない。親しく接するうち、草間の話しになり、彼女が草間の処女小説『マンハッタン自殺未遂常習犯』(1983年)やら、『クリストファー男娼窟』等を持っていたことから、それを貸して貰ったことがあった。
 草間彌生と同様に、彼女の表現をかりれば、空から次々とふってくる幻覚を、詩や物語に書きとめなければいられないらしかったのだ。もう一人の友人も彼女の詩に魅惑され、三人で飲み歩くことが幾度に及んだことだろう。友人が日本画を描いていたもいたことあって、三人である展覧会場に作品を出品した。彼女の詩集の出版記念を神楽坂で開いたことさえあったっけ。彼女の描いた絵の一枚は、是非に譲って欲しいという客までいたが、その独特な異彩を持った絵を手放すことを彼女は拒んだ。
 彼女から夜遅く電話を妻が私へとりついでくれた。話しだすと彼女の話しは延々と果てしもなく、天から羽毛のように降りおちる話しはとどまることなくつづくのだった。電話は切るにも切れずに、その電話を取り次いでくれた妻なる存在も忘れて、歯がゆいながらも彼女の声を耳に、いつしか私はカウンセラーの役割をも意識しながら、その長話しに付き合うことを余儀なくされた。
 草間彌生ほどではないにしても、薬のせいか呂律がすこしおかしかったが、その語りには明晰なものがあり感心しないではいられなかった。男なら誰も彼女の醸す妖精に似た不思議な魅惑に抗しがたく、そうした影が花に添う蝶のように、彼女のまわりを飛翔しているようであった。私も年齢も離れた彼女の妖力と特異な才能に惹きつけられたようだ。それも畏怖にちかいあるものを綯い交ぜにしてだが・・・・。
 一度、彼女を題材に詩を書いたことがある。それを思い出の一片として載せておこう。


     フォールン・エンジェル

きみの好きな 堕天使というカクテルを飲んだ
あの古い酒場のバーテンには作れなかったやつさ
 
きみの瞳の葉の陰に 黒い花びらのように
落ちていた 天使の羽根

ヴィラ・アドリアーナ
きみの魔法の引き寄せる 古代ローマの華麗な宮殿

あのキマイラの幻術が アンティノウスをナイルの岸辺へ誘ったように
この世を統べる物語の神が 長衣しずかに曳きずって

きみのこころの回廊を 横切っていく
金色の杖で その大理石の胸に奇怪な呪文を刻みながら

ローマ・ボルゲーゼ公園の美術館
その窓際に背むけて横たわる ヘルマンアフロディーテの像よ

白い背中 なだからな胸 泉したたる腹部へと
両性具有者の夢が 迷路のように妖し気な襞をまく

おお せわしなき鼠の葬列 虚ろな競技場のなかへ
わたしたちは どこからきてどこへいくのか

ジンの青い焔が グラスの淵燦めかせ
きみの大きな瞳が 祝祭の篝火のように 遠くの森を照らしている
                    
                詩集「海の賦」より

 彼女の書く物語は短いものから、長いものまで様々であったが、そのユニークな才華を評価できる人は少なく、詩集を二冊ほど出したがH氏賞を受賞した旧い同人詩の友人も、現代詩の範疇を軽々と越境してしまう作品の魅力をどう評価していいのか確信が懐けなかったのにちがいない。あの長い「太平記」をまだ若い頃に読んだというこの女性の存在そのものが、あまりに現世の規範を超越していることから、その全貌を窺うには視野が限られ、作品は正統な価値付けをすることができないのではないかと思われた。その後、昭和30年代に創立された同人詩誌のサロンに、そして小説やら評論の同人誌へ紹介したが、どこでも彼女の居場所はなかった。その絵の線には世紀末のエロスと異邦への憧憬が看取された。彼女が鶯谷駅下の大衆酒場のカラオケで歌った「桃色吐息」は彼女の詩の世界に属するものだ。
 サマルカンドを一人旅したあと、死海にうかび、彼女の全神経はついに切れてしまった・・・・。

 本題から逸れてしまったが、草間彌生は幸運にもアメリカに渡ったことで、その芸術は今や世界的な賛辞をうけているが、彼女の特異な才能は、精神科医の式場隆三郎(ゴッホ研究家で、東京深川に建てられた怪建築「二笑亭」についての記録「二笑亭綺譚」を遺している)によって見出されたもので、それはアンディー・ウオー・ホールの前衛芸術とは異なるものの、ポップ・アートを生んだアメリカの芸術の土壌と切れない縁で繋がっているようだ。
 八十三歳でいながら幼女のような彼女が、精力的に作品を制作する様子をNHKの特集番組が放映していた。
そこで一人つぶやいた彼女の邪気のない科白が、彼女の芸術の魅力を証してあまりあるものにちがいないだろう。
 ーあたしってなんて、こんなに天才なんだろう。






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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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