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ゴヤ画集

 ホームレスらしい男が二人、路上で争っていた。たぶん廃棄物の蒐集でのことであろう。それが二人の生活に関わる仕事に関することなら、それには譲れない一線があるにちがいない。
 小男のほうが大声をだしていた。私はふとスペインの画家ゴヤの、棍棒を持って荒野で争う一枚の絵を思い出した。ところでこれが中国なら、周りに人々が集まり、彼等が即席の陪審員の代わりをして、白黒はつくのであろうが、この日本では反対に、遠巻きに眺めることはあっても、そうした役割を果たす者はほとんど皆無に近いと推測される。対人圏の彼我の相違は社会のあり方の違いと言ってしまえば、そうにちがいないだろうが、もっと社会の構成員のこころのあり方まで水鉛を降ろしてみたいところである。日本では他人の争いごとには、首を入れないことが賢いとされている。それはとばっちりをうけることを嫌うからだ。また、間に入るにはそれなりの度胸と覚悟がなければならない。ひとつ間違えば、双方から憾みを買うことになるからである。その点、中国的な対応には、大勢が同じ土俵に乗ることで多数決の原理の採用と他人の争いへの野次馬根性も含んだ関心の要因が働いているように想像される。あるいわ、公的な裁量機関を頼るよりも、近くにいる大衆を集めての即決判断を期待する合理的精神が社会に根付いているのかも知れない。これは中国式の民主主義ではなかろうか。
 フランスの行動的作家でありドゴール将軍の片腕でもあったアンドレ・マルローの「ゴヤ論」では、ゴヤを近代絵画の先駆者と評価していたことが、思い起こされた。
 スペインへは一度しか行っていない。「裸のマハ」の二対の絵画は、上野の美術館で見たことがあった。私には晩年の「黒の画集」と呼ばれた時代の酷薄ともいえる眼で剔った人間像に畏怖の念を抱かせられた。そこには人間の心底をたじろがずに見ないではおかないというゴヤの不敵な姿勢があった。プラド美術館で私がいちばん見たかった絵画は、ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」であったが、制約された時間のなかで、探し出すのに手間取り、じっくりと眺めることができなかったのが、いまでも残念で仕方がない。スペインではドン・キ・ホーテ・ラマンチャの地方を訪れ、ラマンチャが泊まった村で買ったワインが美味かったことである。勿論、想像上の人物であるが、頭の中に住むラマンチャは既に実在の人物なのである。その後、ヒエロニムス・ボスの絵はポルトガルで一枚見つけたのは幸運であった。人でも、一冊の本でも、芸術作品であろうと、出遭いたいという願いが強ければ、それは必ず目の前に現れるから不思議である。
 ゴヤの画集は、私が二十四歳の誕生祝いに、二人の女性から贈られた。一人は二人の子どもを持ちながら離婚し、あと一人は女優になる養成所に通っていたが、夜のアルバイト先で知り合ったインターンと結婚した。
 二度と戻らない貴重な青春の記憶は、年齢をとるごとに宝石のような秘かな光りを放ちはじめ、ゴヤの「マハ」のような眼差しで私をみているようなのである。
 とりとめのない話しをしたようだが、もとより、この人生がそうなのだから仕方がない。


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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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