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詩人 中野重治

 中野は「斉藤茂吉ノート」のはじめで、茂吉について語る自分の資格を疑ぐる。「ほんとうにやりたいこと」はとのアンケートに「学問」と答えた中野という人間に、かつて強い印象をうけたことがあった。
 「歌」「雨の降る品川駅」等である。萩原朔太郎や中原中也、また西欧の近代詩に比べるとどこか中国の述志に類する強い覚悟が、陣中へ柄当てをされたような暗い痛苦を刻んだが、同時にその詩の深い底のどこかにロマンティックな翳りがみえ、そこに詩人ハイネを偲ばせる雄々しい爽快さが流れていた。戦前と戦後の現在では詩を書く情況はまったくちがっているというような浅薄な体捌きで、私の額を痛撃した中野の太刀をかわすことなど、群小の小手先「詩人」たちに出来るはずはないにちがいない。「豪傑」や「機関車」のごとき詩は、中野の中で鍛錬され、氏が斉藤茂吉の歌の中にみた「南蛮鉄の如き覚悟」の表出だが、

ただそいつらはどれもこれも
めめしい けれで金の色をした記憶なのだ
それが金の色をしているというばかりにおれは
胸を疼かしたりしていまだに棄てきれないでいるのだ (中略)
夜の噴水のように ぽろぽ それを琴にしてせめておれは歌がうたいたい   (「噴水のよに」)

ひとの心のなかへ降りて行くのはもう止しだ
こんどは浮きあがる番だ
さあ浮きあがれ うかべ
このやくざな心臓にささらをかけて
            (「ぼろ切れ」)

 こうした跼蹐をかかえた中野という人間の自己変革の劇を見ることなしに、あの「歌」も「夜明けまえのさようなら」も、詩として自立するはずはなかったのにちがいない。
 そして、絶唱の一篇ともいうべき「雨の降る品川駅」は、こうした中野重治という、詩人であるまえに、ひとりの中身のある実践的人間であろうとした男の、万感の思いが凝結し、慈愛にみちた女性的な繊細さと強固な意志を貫かんとする男性原理との合金、日本のささら鉄の塊より鍛冶された真剣のように、冷たい雨に濡れた駅頭に美々しく屹立しているのである。
 中野は言う。「中身のつまっていないせっぱつまった状態なんてものはどこにもない。そして中身がつまっているということは、その仕事に当人が身を打ちこんでいること、全身で歩いていることにほかならない。僕の考えている「素朴」というのはそういう態度をさしている」。・・・芸術家とか詩人とかいうものからどこまで自分を切り裂いて行くかというところにその価値がかかってくるということなのだ。制作をどこまでたたきあげるかということは、生活をどこまでたたきあげるかということを基礎にしないかぎりいくらやってみても堕落だと中野は思うのだ。・・・ドストエフスキーは自分の肉体で物語をこさえた。ツルゲーネフは小説をこさえるために生活した、と。
 ハイリッヒ・ハイネと同年に死んだ、日本の二宮尊徳の偉業をハイネと等価に見ようとする中野重治のリアリズムの精神は、情報化や消費社会の波乗りに現を抜かしている世界の足下を、太い鉈で薙ぎ払う新しい現実の出現に、驚愕する日が来ないという保証はどこにもないのである。9,11の福島は、実際にそういうことであった。
 ところで、既存の「経済学」をギリシャの経済学の「CATALLASEIN」なる用語から、ケネーやハイエクの「市場」に関する言説の示唆をうけ、「交換する」だけではなく「コミニティーに入る」「敵から味方に変わること」の三つの含意に着目し、人間にとって経済とは何であるのかという根底的な問いから、近代経済学に欠けている領域に「新しい経済学」を模索している中沢新一の「経済学とトポロジー」(「野生の科学」所収)を興味深く読んだところだ。
 中野重治が注目した二宮尊徳の弟子の一人であった岡田良一郎等(「二宮尊徳」奈良本辰也)が明治に起こした「報徳運動」は、その最初の足跡を静岡県掛川市に、伊藤博文などの資金援助で設立した「大日本報徳社」の門柱には、片方が経済門、もう片方が道徳門であることは、農業思想家の尊徳には自明な前提を為していたことを、こうした中沢の探求から改めて思い出した次第であった。
 
        野生の科学


(注)本ブログは、2013年1月のブログから転載したものである。




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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