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暗愁の芸人

 西新宿の高層ビル下のうす暗がりで、つい先日に物故した小沢昭一とすれ違ったことがある。

   浅草やあと幾たびの初詣
 寿命というものが近づいてくると、動物でもあるにんげんも、そのことがなんとなくわかるらしい。俳優でもあり、芸能の研究者でもあり、一人の俳人でもあった、やわらい頭脳は明晰なまま、飄逸な御仁と感心していたひとの、むずかしい、こわいような表情をかいまみた。
 年齢そうおうな病苦に責められ、ちかづいてくる跫に、じっと全身の耳を澄ましている気配が、俯いている老躯からながれてきた。 
そこには、あの剽軽な「小沢昭一てきな」声は、どこにも聞こえなかった。頑固と偏屈という老人特有の、あの経験病の症状からかぎりなく遠い場所で、庶民の哀感をひろいあつめて、それを職人風の芸にしたてていた人の、暗鬱な顔をみた瞬間、ああ、やはりそうだったのかと、隙間風にひんやりと顔をなぜられたような気持ちがした。

    浅草やあと幾たびの初詣

 地方の友人が俳句をはじめて、トイレに限らず、忙中の間を掠めとって、気分よくひねりだした名句を、わずかな間をおいてつぎつぎに、四十、五十と作ってはメールで送ってくる。巧い小説の書き手なのに、このご時世に抗って生きる老体には逆らえず、小説という女体とからみ合う労苦より、俳句と交わる低回の醍醐味をみつけたようだ。

大空に風の鳴る音地に芒
遠山のかすかに赤き時雨かな
この先は越後の海ぞよこしぐれ
新しき上着着てみる小春かな
憎しとも思はで殺すふゆのはえ
日をあびて遠目もしるき銀杏かな
路ゆかば吾がかたなびく枯れ尾花
冬の土手登ればちさき花に逢ふ
雑炊に落ち着く今日の寒さかな
辻へ出て踊り狂へる落葉かな
冬ばれの山肌うごく雲のかげ
熱燗に釣り合う夜の寒さかな
降る雪に柿一灯をかかげおり
尻餅をつきたる雪のつめたさよ
白鳥の身の危ふさよ頚のべて
木枯らしや天に動かぬ星ありて
目の合ふてしばし間のあり寒からす
片耳に枕きしりて冬の雨
柿剥いて一人は寂し夫婦かな
ななかまど冬の木立となりにけり

 凡人の目にはなべての句が秀抜なものと思われてならぬが、それにつけても、かくほどに整然たる俳句を放出した後の孔を、のぞき見たくなる心地さへ覚へて、滑らかなるそのはだえに口吻をしても、そは寒椿のごとき花弁乱れなく揃え、清く匂いを放つとおもわるるばかりなり。青眼に構えた目線の先にみえる冬景色には、既視感さえ耐えぬところ、いますこし狼藉の趣き願わしきところなれども、東北人の受動体での錬成はこれを赦さざるかのごときものなるかと、東男の妬みぞそぞろ卑しく、忌々しき思いぞなんつもりはべりけりけむ。返して、

東北の冬に隠るる牡丹かな
 


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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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