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河津、西伊豆温泉旅行

 河津の早咲きの桜をみたいとの去年からの家人の希望から、二月の中旬、踊り子号に乗って河津へ行った。
 あいにくの寒さで、赤色の濃い桜花は蕾のまま、ところどころに人工的に咲かせた枝がなにやら怨めしげに雨に濡れていた。観光バスも押しかけていたが、みな今年の天候を怨むしかないらしい。人工細胞を作る人間の技術は、季節の自然のうつろいまで、この遅速を時計の針を動かすように操作することはできないのだ。
 地球の温暖化で、北極海の氷りが溶け出し、白熊が餌をさがすことに苦労している光景を、最近のテレビでみたが、高度な技術工業は地球環境を逆に破壊していることを思うと、季節の循環もこうした人間の営為に関係していないはずはないように思われる。明瞭な因果関係は証明しようもないが、本能が壊れているらしい(心理学者・岸田秀学説)人間もそうした繊細な神経はもっていてもおかしくはない。
 そこで踊り子号から雨の海をみて、夏の海をみた昔が思い出された。意外に大島が近くに見えるのには驚いた。その向こうに御蔵島が浮かんでいる。下田から河津までバスで行き、渓流につぎつぎと現れる七滝を眺め歩き、バスで旅館へ着いた。私は忘れていたのだが、その旅館は川端の「伊豆の踊子」で名の通った旅館であった。一室が川端やら吉永小百合の写真で一杯であり、古い宿泊台帳には井伏鱒二や太宰治に三好達治の名前まである、小体な旅館であった。
 翌日、普通に乗り換えて下田まで戻り、下田は子ども達を連れて、夏の保養に来たところなので、ふとその頃の三人の子ども達を思い出させる懐かしいところなのだ。アメリカ大統領が泊まった「清流荘」へは二度ほど、「蓮台寺旅館」には一度来たことがあった。駅前の角にある民芸風の店はまだ残っていたが、風景は一変している。次女が天井から落ちてきた百足に指を噛まれ、泣きわめいた池のある蓮台寺の旅館はまだ健在だろうか。下田の海で海水浴をしたりプールで遊んだ清流荘はどうだろう。あれから茫々三十数年、子ども達はいまや三十代である・・・・。 
 下田からバスに揺られて松崎まで行き、そこの温泉旅館に泊まった。檜の梁を斜めに櫓に組んだ広い温泉は、主人夫婦の経営だが、旦那は山に入って出てこないそうだ。竹の炭焼きに凝っていて、女将さんの話しでは「もう妬けも焼かない」らしいのである。
 松崎の奥に大沢温泉があり、ここへ母と姉二人を連れてきたことがあった。ちかくに川があり、ちょうど桜の満開の頃で、近隣の句会の丹柵が風に吹かれていた。もう母と姉の一人はこの世の人ではない。旅館から「長八美術館」へ送ってくれた。ここは漆喰芸術の殿堂らしい。長八は左官屋だが狩野派の絵を学び、これを漆喰に使ったのだ。浅草の観音堂や家人と一度訪れた台東区の禅寺の老師が移った、むかし白隠が開山したという三島の龍沢寺にも長八の手が入っているのは知らなかった。子どもの頃によく左官屋の仕事をみたことがあるが、近頃はとんと見ることはない。松崎の港までいき珈琲を飲んで、カーネーションの展覧会場を覗きに行った。これほどの多種のカーネーションを見たのは初めてであったせいか、その花の美しさに家人と共に、うっとりとしてしばしの時を過ごした。



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kawazu1_20130301170633.jpg kawazu4.jpg
kawazu7.jpg kawazu小百合 若き吉永小百合 
  

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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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