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小橋

 河津の桜が見たいと言ったのは依子だった。学生のときに友人の別荘を訪れて、その時みた艶やかな赤い桜の花が懐かしかったのだ。
 これまでも温泉への旅行をしたことは幾度もあった。二泊目を「伊豆の踊子」で馴染みのある旅館へ杉生を誘ったのは、病気がちでとみに気弱になっていく夫を少しでも元気づけたいためであった。
 その旅館のまえには川が流れていた。両岸を小橋がかかかり、その橋を渡るとその旅館の玄関があった。
 依子がその橋のうえから、川のせせらぎに目をそそぐと、遙か向こうの空の下に天城のなだらかな山並みが望めるのだった。
「ちょっとここから向こうを見てご覧なさいよ。とてもきれい」
 杉生は依子に言われるままに、橋のまん中に立ち止まり、依子が指さす方角へ目を向けた。黄昏のほんのりとした明かりを背景に、伊豆の山々の景色が望めた。
「あの中に天城山があるんだ」
 と依子へ振り向くと、杉生は一度学生時代に、天城隧道から数人で天城山へ登ったことが思い出された。
 その旅館の玄関から川に沿う堤には、「伊豆の踊子」を記念する石碑があった。その除幕式の写真が旅館の一室に並べられていた。そこに映画の主演女優の吉永小百合の若いころの姿をみることができた。
 玄関の脇に踊り子が石の上に座った彫塑があり、廊下の階段の踊り場にこの彫塑を描いた油絵が一枚架かっていた。
 もう四十数年の昔のことだったが、大学の図書館前で杉生はこの女優を見たことがあった。冬のことでコートの襟から、子鹿のような整った横顔を見ただけだが、杉生は胸がときめくのを感じた。
 それは幸福な青春の一時だった。
 杉生は自分の六十年あまりの生涯を振り返った。
 妻の依子は遅くなって娘を一人授かった。その娘が二十歳過ぎに海で亡くなった。あんなに可愛い娘が職場の同好会に誘われて、伊豆七島の海で溺れ死んだ。あれはいまも信じられない出来事であった。その打撃は依子にも杉生にも、今もって深い傷跡を残していた。二人はその喪失感から一度心中まで考えたことがあったほどだ。その痛恨の数年を経て、漸く立ち直った頃は、既に二人とも五十の坂を下っていた。
 杉生は無事平穏な会社生活を送り、一昨年に退職した。妻の依子は絵画の趣味を深めて、いまや誰もが認める巧者になっていた。
 だが二人を襲った悲劇は、静かに伏流していた。それに耐えることがその後に生きる二人の人生に微妙な襞を描いた。
 言葉には出さないながら、杉生も依子もいずれあの世で娘に会える、そうした思いのなかで毎日を過ごしてきたはずであった。
 旅館の玄関を出て、二人は帰ろうとして橋を渡った。
依子は伊豆山系の風景を目におさめ、杉生はその小橋の中央でふと立ちどまった。
若い女の声に杉生は呼び止められたような気がしたのだ。
宿屋の玄関の方へ振り返った。
 その杉生の目のなかに、死んだ娘の横顔が、木立の葉むらを透して、幻影のように浮かびあがった。
「依子よ」と杉生は身体じゅうから絞りだす声で、妻を呼んだが川の流れる音にかき消された。
 彼女はもう悲しい昔の出来事などは忘れたかのように、向こう岸にいた。そして、見事に咲いた梅の樹を眺めながら、
「きれいに咲いた梅の樹があるわ。早くいらしてくださいよ」
と、まるで杉生の驚いた声など聞こえないとでもいう素振りである。
 杉生の足のしたを流れる小川のせせらぎには、溺れそうな小石はひとつとてもなく、その小橋を渡れば向こう岸には、寒い冬の後に来る春を告げ知らせる、自然の喜びが待ってでもいるかのように・・・・。
 



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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