FC2ブログ

映画「ヴィヨンの妻」

 先夜、映画「ヴィヨンの妻」をみた。監督は根岸吉太郎であった。原作は太宰治だ。あんな小説が映画になるものかと訝しく思われた。
「私はあなたが嫌いだ。」
 三島由紀夫は若い頃、太宰がいる宴会の席でこう面罵したそうだ。小説家は銀行員のようでなければならないと、トーマス・マンはどこかで書いていた。マンはサインを頼まれると、依頼者へサイン料を要求したという。別に現場を見たわけではないので真偽のほどは確かではない。数度、女と心中して自分だけ生き残ってしまった無頼の人生を生きていた太宰治という作家を、マンを尊敬していた三島氏が面前で痛罵したのは、痛快な場面だ。だが自決の一年前の講演の壇上から、できれば自分も太宰治さんのように心中ができればいいのだが、と受講者の女性の一人を見詰めた三島氏の眼が忘れられない。芸術家の複雑な心の機構を、三島氏ほどに通暁していた作家はいないのは、二十五歳で書いた師である川端康成の、「伊豆の踊子」から「温泉宿」「抒情歌」「禽獣」の四篇を収録した新潮文庫の解説文を読めば、畏しいほど納得がいくことだろう。
 「伊豆の踊子」への愚かしい批評への三島氏の明晰極まりない批判は、師を崇拝する若さ故の気負いだけではない、川端文学の本質を見抜く慧眼と明敏な洞察は驚くばかりである。
 今冬の芥川賞作品への選者たちの見苦しくも胡乱な選評を読んだあとの貧寒さには、すでに三島氏がその楽屋裏をすっぱ抜いた一言が思い出されるが、東北の原発から作家諸兄のあたままでが被災したのではないかと、心配になるくらいだ。
 実を申せば私も一時、太宰治の愛読者であった。歯が浮くような映画の科白にひやひやしていたが、
「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。」
 と妻(松たか子)のヒロインが言う科白に、なんとか私もホッとしたのでした。
 妻にはそう言わさせた作品「ヴィヨンの妻」を書いた太宰ですが、ご自分はご承知のとおり、昭和二十三年六月、玉川上水で女と心中して果てました。三十九歳でした。この年、太宰は自分を芥川賞から落選させたとして、川端康成へ「如是我聞」を綴り抗議しているほどです。そんな最期の年齢で、川端の作品「伊豆の踊子」と機縁のある有名な旅館に、わざわざ出かけて行くなどということはあり得るでしょうか。
 ところが、その旅館の宿泊台帳に、井伏鱒二の隣りに太宰治の名前を見たのであった。麗々しく、年齢も「三十九歳」と墨書されていたのだ。そして、その旅館にみつけた「伊豆の踊子」の三島の解説書を、偶然、読んだのだが、私がある友人と泊まった水上の旅館はこれまた太宰治が、「如是我聞」を書いた旅館なのでありました。フィクションと事実のあいだには、暗い川が流れているようです。
 映画監督の根岸吉太郎は、この作品で第三十三回モントリオール世界映画祭で最優秀監督賞を受賞しました。



関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード