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松本清張と文学

 伊藤博文が朝鮮で暗殺された1909年には、多くの作家が生まれている。太宰治、大岡昇平、埴谷雄高、中島敦、松本清張もそうである。むかし風に言うなら、最後の松本清張は大衆作家ということになる。テレビでこの松本清張の特集番組で、佐木隆三と高村薫が往復書簡を交わしていた。対談ではなかなか本音が出てこないことを知っている者の企画であろうと思われる。芸術家は嫉妬深いのである。それだけ想像力が旺盛なのであろう。
 さて、かくいう小生は、別段の清澄ファンではない。ある友達に強引に誘われて「砂の器」の映画を見たことがあった。同じ福岡県出身のこの友達には、共感するものが多々あることは分かるが、どうも、これでもか、これでもかと人間の心情的な弱点を刺激する手法には辟易しながらも、結構、面白く観た記憶がある。その他、映画「ひまわり」も同じ手口で蒲田まで連れられていった。戦争を挟んでの、男と女のどうにもならない運命が描かれていた。テーマ音楽がよかった。腰を悪くして入院しているときは、聞いたこともない「さだまさし」のテープをくれた。毎日聴いているうちに、その歌声に惹かれたことを思いだす。
 さて本題に戻ろう。清澄は四十過ぎてから、精力的に作品を書き、生涯に1000点ほどの作品を残したということだ。社会派の推理作家として確固たる地歩を築いたといえよう。テレビの往復書簡では、所詮、エンターテナーの娯楽小説作家にすぎないという見解と、日本的心性を表現しているのではという意見が披瀝されていたが、その日本的心性のなかみまでの言及は聴かれなかったのが残念であった。この意見は高村薫からでていたが、彼女の文学的な射程距離が相当にあることは、最近に読んだ「太陽を曳く馬」の出来映えはともかく、すでに証明済みと思われる。
 小生は、出世作の「或る『小倉日記』伝」を妻の蔵書に見つけ、むかし読んだことがあった。上手いと思った。だがそれ以上でも、それ以下でもなかった。「点と線」も同じであった。総じて「推理小説」というものに、さほどの興味が生まれない達なのか、いかにも精巧な玩具としか思われないのだ。それだけであった。しかし、探偵や推理小説の創始者であるあのエドガー・アラン・ポーのものは別格であるのは、そこには「詩」と「知性」の燦めきの断片が感じられたからである。残念なことに、清張先生のそれにはそうしたものはない。代わりに怨念にみちた人間が登場し、社会の矛盾と汚濁は鋭利に切り取られていた。義憤と公憤はよく看取され、それに同調しないではいられなかった。だがなにか息苦しいのである。それは読後感がよくないということとは違うなにかであった。
 先夜、世界一富豪の詩人と言われた人物が、松本清澄に関するあるエピソードを語っていた。それはあの三島由紀夫が、大手の出版社が企画した全集に、清澄を入れようとしたところ、彼を入れるなら私はおりると言ったため、ついに清澄の作品はその全集から姿を消したというのだ。三島由紀夫なる作家にとって、たった一編の松本清張の作品とも同居することができない理由があったのだろうとの想像はできた。コンプレックスやルサンチマンから生まれ落ちる文学を、三島が嫌悪したことは、三島が太宰治の文学を嫌った理由と同様である。若い頃、ニーチェに私淑した三島からすれば、それは当然な態度というしかないのであろう。「アンチ・クリスト」「反時代的考察」や「道徳の系譜」等のニーチェの著作からすれば、しごく自然な道理でもあろう。
 だが、しかしである。「松本清張批判」を書いた大岡昇平にしても、三島由紀夫にしても、今の時代とは不幸なことに疎遠でしかなくなっていることは疑いようがない事実である。貧困率が世界四位に転落した、この日本の酸鼻な状況に見合う文学として、清澄も太宰も多くの大衆の人気を博しているのは、不思議でもなんでもないことなのだ。大衆をみくびることはできない。映画「七人の侍」ではないが、最終的に現実に勝利するのはいつの時代においても、もがきながら生きている人間たちだからである。またそうでなければならないのだ。その大衆はいつも烏合の衆であることも事実であり、スペインの哲学者オルテガの「大衆の反逆」が真実を穿つ逆説の書であることも否定しえないことだ。
 飢えた子供をまえにして、文学は無力であり、アウシュヴッツの後に詩は存在し得ないとの言は、それなりの根拠があるのである。
 だがまた、しかしである。にもかかわらず、詩は、文学は存在を止めはしないということだ。99%の勝利者にもかかわらず、1%の無用な人間の作家の、思索者の魂の叫びもまた、この世に存在しなければならない根拠があるからである。
 いづれにしても、この「水惑星」の地球規模の危機をまえに、30億年の「生命記憶」をかかえた生物の種である人間の前進なくして、この青い惑星の未来はないからである。






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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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