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老人の繰り言

 生きづらい世の中になったものだ。(そんなことを嘆くのはまだ幸福だからです)。これは聞いた話しなのだけど、余所目には仲むつまじい老人夫婦だと思われた二人が、つまらないことで口喧嘩をした。ちょっとした家事のことがその原因だったらしい。女も年齢(とし)にしたがい、家事が負担になる。夫が退職後にのんびりと暮らしてなんかいたら、いまどきの妻(さい)がどんな目で夫(あいて)を見るかご存じかな。永いあいだ、毎日、痛勤電車に乗り、この社会の荒波にもまれながら、家では愚痴もこぼさずに、家族の糧を獲ってきた男が退職後に家事を、毎日、同じ仕事で習練してきた妻(さい)のように上手にやれるものじゃない。電気洗濯機をひとつ回すのだって教えてもらわなければならないのだ。(それは「イクメン」を「イケメン」と誤っているサラリーマンの男が家事を手伝おうとしなかった罰じゃないの。男は外、女は内という旧い偏見をいちども疑いもしなかった罰なのよ)。退職直後は幾度も温泉へ、仲良く行っていた夫婦にも、年金生活がいつまで続けられるのか、次第しだいに不安がもたげだしたのだろう。身体の不調で酒も飲めなくなる。飲んだってあまり旨くもなくなった。友人たちも次第に疎遠となり、心は怏々として愉しまない日々のつれづれ。それで一人部屋に隠って、本を読む生活を余儀なくされたらしい。(目は霞み、頭は朦朧としてくれば、読書も億劫なものになるわよね。昨日読んだ本の内容だってもう思い出すことができなくなる)。そんなある日、とうとうつまらない喧嘩から、二人は小狭い家に暮らしながら、話しもしなくなったんだってさ。仕方なく、値が上がりだした株取引に手を出してみたが、これまでさほどの金融取引の経験もない夫(おとこ)が、うまくやれるはずもない。(どだい家に入れていた給料がどの銀行にいくらあるか、家庭経済というものに一向に無頓着だった人が、いまの厳しい経済環境を理解できるはずはないわよ)。ようやっと老いたる男は人生というものの厳しさに気づきだし、眼前に迫ってくる「死」を予感せざる得なくなった。肉体と心の衰えに、男は自殺をさえ考えることが多くなったというのだ。(自殺は近年日本では増加の一途を辿っている現象です。―24時間以内の定義を外せばもっと多くなりますがー80人ほどが一日で亡くなっている。交通事故が多くて3,4人というところがです)。とうとう老いたる男は爆発した。それだけの力はあったのでしょう。どうしてそんなことができたのか、男自身にさえ分からなかった。いくら女だって、そろそろ、夫の機嫌をとろうとそれなりの努力はしてみていたのだって、聞きはしたけれど、後の祭りだった。二人で並んで見ていたテレビ(男は「新日本風土記」と「のど自慢」を見るのが好きだったらしい)が、突然に真っ暗になったと老いたる女(さい)は思ったと、そう言っているけれど・・・。
 老いたる夫はテーブルにあった大きな湯飲み茶碗を、テレビの画面へぶつけたのだ。五十年ちかくの結婚以来、長年、見続けてきたNHKの大河ドラマの最中だったらしい。「八重の桜」はテロにあったように粉々に砕け飛び散ってしまった。それから、老人は灯油を家中にぶちまけだした。(高齢者の犯罪が多発していると、新聞に書いてありましたが・・・・)。それから、老人はぶるぶるふるえる手で、マッチの火をつけて、そいつを放ったのだ。その小さいながら、わざわざ設計士さんに頼んで、一年半もかけて作った洒落た家は、いっぺんに火事となり灰になってしまった。家事の話しが火事となって、つまらない駄洒落で終りとなる噺だった。ごめんなさい。(・・・・・)。
 その後、夫(おとこ)の遺書らしきものが焼け跡から見つかった。これは去年の春、南房総の青木繁の「海の幸」で有名な海岸、布良の近くへ泊まった時を、思い出したらしい俳句だった。

   わが妻(さい)と布良の海みて幕の内



 上記襤褸具(ボログ)読みて、読書子より返答あり。ここにそれを添える。

   ふらふらと男幕ひく夢芝居

 いずこも同じ春のたそがれ。初老夫婦の類型的悲嘆か。
されど汝知らずや、そのかみ花も恥らう新妻と契りし言の葉もとしふるにつれ何時か色あせ、所帯やつれの影互いに鏡見るごとくなれば、情こまやかなりし言の葉のうらにいつしか鋭きとげ備わり、柔和なりし瞳に侮蔑と憎悪の色混じりて、一朝事あれば素早く夜叉の面に付け替え、女は男を威嚇するものなるを。
また知らずや、そは一夕にてかくなるにあらず、男若かりしころより、陋巷にて浮かれ騒ぎ、夢芝居にうつつぬかし、家省みる暇もなきに、女、家にて密かに爪研ぎ、やがて来たれる報復の機会を待ちしに、男職を退きただの食客になれるによりその力関係、たちまち逆転すれば、女快哉を叫びて積年の鬱憤、百層倍にても返すつもりなるを。か弱きもの、汝の名は駄目親父なり。
 吾もまさしく同類なりか。女の顔色をうかがい、爪の伸び具合を密かに推し量り、日々鬱勃と時を過ごせり。嗚呼、吾が余生あと幾ばくならん。朝に紅顔ありて夕べには白骨となる習い、そこらの坊ズの説教聞かずとも身にしみて知ることなり。吾、ささやかなる抵抗を試みるに机の上に様々なる書物積み上げ、そを読み喰らいつつ、初期認知症の脳ミソを酷使せり。一つ読んでは二つ忘れ、三つ読んでは四つ忘れ、それでも口答えもせず叩いても悲鳴もあげず涎垂らしても嫌な顔もせず枕にしても身もよじらず、ただ従順な伴侶として、最後はおまえだなと、色白、色黒、しっとり、つやつや、好みの肌を夜伽、朝伽にはべらせて老いの慰みとせり。急性、慢性金欠病も多少の肉体的苦痛も人生の薬味と思えばいかで耐えざるべき。

 貧すれば啄木想へ病むときは子規にぬかずけ平成の子等



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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