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現代の居合について(試論)

 そう遠くもないあるときのこと、日本の武道の紹介番組をテレビで見たことがあった。極真流空手を習い格闘家と知られたニコラス・ペタスが、柔道から合気道、空手、古武道、剣道などの日本の諸武道の稽古場を訪ねて、その武道の技の一端をナビゲイトするものだった。
 そのうち、箱根にある神社で居合を教えられたニコラスの顔に怪訝な表情が浮かんだ。私にはさもありなんと思わずにはいられなかった。真剣での居合稽古は一人の演武者が、仮想の敵に相対して空気を斬る音いがい聞こえるものとてない静寂のうちに行われていたのである。武道には相対する敵の身体が目の前に存在するのが当然とする固定観念が居合を前にして、ニコラスを戸惑わせたのはしごく当然のことであった。これは現代における居合の本質が、遠く奈良朝あるいは平安の初期に芽生え、戦国時代に工夫考案されて、現代に至る日本固有の歴史的・精神的な背景を知らなければ理解しがたいことであったろう。
 (財)全日本剣道連盟が発行の「新版全日本剣道連盟居合」によれば、居合の始祖は奥州出羽の国に生まれた林崎甚助重信であり、その刀法から各流派が分岐して達人たちが生まれた。やがて刀を武器とする専門の武装集団が時代を担う武士の時代は、江戸時代以降に衰退の一途を辿っていくのは、武器としての刀が銃の威力にとって替わられた軍事上の必然の成り行きであった。だが刀工たちによって洗練された文化遺産としての日本刀への崇信は、伝統的・精神的価値として日本人に脈々と伝わり現代に至り文化的な象徴となり、日本刀は「武士の魂」とまで称され武士の道義を顕現するものとなっていた。こうした背景を踏まえた新渡戸稲造は「文化的エートス」として「武士道」なる本を英文をもって世界に表し、さきの戦時期にはアメリカの社会学者・ルース・ヴェネディクト女史が「菊と刀」として、敵国の日本文化の分析の一助としたことは歴史のイロニーという以外ないものであったろう。
 明治維新からの性急な近代化は明治9年に廃刀令が出るに及び、これに反発して同年10月24日こうした政府の開明政策に反対して熊本で蜂起した神風連は、1872年肥後勤王党から保守派・攘夷主義者が分かれて結成された。神慮(「ウケヒ」の語彙の起源は「古事記」である)という神事により決起の神慮を得た太田黒伴雄、加屋霽堅を中心に170余名が熊本鎮台、県令宅、県民会議議長宅などを襲ったのは、まさしく変遷する時代への文化的な反動であったのにちがいない。だが鎮台兵の反撃にあい、太田黒、加屋らは戦死、86名は金峰山頂で自刃し、残りは捕縛されて、翌25日に反乱は鎮撫された。
 昭和43年「文化防衛論」を発表した作家の三島由紀夫は、その最後の著作「豊穣の海」四部作の第二巻「奔馬」で、この神風連の乱を取り上げているのは刀にたいする上記の文脈からでてきたものと思われる。第四巻「天人五衰」を書きあげ、昭和45年11月25日に市ヶ谷の自衛隊中央本部で日本刀(関の孫六)により割腹した三島にとって、日本の文化における日本刀の持つ意味には刮目すべきものがあったに相違ない。本格的に剣道を習い居合まで手をのばし、映画「英霊の声」を自作自演し、江戸末期に書かれた山本常朝の「葉隠」に心酔した三島には、文武両道は当為として必然的な生き方であり、死に方であったと思われる。
(だが、この三島自身が作家の武田泰淳との対談「文学は空虚か」(「文芸」昭和45年11月号)で、「文武両道」の不可能性と、日本刀への最終の感慨を吐露している)
 同じく昭和43年10月23日、政府は明治維新以来の100年を記念した「明治100年記念式典」を日本武道館において天皇、皇后の臨席の元に挙行し、賀屋興宣の音頭で万歳三唱をもって終わったが、そうした時代のうねりを機に明治維新以来の100年の近代史と、戦後40年の現代史のいずれを重視すべきかの論争が文学者のあいだで繰り広げられた。こうした歴史感や文明論は、戦中の小林秀雄やいわゆる京都学派の学者等による文芸雑誌「文学界」の座談会「近代の超克」を淵源とし、現今の憲法論議にまでつながる意味深い射程をもって、日本近代の歴史・文化・政治を通底する本質論が穿たれているものと言っても過言ではない。
 そして、奇しくも同年の(財)全日本剣道連盟京都大会において、古流の各流派を糾合しての案を披露し、翌年の44年5月に(財)全日本剣道連盟は現代の居合に7本の技を制定した。これは剣道のスポーツ化が単なる「当てっ子」に終始する弊害から、居合における真剣刀の操法を知り、手の内を習得することを主体に、剣居一体の精神をもって伝統文化の継承を目標としたことは疑いがないだろう。
 歴史家の奈良本辰也は「五輪書」の「五法の構え」について、「構えるのではなく、斬るのだと思え」という武蔵の主旨に添い「剣は敵を斬るための武器」以外のなにものでもないのだと言う(上記の三島は武田泰淳との対談の中で、「日本刀は絶対人斬り包丁だと信じている」と述べているが、これは「事件」前夜の氏の異常心理が吐露させた妄想的な至言とも言うべきものだろう)。その剣をもって、現代の居合は現実の敵の不在により、仮想敵を想定しての演武で空気を斬る以外の術はなく、やがてその姿は単なる演舞、即ち、空疎なる演技に退落する陥穽を内包するに至る。そうした内的な必然の鋭意な自省なくしては、現代の居合の浅薄な「道」を説くことは無意味であり、その正鵠を穿つ言葉の発見にいたることは甚だ難しかろうと思われる。
 これと同様な実情が、1980年代の文芸に現れるに及んで、鋭利な批評家でありまた劇作家であった福田恒存は、現代文学への訣別となる批評において、つぎの一文を書き付けたのであった。
 「現代の作家たちが直面しているかのごときディレンマは、遠く半世紀前における近代日本文学の発想に窺いうるものであり、のみならずずっと今日に至るまで近代日本文学の主題として把捉しうるものあるといえよう」
 また新しくは、一昨年に物故した思想の巨人あるいわ剣豪とも崇拝された批評家の「言語にとって美とは何か」なる言語論の概念を援用するならば、そこに「自己表出」はあっても「指示表出」が欠落していることは明らかと言わねばならないだろう。さらに、この批評家と並び評されたもう一人の批評家の言辞に照応させるなら、「他者」がいないということになるのであり、文学であればそこに「詩」はあっても「散文」になっていないという批判が生まれるにちがいないのだ。元来、他者なる「敵」とは剣呑なものである。小説の文体を論じ、勝海舟の思想と行動を瞥見し、「みんな敵がいい」と言い放ったこの批評家が、遂には自裁して果てたのは、健康の故ばかりではなく、その抱懐した思想の運命に殉じたとも見えなくはない。
 他者の不在はあたかも鏡に映った自己に等しく、その像を見る視線はやはり自己の中にあるしかない。宮本武蔵の「五輪書」は、「実の道」において鍛錬した武蔵の経験の収斂した果実であるが故に、そこには現代の居合道が学ぶことの尽きぬものがある。現代の居合に問われている序破急、緩急、呼吸、間とは、「五輪書」で武蔵が説く拍子なるものに呼応し、平仄の合うものではなかろうか。
 「惣而(そうじて)兵法の身におゐて、常の身を兵法の身とし、兵法の身をつねの身とする事肝要也」(五輪書・水の巻)。武蔵のいう「実の道」とはこうしたものだが、「刀と身体が融合して、何かまったく新しいひとつの運動が、運動感覚が創りだされなくてはならない」と小林秀雄の「実用主義」を敷衍してのプラグマチズムをここに呼び寄せる論まで現れてくるのは当然の成り行きであろう。
 先夕、東大からフランスのパリ大学へ政府給費留学生として赴き、フランスで三段に昇格し一時帰国した青年の演武を見た。私はそのエレガントとしか形容しようのない技をそこに見てある感心を覚えたが、いかにもフランス仕込みの日本武道の影をそこに見たような気がしないではなかった。また、その演武にはただ一人の「敵」の気配すらもないとの至言ともいえる厳しい指摘もあり、これはまた傾聴にあたいする現代の居合の実態を明示するものとして悟らせられるものがあった。なぜなら、ここにこそ現代の居合の最大の難問(アポリア)があるからである。想像で描かれねばならない「敵」とは、古来からの武術としては通常の意味合いでは矛盾いがいのなにものでもないではなかろうか。これは私も少しばかり体験した中国における現代の太極拳も同様なのことであろうと想像された。
 すこしく脇道の逸れたきらいはなくはないが、現代の日本の武道としての居合道が、気剣体の一致による「美」の完遂にあることは、永遠に曉望しなければならない理想の形姿であることには間違いはなかろう。そして、さらに踏み込んで言えば、現代の居合はもはや普通の意味での武道とは異なる、なにか別のものに変容しているといった方がいいのかも知れないのだ。敵を仮想するしかない武道は限りもない仮構と内面化に晒される宿命を背負うことを余儀なくされるからである。制定居合における一挙手一動への細かい配慮は、逆説としての武道のかたちを維持貫徹するために必要不可欠な掣肘以外のなにものでもないだろう。幾つかの古流がこれを補完するものとして細い命脈を保っているが、不在でしかない敵は、やがては緩慢なる形骸化の宿命は免れないにちがいないのだ。
 18世紀の欧州に生まれたルソーの「自然人」なる思想は、やがて「社会契約論」として結実したが、そうしたルソーの平和へのパトスは、カントによる精密なる論理化により「純粋理性批判」として鍛えられ、「永遠平和」として哲学的な基礎付けを得た一方、19世紀の帝国主義の攻勢、国民国家の成立、列強の植民地争奪戦の高波は、ついに20世紀の二度の大戦となり総力戦の度を拡大した。ここにおいて、「平家物語」さえも生んだ伝統としての「武」の思想は国家に編纂されていったと言っていいだろう。そして、「平和」はかろうじて国際連合なる機関による調整に担保されているのが現下の情勢なのである。
 1896年、フランス人のフェドリック・ピエール・クーベルタン男爵により創設された近代の祭典オリンピックは、「武」のスポーツ化を促し、勝敗よりも「参加」の意義を称揚するものであったが、日本の武道としてこの国際的な競技に選ばれているのは、「柔道」のみであり「剣道」さえ加えられてはいないのは周知のことだろう。ましてや、現代の居合はこの埒外なのは、明々白々の事実である。その「柔道」に目を転じても勝敗にこだわる余り、その競技の拙さは目を背けさせるものに堕落しているではないか。真剣をもって敵に対峙する「型」を現代に伝えようとする現代の居合の意義は那辺に存在するのであるか。これを広く深い視野から塾考しないかぎり、現代の居合は偏狭なるナショナリズムに固まるほかはないのだ。ここにおいて、日本の居合の指導者に課せられた責務は、せめて日本の伝統のなかにこれを正当に位置づけ、以て日本の伝統文化としての居合道を守り抜くことではあるまいか。
 ここにおいて、全剣連が発行した制定12本を解説した教化冊子において、「神座」からの後退があるときは左足、あるときは右足となっていることに注意を喚起しておきたい。作法や礼を大事とする居合におけるこうした混乱は、単なる誤植であるはずはないだろう。「神座」とはもとより「神道」の祭祀から由来するものであろうが、1945年(昭和20年)のGHQによる「神道指令」の「国家神道」の解体においても、宮中祭祀はは政治的配慮をもって残存したはずであり、教化冊子は例え鍵括弧を施したとしても、神道の祭祀を踏まえているはずのものである。こうした混乱は戦後文化においては残念ではあるが不思議なことではない。しかしながら、作法を重視する「居合道」の教化本にはあるまじきことと拝察するところである。
 最後に「五輪書」とほとんど同時期に「兵法家伝書」を書き、徳川家の指南役であった柳生宗矩のつぎなることばは、現代の居合道の本質に嚮導するものとして揚言しておきたいものなのである。また、この柳生宗矩を教導した沢庵宗彭をも看過すべきではないことは言うまでもない。

   われは人に勝つ道を知らず  われに勝つ道を知る 



(参考:註)
 1.「全日本剣道連盟居合(解説)」(財)全日本剣道連盟
 2.「神風連とその時代」渡辺京二
 3.「国家なる幻影 わが政治への反回想」石原慎太郎
 4.「言語にとって美とは何か」吉本隆明
 5.「作家は行動する」「海舟余波」江藤淳
 6.「文化防衛論」「豊穣の海」四部作 「源泉の感情」三島由紀夫
 7.「作家の態度」福田恒存
 8.「私の人生観」小林秀雄
 9.「宮本武蔵 剣と思想」前田英樹
 10.「五輪書入門」奈良本辰也
 11.「兵法家伝書」柳生宗矩
 12.「不動智神妙録」「玲瓏集」「太阿記」沢庵宗彭
 13.「剣と禅」大森曹玄
 14.「剣と禅のこころ」佐江衆一
 15.「剣禅話」山岡鉄舟
 16. 「剣の精神誌」甲野善紀  
 17.「純粋理性批判」「永遠の平和のために」エマニュエル・カント
 18.「社会契約論」ジャン=ジャック・ルソー
 19.「国家神道と日本人」島薗進




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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