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梅雨小感

 偶々、昨日は作家太宰治の命日にあたる桜桃忌であった。
 夜、ヴェランダに出てみると、春の雨がやさしい音を響かせて地上に降リそそいでいる。遠くにそそり立つマンションの常夜灯が、闇の空に煌々と光っている。じっと眺めていると、その灯りの中に闇がみえ、まわりをつつむ闇の中に光りをみる妙な透明な気分に押されるように、私は夜の風景を眺めつづけた。そうしていると見えるものが霞み、見えないものが見えてくる、そんな気持ちになる。
 午後遅く、久しぶりにプールで泳ごうと支度をして、自転車に跨がって行ってみると、個人が泳げる時間帯ではなかった。諦めて引き返して茶店で本を読むことにした。事新しいことが書かれているわけではないが、「永続敗戦論-戦後日本の核心」(白井聡)というタイトルを持つその本は、これまで見たり聞いたりしてきた日本のトピックスが整理整頓されて分析し考察されていた。どれひとつ取っても重たいテーマを、著者は正面からぶつかっていく。あまり重たいので胃が痛くなるほどだ。一度さらりと読んだが、どうにも気になってまた再読しようとしたのである。この東アジアの縁に弓形に曲がったこの日本列島には、いつからかどうにもならない屈折した宿痾が孕まれたようだが、それとは対照的に周知のように国旗の日の丸は単純きわまるものだ。
 著者によれば、日本は戦後から今まで、さきの戦争に負けたことを受け入れられない心性があるとのことで、それが桎梏になっている事実を、はっきりと論証し明示している。ここまで詰められると、なにか息苦しい思いで、目を背けたくなるが、著者の精緻な論考にある異常なまでの切実さには寄り切られざる得ないものがある。
 特に、第二章「戦後の終わり」を告げるもの-対外関係の諸問題の「領土問題の本質」の「北朝鮮問題に見える永続敗戦」には、胸を突かれる思いがしたのだ。
 02年の国交正常化にむけた「日朝平壌宣言」以来の日朝交渉は日本にとって、戦後初めての「自主外交」の試みであったにもかかわらず、これ以降、日朝交渉の進展がみられず現在に至っている経緯を著者は子細に吟味して振り返り、日本側が敗戦の事実と向き合おうとしない「敗戦の否認」、すなわち「永続敗戦」の構造を見ようとして、「かくして、われわれは逆説をはらんだ両義的な歴史的時点に立っている」との認識を示すのである。
 私はその余りに鋭角的な論証に基づく著書に賛辞を覚えながらも、正直にいってすこしく辟易たる気分を感ぜずにはいられなかっった。金日正が、小泉が突然に訪朝して結んだ「宣言」で約したとされる密約「過去を水に流す」をまるで無かったかのように、蒸し返したさいに金日正が漏らしたとされる「小泉は男らしくない」と言ったということばには、ふと袖を取られた。先夜にみた映画「わたしのグランパ」に出てきた刑務所帰りの初老の中学生の少女の祖父(菅原文太)なる人物をふと思い出したからだ。この祖父はバブル時代に、地上げ屋の暴力団に、脅され挙げ句の果て家を放火されて殺されてしまった友人に憤激して仇敵を討って12年だかの刑に服して出所するのだが、こんどはその者たちに狙われる羽目となる。最後は河で溺れている子供の命を助けて、自分は亡くなってしまう少女の祖父は文字通り「男らしい」人間だ。だが、妻(波乃久里子)からは顔を背けられ、薄情に突き放されているうえ、娑婆の世の荒れ果てた世の変わりように「死にたい」といっていたと「わたし」は、グランパが亡くなった川岸で、彷彿と自分の祖父を思い出すのだ。河に沈みながら、この世へ「あばよ」と両手だしてふっていた「グランパ」の最期の姿をだ。この「グランパ」なる初老の男は、まるで「戦後」に復員して故国へ帰ってきた男のようにみられなくもない。
 本題に戻るが、この本を書いた動機にもなった、著者の語る三つのエピソードはどれも興味ふかいものだが、新宿裏の横町の酒場でのエピソードがとても面白かったのは、日本の国民感情がここにはからずもみられたからである。この世の流れにあらがうこともできない庶民は、流れに浮かぶうたかたのように生きて死んでいくしかないのである。著者も「わたしのグランパ」と同じように、どうにも胸に閊える義憤により、この鋭利ともいえる論文を書いたのかも知れないが、作家の太宰治というしがない作家にはそうした庶民に寄り添うしかない小説家の宿命からか、梅雨の激しい玉川上水で一人の女と心中して、39歳の生涯を終えたものだと思われる。




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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