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「高村光太郎」(吉本隆明)

 若年期から四十代中半に亘って、吉本隆明が書きつづけた「高村光太郎」の論考には瞠目すべきものがある。
 私は講談社の文芸文庫の「高村光太郎」を、以前から手にしながらこの夏、ようやく読了してみて改めてそう感じたのだ。ここには、詩人から批評家に転じていった吉本隆明の余人には窺い知れない暗部が、原石のまま眠っているかのようだ。それは私たちが詩人の高村光太郎に抱いていた像、特に「智恵子抄」へのイメージを粉砕する起爆力を蔵していると思われるからだ。
  ここには吉本が戦時中に国に命を捧げてもいいと、一心に考えていた皇国青年であったことと関連するものだ。多くの吉本論はあるが、吉本のこの「高村光太郎」を正面から精密に論じた評論は意外に少ないのではないかと推察される。
 いまはそのほんの断片を取り出してみることにする。
この文庫にある、春秋社版「高村光太郎選集」解題の章中に、「成熟について」というタイトルの文章がある。ここで高村という彫刻家の成熟期に仮託して、吉本が戦前戦後を通じて青年期から壮年期にかけて、強い内省を経ての言説がちりばめられている。それを他人に伝えるには容易なことではない。
 最初につぎのような吉本の文章を引用することから始めてさせてもらうことにする。
「ひとはなぜ成熟し老年になり、やがて死ぬのだろうか? こういう問いにたいする唯一のこたえは、ひとはかれが青春時代に予想さえもしなかった負荷をみずからに課し、その負荷を放りだして息をつく時間を絶対にもちえないように出来上がっているからだということである。これ以外のこたえはみつけられそうもない。ただ、幾らかごまかしを利かせるかどうかによってしか相違はあらわれないはずだ。」
 実に「個性的」な文章である。それは、ある特別な個性にしか訪れようのない内的な事情を吉本は語ろうとしているからだ。順序が逆になるがこの文章の前のほうの部分からの引用を追記させていただくことにしよう。
「成熟はどんな芸術家にとっても、どんな生活者にとっても逆説的にしかやってこない。高村にとっても例外的ではなかった。かれが、じぶんの彫刻は世界の彫刻界に一つの位置を占めうるはずだという自信をもつにいたったとき、かれの生活は物質的にも<関係>としてもほとんど危ない断崖にさしかかっていた。」
 ここで<関係>という独特な用語が使われているが、柵(しがらみ)というような意味と理解してもらえば、ほぼ間違いはないだろう。私がこの言葉をしったのは棟方志功の書からであった。たぶんに仏教的な含意があることばだが、吉本はこれを<関係>という語に抽象化しているだけだ。
 吉本は最初の引用の後に、三人の作家の「成熟」についての文章を取り上げている。太宰治の「老年」、芥川龍之介の「夏目先生」、小林秀雄の「年齢」である。これらの三人がこの問題をとりあげているのは、この三人も一様に自ら成熟につきあたっていたからである。
「おもうに成熟とはどうしようもなく訪れてくる<自然>である。(中略)この意味で成熟はかならず個性的にやってくる。かれの成熟をたれか他の人間の成熟とおきかえることはできない。からがたえてきた膂力のすべてをあげて成熟に応じなければならない。そうでなければかれは生理的にか、思想的にか、心的にか、破滅するよりほか仕方がないのだ。ここに成熟がいわば固有の骨相をあらわにしてくる理由がある。」
 これらの文章が書かれた時期は、吉本自身が述べているように、「言語にとって美とはなにか」と「心的現象論」を書き上げ、「世界の文学と思想と哲学の現状にひとつの位置を要求しうるはずだという自信をもっている」と自分に言いえた吉本の「成熟」の真っ最中であった。少しばかりのパセティックな論調は大目に見なければならないのだろう。
「わたしが息を吹きかければこの世界は凍る、しかるがゆえにわたしは文学の歴史にしたがって書き、生活の歴史にしたがって生きているにすぎないかという虚偽の意識を覚えるのはなぜだろうか?」
 なぜか、それは吉本自身にも分りようはない。虚偽には吉本の含羞に触れている。このとき、吉本はひとり断崖の上で戦慄していたに相違ないのだ。太宰の「恍惚と不安」に似ていたのだろう。
「成熟のゆえの逆接」としか表現しようのないこの地点から、高村光太郎をみればつぎのように言う以外ないのである。
「わたしのみるところでは、高村光太郎の成熟の悲劇は、まず長沼智恵子との結婚生活の危機となってあらわれた。」
 そして、光太郎の結婚生活は、彼のひとり角力ではなかったのか。なんという逆説的な悲劇であったことだろうかと。さきに出てきた<負荷>を背負ってしまった個性にしか、こうした<逆説的な悲劇>を自覚することはないだろう。こうした屈折した<悲劇>などは透過しても、吉本が独力で透視ししようとしていたのは、つまらぬ詠嘆なんかではどうにもならない「近代日本における芸術達成の基本的な構造」なのであったのだから。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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