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日本刀 源清麿

 俗銘「四谷正宗」の名刀を根津美術館へ見に行った。なぜか全身が疲弊した。名刀には人の魂を吸い取るそんな妖力がなにかあるのだろうか。「村正」には妙な厄が及ぶというが、鎌倉の「正宗」にあやかり新々刀の「正宗」と呼ばれた名刀にそんな妖力があろうとも思われない。
 天才的な刀工の正式な名は「源清麿」という。文化十年(一八一三)、信州小諸に生まれた彼の刀工銘は、一貫斎やら秀壽や源正行というように色々と変遷したが、江戸の四谷に居を定めてからの銘は「源清麿」と決まったようだ。天保二年(一八三一)に一時、江戸の松代藩江戸屋敷の剣術師範、後に幕府の講武所頭取となった窪田清音の元で研鑚をつんだ。清音はここで清麿の非凡な刀工の技を認めたらしい。天保十三年には、長州萩藩へ行って鍛刀し、この時に備前の華やかな丁子の刃文を焼く技術を会得し、再び江戸に戻った。
 今年は生誕200年を記念し、18歳の処女作から42歳で自刃するまでの24年間に作られた大小脇差、槍に薙刀の名刀57口を一堂に会されたとのことである。先日、逝去した作家の山本兼一氏は、謎の自刃を遂げた清麿を小説『おれは清麿』(祥伝社)』で取り上げているらしい。表参道まで行って実作の刀を見た以上、小説など読みたいとは思わないが、「源正行」なる銘を彫った弘化二年八月日の、二尺八寸九分の長尺の刀の佇まいは実に素晴らしいものであった。カタログの表現を引用させてもらえば、
「鍛えは板目、流れ肌を交え地景良く入り強く、刃文は広い平地に彼の焼き刃の技量を遺憾なく発揮している。互の目に丁子を交えそれぞれが盛んに変化し一部島刃状となり、金筋は殊に輝き強く長く刃文から刃文へと所狭しと幾重にも入る。所々焼き頭に沸き筋が走り、帽子は乱れ込み掃きかけ、鋭く尖って返り覇気に満ちている。茎の鑢掛け、銘文の鑿運びには既に迷いのかけらも見られない。(中略)人間的にも一皮むけた所を見せる会心の一振である。いよいよ四谷正宗と呼ばれる黄金時代に向かって、その賞賛にふさわしい心・技・体を習熟したと言えよう。」
 刀剣鑑賞の独特な詞づかいは素人には戸惑われる向きもあろうが、刃先からなかごまで優美な反りを張った鋭い刀剣を目にすれば、それで充分であろうと思われる。
 同カタログにある渡邉妙子さんの「源清麿と地鉄(じがね)」の一文には、
「清麿を指導した兄真雄や窪田清音は、古名刀を模範とするよう彼を指導した。清麿の目は古名刀の澄んだ潤いのある地鉄を確実にとれえたのであろう。その地鉄は、強さと潤いのある柔らかさとを併せ持っているように思える。凛とした鉄味であり、この凛々しさに人々は相州伝を創出した正宗の名を冠して「四谷正宗」と呼んだ。(中略)以上の真雄の筆録によれば、清麿は日本刀が鎮護の重器であることの根本精神を兄から伝授されていたと思われる。」
 「鎮護の重器」としての日本刀は、日本古代より「三種の神器」としての祭祀のうちに現にあり、天皇皇后両妃殿下が伊勢神宮への参拝のときに携行する「剣璽御動座」は、74年から再開されたとのことである(「国家神道と日本人」(島薗進 2010年岩波書店)。
 源清麿が新々刀のうちでの評価が高いのはもちろん実践に向いていることもあろうが、彼が鍛刀した刀剣が一見の価値があるのにはそれにとどまらない魅力があるからであろう。
 明治9年の「廃刀令」に武士の尊厳を傷つけられ者たちによる「神風連の乱」は当ブログで既述したところだが、明治33年に「本邦には天国以来の鍛冶の伝統があるのに、廃刀令に逢い僅か30年の間に海内の鍛工が零落離散し、研師、鞘師、柄巻師も含めて継承する者がいない。我国固有の宝器独特の妙技を保存する趣旨で本会をつくる」として『中央刀剣会』が発足した。発起人は岩崎弥之助等12名の政財界、軍人、旧大名、学者などの、錚々たる人物が加わり、事務局本部は東京九段の遊就館におかれ、『刀剣会誌』が発行された。(中略)明治という時代には、刀剣の趣味があることは、知性教養があることと社会的に認められていたのである」(「日本刀」小笠原信夫 2007年文芸春秋社)
 因みに、この「日本刀」の本は先日、文化勲章を受章された高倉健氏が推薦するもので、上記の12名のうちに、一木喜徳郎の名前を見たとき、私は単に驚くだけではなく、その奇しき縁の不思議さに胸がときめいた。この御仁は私の幼年時代に私を愛しんでくれた懐かしい祖母を思い出させたのだ。祖母の旧姓は岡田といい、静岡県掛川市倉見村で生まれた。そして、本家の岡田良一郎は二宮尊徳の高弟であり、喜徳郎はその次男から養子にでて姓は一木となり、大隈重信の内閣で兄の良一の文部大臣に継いで、枢密院議長から宮内大臣へ、そして、2・26事件の一時には、昭和天皇から内務大臣を拝命された人物だったからだ・・・。
 さて、それはともかくとして、この本の冒頭につぎのような一文がみえる。
「刀剣を崇めること、貴ぶこと、象徴としたことなど、いずれも大切にされる要因であり、やはり日本刀は日本人の精神文化の中で大きな役割を担って来たということは忘れられない」
 現在、東京都武道館において、全剣連主催の居合道大会が開催されているが、この全日本剣道連盟が発行する冊子において、居合における作法として「神座」への礼法が明記され、恭しい刀礼が行われているのは、刀剣が依然敬われ、貴ばれる性格を、現在においても持っていることを示しているのであろう。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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