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私も「失望」した

 先日、新聞紙上に大江健三郎が敗戦後にもたらされた「戦後の精神」をいま一度確認する趣旨の談話が発表されました。大江氏は、明治の乃木希典の殉死の報に接し、夏目漱石が小説「こころ」を書き「明治の精神」の終焉を描いた作家態度を顧みるように、現在の政治状況における「戦後の精神」を想起しています。戦争後に生まれた「平和憲法」と呼ばれる「日本国憲法」に盛られた「平和と民主主義」が、現在、危機を迎えていることを大江氏は憂慮しています。2012年の「3.11」以来、原発問題への対応をかかえながら、この国は重要な外交課題に直面するに至っています。即ち、中国と韓国との関係の悪化。そこにもう一つ、米国との安全保障とTPP交渉をめぐる、米国との関係が加わりました。
 1990年代から、私はいずれ日本が憲法改正論議で二つに割れることを予期していました。大江氏は世論調査の動向をみて一抹の安堵をしているようですが、この国の国民の精神は戦前と比較して変質を遂げているとは思われないのです。現在の政権の発足により、戦後のレジームからの脱却を図るという安倍政権の意気ごみは評価すべき面もあると思われますが、同時に、これにより内外の政治経済状況は急激に変化をしています。日本人は一部の権力者の暴走に、マスコミも含めなびいていく傾向は戦後になっても本質的に変化をしていないと、考えざるを得ません。上記の諸問題だけではありません。地球規模での「温暖化」という環境問題が、全地球の上にじんわりとのしかかっている。海洋国家のこの国の影響は相当程度あるものと覚悟しなければならないでしょう。
 以前に私が試みた戦後論の一つに、日本の近代の歴史を、明治維新以前の連綿たる歴史から見るのか、それとも1945年の戦後以降からの歴史に見るのか、そのどちらを重きを置くかで、大江と江藤淳との論争が過去にありました。そこから、私の「戦後私論」は「谷崎潤一郎をめぐって」という副題が添えて、その序論だけで中断しています。その序論の冒頭は中村光夫の「三島事件」への言及から始め、途中に、小林と江藤との対談に触れたことがありました。この対談では、「三島事件」を「病気としか思えない」という江藤に、小林秀雄は大塩平八郎の乱を引き合いに、日本には幾らでもあることで、「君は日本の歴史を病気というのか」という江藤への激しい反論でありました。
 ここで、同じ新聞紙上の四月11日に掲載された加藤典洋のオピニオンでの掲載記事を、私が紹介させてもらうのは、前述した私の「戦後私論」が1995年に発表された加藤の「敗戦後論」読後の衝撃に端を発したものだからです。私は加藤の批評を、当初から持続的に追いかけて来ました。最初の批評である「批評へ」の「新旧論」は後の批評活動の萌芽が見られますし、江藤淳の戦後論に触発された「アメリカの影」から「敗戦後論」へは加藤の批評精神の持続から導き出されたものです(また、この影響下に「永続敗戦論」(白井聡)が最近に書かれたことは先のブログで紹介したところです)。
 それでは新聞掲載の加藤の主張とは何か。それは以前からの提言と変わりはありません。即ち、敗戦によって背負った「ねじれ」に日本は正面から向き合うべきだという内容です。この「ねじれ」は三つあると加藤は以下のように言っています。
 第一は、敗戦の事実から逃げ、民主主義の価値を信ずる限り、「日本は間違った悪い戦争をした」と認めることで、その悪い戦争で亡くなった自国民をどう追悼するかという課題への解決策を見いだせないまま、現在に至っている。
 第二は、ねじれ憲法問題です。現憲法は明らかに米国から押し付けられたものだが、その中身は素晴らしい。押し付けられた憲法をどうやって選び直し、自分たちのものにするかを、護憲派もこの難題に向き合うことを避けた結果、現憲法は政治の根幹として機能していない。
 第三は、天皇の戦争責任で、昭和天皇と戦争は多くの考慮すべき事情はあるにしても、戦争の道義的な責任はあり、存命中にそれについて発言すべきだった。それがなかった故に、戦後の多くの政治家は「自分たちも戦争責任を真剣に考える必要はない」と居直り、戦争で苦しんだ人々の思いを受け止める倫理観を麻痺させてしまった。(ここで1975年11月1日、訪米からの帰国後、昭和天皇が「戦争責任」を一記者から尋ねられた際に、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないのでよくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます」と応えたことを思い出しておくことも悪くはないだろう)
 これらの三つのねじれが、現在の課題に直結している。第一のねじれは靖国神社参拝であり、第二のねじれは集団的自衛権をめぐる憲法解釈の見直し、そして第三のねじれが従軍慰安婦問題だと指摘しています。これは「個人が受けた苦しみや屈辱に国家がどう応えるか」という普遍的な問題で、世界に通用することだと。
 日本が本当の意味で東アジア諸国に謝罪したと言えるのは、従軍慰安婦に関する1993年の河野官房長官談話、侵略戦争と認めた95年の村山首相談話とそれを継承した小泉首相談話くらいだが、近年、これまで築いてきたこうした信用を自ら掘り崩してきた。自らが生きる東アジアでの関係を築けない以上、米国との関係に依存するしかないが、その米国に「失望した」と言われたとたん、世界で孤立してしまう。同じ敗戦国のドイツが謝罪を繰り返し、EUでの中心的な役割を担っているのとはあまりに対照的だ。いまや、政治家だけではなく、日本社会全体が苦しむ人への想像力と判断力が弱くなっていることを危惧する。
 以上が加藤典洋のこの4月11日の見解です。加藤は13年1月岩波書店刊行の「ふたつの講演」と題する単行本で、「いま、産業社会システムが三つの『無限性』の臨界に達そうとして、世界は危機的状態にある、というのであれば、それにどう立ち向かうのかの考察を、人間にとって、一番大切なことは何か、という起点の問いからはじめ、あるときには、『戦後』から遠く離れて考えるべきであるように、マルクスからもカントからも離れ、独立して、現実を前に、ひたすら先入見を排して考えていくべきなのでしょうか。・・・戦後から世界へ。私たちは具体的なところから、順序を踏んで、遠くへ進むのですが、そのためには、自分のモチーフをシンプルに鍛える必要があります」と加藤にしては、たどたどしい文章を発表していました。そして、1年少しを経た現時点での加藤の意見が上記の談話なのです。誠に失礼ではあるが、加藤も年老いてきたなと私は失望したのでした。或るいは、3.11がボディーブロウのように効いているのかも知れません。しかし私には肩すかしをくらった気持ちはいがめません。上記の「ねじれ」の考察は既に、以前に述べられていることを反復したものであることは仕方がないとしても、さらにアクチュアリティーのある鋭利な考察を持った今の意見を待ち望んでいた私は、失望せざるを得なかったのでした。これが現在の彼のオピニオンなのか、これでは現在に進行する現実のスピードに抵抗できないのではないか。以前の加藤からするとなにか弱々しい印象しか持てないのが残念でした。参考までに付記しておきたいのは、「進展するグロバリゼーションはいずれ国民国家を後退させ、将来は金持ちと貧乏人との二つの地域に世界は凄然と色分けされるであろう」と内田樹が言っています(「一神教と国家」集英社新書)。
 私の「戦後私論」は、前述した大江と江藤の論争のすこし前に死去した「大谷崎」と呼ばれた作家の谷崎潤一郎が、先の戦争に抵抗するかのように「細雪」を書き継ぎ、昭和10年9月から16年7月までは、「源氏物語」の現代語訳に取り組んでいたこの作家にとって、先の戦争はどのような影を彼の作家人生に齎していたのか、或は、もしなんの影も落とすこともなかったとすれば、それはどういう意味合いを文化的にもっているかを、作家の内面の裏側から探ろうとするものでありました。三島は自決の前年に「文化防衛論」を発表しましたが、谷崎は80歳まで生き抜き旺盛な作家活動を全開して旅だったのです。谷崎が戦中において、「紅旗西戌ワガコトニ非ズ」との藤原定家の遺志を内心に秘めた芸術的抵抗は、日本文化の特質を述べた「陰影礼賛」における「われわれにだけ課せられた損は永久に背負っていくものと覚悟しなければならなぬ」との強い認識を踏まえての志向であったことを、忘れるべきではないでありましょう。
 過日、私はテレビの高校生向けの歴史の教養番組で日本と中国の外交をめぐる「古代史」をみました。そこでは、列島の内乱状態を平定した女王卑弥呼は、漢、蜀、魏の中国三国に、朝鮮を含めた勢力争いに冷静に見守りつつ、巧みな外交戦術を展開していたのでした。そして、なぜ西欧文明と同じようにアジア文明が誕生しなかった理由として、アジアの各国が自国中心の「民族主義」がその原因であるとのことが示唆されていたのでした。
 先のあの大戦も資源をもたない日本が米英の経済制裁からの活路を求めてのものでしたが、日本古代においても鉄を求めての「資源外交」を女王卑弥呼は展開したとのことです。なぜなら日本が砂鉄から鉄を作る技術ができたのは6世紀を待たねばならなかったからです。そして、私は最後に戦後日本を代表する東洋史学者であった宮崎市定の「アジア史概説」の末尾から引用をしてこの一文を終わりたいのです。
「自然の資源の少ない日本においては、モラルの資源を愛護することを知らなければ、表面的にはどんなに経済成長を遂げようとも、見かけ倒しのその繁栄はけっして長くつづくものではない。いわゆる経済の高度成長も、短期間で達成できたものは短期間で失い易いと覚悟しなければならない」(1987年「中公文庫」)
 この宮崎の予感どおり、約数年を経て「バブル経済」は終息しました。当時の日本人の狂態ぶりはいま思い起こしても噴飯ものとしか表現できないでありましょう。
 最近の世情をみるに、これは日本に限らずあらゆる分野において、「モラル」の荒廃と劣化は見るに忍びないものがあるのではないでしょうか。世界中の人々が浮足だち、精神の「逆走」状態を起こしているとしか思えない諸事件の頻発がみられるのです。「東洋の理想」を書いた岡倉天心は「アジアの簡素な生活が、今日蒸気と電気とが定めたところのヨーロッパとのきわだつ対照を恥とする必要は豪もない」とその著書の冒頭で述べていました。スマホや携帯を手から離さず、路上を歩き自転車を走らせながら耳に押し当てている情報機器の普及は、コンピューターも含めてその技術の進歩は、凄まじいものがありますが、こうした情報機器の過度な利用によって、平常心を失いつつある文明がどのような未来の到来を見せてくれるのか、私は不安と楽観が相半場する心境を吐露せざる得ないのです。そして、ここに原発の問題を入れるとどうにも落ち着かない気分に襲われることを申し上げねばならないでしょう。
 私はこの残り少ない人生を、忙しなく生きることはしたくもないので、大谷崎が関東大震災と先の大戦時に範を示したように、大きな自然の呼吸をして、日々の日常を過ごしていきたいと思うのであります。参禅しての駄句を一句。

      禅寺や 恋する猫の 声さやか
 


    DSC03924.jpg 「源氏物語」谷崎潤一郎訳


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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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