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童話「お母さん」

 ぼくにはお母さんがいないのだろうか。ぼくは「みにくいアヒルの子」という童話を借りて読んだことがある。いまでも一番好きな童話だ。ぼくのほんとうのお母さんは、アヒルではなく美しい白鳥だったのだからね。ああ、なんという幸せだろう! ぼくは「アヒルの子」ではなかったのだ。「さようなら、アヒルさん!」、ぼくは池にうつる白い羽根をみて言いました。でもほうとうの家族に会えたぼくは、幸せになれたのだろうか。そのあとのことは本にはなにも書いていないのでわからない。
 ぼくがまだ小さいとき、ぼくを抱いているお母さんはいつも、かたくこわい顔をしていた。だからぼくは笑った子供の写真が一枚もない。でもぼくのお婆ちゃんはいつもぼくにやさしくしてくれた。それでぼくはお婆ちゃんの膝に寄り添って育つような子になってしまった。
 お母さんがこわい顔をしていたのは、戦争があったためかもしれない。お母さんは都会から昔育った田舎へ疎開して、ひとの家を借りてぼくと弟を産み、全部で五人の子供を育てるのに、いろいろな苦労をしたり我慢をしなければならなかったせいにちがいない。赤ん坊のぼくは世話のやけない子だったらしい。背中を軽く叩いているとそのまま、すやすやと眠ってとてもおとなしい赤ん坊だったと、ぼくはお母さんが言うのを耳にしたことがあった。
 すこし大きくなってから、ぼくは一番上のお姉さんにおんぶをされて、町のお祭りを見に行ったことがある。ぼくは金色に光ったお神輿が大好きで、そのお神輿のあとを追って、いつまでもお姉さんの背中にいたまま、とうとうその背中でおしっこをしてしまったらしいのだ。お姉さんの背中はぼくのおしっこでびしょびしょになって、そのうえ腰が痛くなるやらでお姉さんはさんざんな目にあったらしい。お姉さんのお尻がでっちりで鳩胸になってしまったのは、ぼくを長いあいだおんぶをしたからだと、大きくなってからお姉さんは、みんなにぼくのせいだと言っていたけれど、ぼくはよくおぼえていない。
 小学校へ上がったとき、お母さんは「ろくまくえん」という病気でいつも部屋の畳にひいた布団に伏せっていた。背の高い白衣の男のお医者さんが、部屋で寝ていたお母さんのところへやってきた。そのときのお母さんの顔はとても幸せそうだった。でもぼくはそのお医者さんが好きではなかった。「先生、先生」とお母さんは嬉しそうな顔をして言っていた。それで、ぼくは「先生」という人が嫌いになってしまったのだ。小学校でも、先生がたくさんいる職員室がぼくにはいちばん嫌いなところだ。でも先生から出された宿題もやらないぼくは、その嫌いな職員室で両手にバケツを下げて立たされていた。だんだん、ぼくは反抗的な子供になっていったにちがいない。中学一年生の頃、ぼくは隣の子とよくケンカをしたのをおぼえているからね。
 でもあれは小学校の頃だった。近所の女の子と二人で端っこを手で持って、大きな輪をえがいてなわとび遊びをしていたことがあった。女の子が手を放したとたん、端っこがとんできて、ぼくの右手に当たった。縄といってもそれは鋼鉄でできていたので、ムチがしなうように、ぼくの右の手首へ飛んできたのだ。とつぜんいっぱいに血がふきでてきた。ぼくは走って家の玄関にあった洗面の蛇口をひねってどんどんと流れでてくる血を、水で洗っていたけれど、真っ赤な血はなかなか止まらなかった。ぼくはあんなに流れる血をみたことがない。お母さんはぼくのうしろを通りそれをみたけれど、助けてくれようともしなかったのがいまでもふしぎでならない。このときキズはいまも消えないでのこっている。
 お母さんは、どうしてあのときぼくを助けてくれようとしなかったのかなあ? 
きっと、ぼくのほんとうのお母さんは、どこか遠くのほうにいるにちがいないと、ぼくは想像する子供になっていた。このあいだ、ぼくは「パンと葡萄酒のマルセリーノ」という捨て子が修道院で育てられ大きくなる少年の映画をみた。大きなイエスさまの像を屋根裏にみつけたマルセリーノは、そのイエスさまにお母さんに逢いたいというと、イエスさまはお母さんは天国にいると言った。マルセリーノはお母さんに逢いたい一心で、天国へ行きたいというと、イエスさまはマルセリーノを椅子に座らせた。そしてマルセリーノはしずかに眠ってしまった。そうやってマルセリーノは死んで天国へ行ってしまったのだ。修道院の台所さんがその光景をみて、驚いて涙を流していた。奇跡が起きたのだ。ぼくも階段をあがり部屋へ戻ると布団の中で声をあげて泣いてしまった。まるでマルセリーノはぼくのように思われたからだ。
 ぼくもやさしい、ほんとうのお母さんに逢いたい。神さま、ぼくのお母さんはどこにいるの。そして、ああ、ぼくの神さまはどこにいるのしょうか。
 ぼくは映画のマルセリーノの歌を口ずさむ少年のままに、大きくなったしまったようだ。



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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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