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「灯台へ」ヴァージニア・ウルフ

 友人とのメールのやりとりから、ヴァージニア・ウルフの「灯台へ」を読むことになった。池袋の本屋で文庫を買いこみ、秩父の温泉で二泊する予定だ。当初はミシュレの「フランス革命史」を温泉に漬かりながら、読む計画であった。フランスにいる娘に子供が生まれることから、夫婦でパリへ赴くことになったのである。婿さんの両親に逢えば、フランスの革命史ぐらいは知っているのが礼儀でもあろうし、以前からミィシュレの「フランス革命史」は読みたい本であった。それに少しは初歩の会話ぐらいは出来る程度のフランス語は身につけていきたいものである。これはあくまで当方の希望である。
 そう思いつつ、行きの電車で文庫の頁を開いて文字を追っているうちに、いつの間にやら手にした本に引っ張られた。厚手の「フランス革命史」を持参しながら、「灯台へ」とのめりこむ案配となった。この有名な女性作家は以前に写真でみたことがあった。とても暗い印象をうけ、冒頭の文章からも読みたいという気が失せた。この作家はコートのポケットに石をつめ入水自殺を遂げているのだ。そのうち、彼女の短編「キュー植物園」を読んだことから、イギリス旅行中にふらりと郊外の「キュー植物園」へ訪れたことがあった。薄霧が立ちこめたいかにも初冬のイギリスの風景のなかを、大英帝国が世界中から集めた植物を見てまわった一時の記憶が印象に残ったのは、イギリスの自然からなのか、小説のせいなのかよくわからない。
 この長編小説「灯台へ」の読後感はめずらしく私に小説の奥深い世界へ連れさられる体験となった。これこそ確乎たる芸術の魔法の力であり、現代にあふれる新奇な小説からは期待できない濃密なものであった。
 作者はこれを完成させるのに、相応な事前の準備をしたものなのか、あるいわ、そうでないのかは知るよしもないが、これほど荒蕪の人生を微細に描ききり、さいごまで読者を連れていく技量はさすがなものである。全体は三部で構成され、第一部は「窓」(これは相当に象徴的な題名だ)、第二部は「時はゆく」で、第三部が「灯台」となっている。
 ここで作者の出自をなぞってみておきたいので、便利な検索サイトから、そのところどころを写しておこう。
 「ウルフはケンジントンのハイドパークゲート家で、文学に造詣が深く、豊かな人脈を知己に持つ両親のもとで育った。かつ、ブルームズベリー・グループの一員であり、美人の誉れ高く、エドワード・バーン=ジョーンズなどラファエル前派のモデルもつとめた。父のレズリー・スティーヴンは自身が著述家であったことに加えて、最初の妻の父であるウィリアム・サッカレーとのつながりもあったので、子どもたちはヴィクトリア朝文学界の影響の色濃い環境で育った。ヘンリー・ジェイムズ、ジョージ・ヘンリー=ルイス、ジュリア・マーガレット・カメロン、ジェイムズ・ラッセル・ロウエル(ヴァージニアの名付け親)なども一家の客であった。(母)ジュリア・スティーヴンもまた知己に恵まれていた。ジュリアの一族は、ヴィクトリア朝社会に名を馳せた美女を輩出しており、彼女たちはラファエル前派や初期の写真家たちのモデルもつとめた。このような影響に加えて、スティーヴン家の書斎には膨大な蔵書があり、ヴァージニアやヴァネッサ(姉妹)は古典や英文学を書物から学んだ。姉妹とは異なり、エイドリアンとトビー(兄弟)は正規の教育を受け、ケンブリッジ大学で学んだが、ヴァージニアはここで男女の性の違いを残念に思っていたという。1904年に父が72歳で死去する。この時ヴァージニアは深刻な虚脱状態に陥り、神経衰弱を繰り返す欝状態となった」とある。ここに出てくるヘンリー・ジェイムズは、「意識の流れ」の小説手法の先駆者であった。
 この父の名前が小説の父のラムジーと似ているのは、音楽的な動機によるものだろう。詩の音楽性にはこだわりがあった作者であり、やがてヴェルレーヌが詩法にまですることになるものだ。小説は母と息子と父の数語の会話から始まり、坦々とした日常の林を縫ってペンが動いていく。小説中のことばを借りれば、「雑駁な人生からすくい取られ、見事に鍛え上げられたエッセンスーすなわち一篇のソネット」になる叙情性は作者の本性であった。シェイクスピアのソネットの98番の一部が顔をのぞかせる。この詩の全篇を引用したいところだが、私がもっている「ソネット集」の訳詩よりも、この小説の翻訳者の断片のほうが落ち着きがよいので、そのままに写し出しておこう。

   これまでの二人の暮らしも  
   これから先の生き方も
   豊かな木々や変わりゆく葉叢のままに

 吉田健一が訳した「シェイクスピア詩集」には、残念ながらこの98番は掲載されていない。氏の「翻訳論」の冒頭は、「翻訳とは一種の批評である」という一行で始まっており、ソネットの14行詩を論じたなかにこんな文章がある。
「・・・そして言葉に飾り気がなくて、この言葉遣ひが無造作だとは決して言えないのである。・・・・」。この本の翻訳家の詩はそうしたもののようだ。
 吉田健一に横道に逸れだしたらきりが無いのだが、多くの賛辞が寄せられた「英国の文学」からその一部をここに借用させていただくことにする。
「芳醇な酒に酔ふのに必要なのは体力なのであり、又冷静な頭脳である。我々が英国の文学を産した英国及び英国人を総体的に理解しようとするならば、何を措いても先づ、苦痛、或いは快楽に堪えることまでも含めてゐる程強靱な頭脳を想像しなければならない」
 ヴァージニア・ウルフにも同じ英国人の血はたしかに認められて、しかも彼女は20世紀モダニズム文学 の主要な作家の一人であった。ヒットラーのブラックリストに載せられてもいた彼女から、「象徴主義」運動のひとつの波が起こり、ボードレール、ヴェルレーヌ、アルチュール・ランボー、ステファム・マラルメ、ユイスマンへと流れ、フランスの詩人たちの海を為すようである。
 そうとう昔に、「ヴァージニア・ウルフなんて怖くない」というオルビー原作の映画をみたが、その凄惨な夫婦の痴話喧嘩にうんざりしながら、それを越えてつながっている夫婦の生活の靱帯に触れ、妙に納得した印象が残っている。「灯台へ」の中で、「私の宿敵の人生」という言葉に、私は身をふるわせた。宿敵になるほどの深い格闘がなければ、こうした台詞がでてくるはずはないものだ。作者ヴァージニアは小説の最後を、画家リリーのつぎのような独語で完結させている。
 「急にリリーは、何か向こうにあるものに呼び戻された気がして、キャンバスの方に振り向いた。ああ、あそこにあるわーわたしの絵が。緑色や青色を配し、縦横にさまざまな線を走らせて、確かに何かを描こうとしている。ただ、あれでは屋根裏部屋に掛けられるのがせいぜいで、下手をすると処分されてしまうかもしれない。でも、それが一体どうしたっていうの? 構わないじゃないの、と彼女は自分に言い聞かせるようにして、もう一度絵筆を手にとった。あらためて客間の踏み段を見るー空っぽだ。キャンバスを見るー焦点がぼやけている。その時突然激しい思いにかられ、一瞬はっきりそれを見届けたかのように、キャンバスのちょうど真ん中に、リリーは一本の線を描いた。できた、とうとう終わったわ。極度の疲れの中で絵筆をおきながら、彼女は思った、そう、わたしは自分の見方(ビジョン)をつかんだわ。」
 これはヴァージニア・ウルフの「灯台へ」という小説の見事な終章であるといえるだろう。灯台のひかりが一瞬にして、作者の描いた小説世界、そして作者が生きようとした人生のすべてを、くっきりと照らしだしたことに作者は微笑み、ながい息を吐き出すように詠嘆しているのだ。



  DCIM0315.jpg  DCIM0319.jpg 秩父の温泉 雨後の夕景色



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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